あっと驚く奇跡が起きる、ってほんとだよなぁ

2014.01.03 

IMG_1768.jpg実家を出て暗い路地を歩くと目にする場違いな風景ですAKBの歌詞ではないけど、「あっと驚く奇跡も起きる」ことは本当にあるんです。

実家を出てとぼとぼと暗いガード脇の道を歩くと、目の前に巨大なろうそくのようなものが目に入り、その圧倒的な迫力を感じるとついつい「冗談だよなぁ、この風景」と声にしちゃうんです、本当に。
隅田川の反対側には東京で一番有名な観光地浅草がありますが、こちら側は向島というところで、耐熱化されていない木造住宅密集地帯でもあり、工場も住宅も商店も公園もごちゃっとあったような下町でした。

IMG_1769.jpg綺麗な塔だけど、こんなものがどうして業平に・・・なにゆえにその街にこんな巨大構造物が立っているのだろうか。
果たして10年前には想像できたのだろうか。

ほんと、自分の想像力って大した事ないよなぁ。
スカイツリーを見上げながら実感を込めて思います。
人生、捨てたもんじゃないよね。

もともとは東武業平駅と押上の間にあったセメント工場がありました。
うる覚えですけど、住友セメントだったと思います。
東武線で鬼怒川の川砂利を運んでいた。

IMG_1770.jpgなんでここに碑あるのか知っている人は少ないでしょう川砂利を砕いたものをセメントに混ぜてコンクリートの材料にしていたのだろうと思います。
向島に住んでいる住人は押上や錦糸町に行くときにつかう抜け道があって、埃っぽいところでミキサー車がいつも出入りしていたとこでした。

押上駅から電車に乗るために地下へ降りる。
駅に昔の名残があったりして。
富士銀行横にあった浅草通り側の出口からの通路はこうなったのか、というような一人街歩きをするわけです。
ホント、おじさん趣味です。

この賑はいつまで続くのか。
ちょっと不安ではあります。

まずは無心になれる場所を確保すること

2014.01.02 

ストレスフルな気分を解消する一番よい方法は無心になること。
経験上、嫌な気分で満たされたときは何を考えても嫌なものなのだが、そういう場合は環境を変えるのが一番良く、お気に入りのカフェがあればそこが良いです。

発想や考え方を変えるというような「頭をつかう」方法では嫌な気分は払拭できない。
食事を摂るのはむしろ良くなく、食べるときにあれこれ考えてしまうからです。
なのでコーヒーや紅茶が効率よく気分を和らげくれ、そのとき街の風景などを眺めることができれば、禅寺での修行などしなくても無心になれしまうものです。

そんなことも理由で、そこへ行けば無心になれる場所を幾つかもっています。
ごく普通の喫茶店なのだけど、行けば気分がよくなるので大変ありがたい場所なのです。
毎週毎週通っているのでそのうち飽きるのではないかと思っていたが、その兆候は今のところありません。
若い人と違って毎日が同じことの繰り返しであることが苦にならないからでしょう。
それどころか毎日が同じほうがゆったりして過ごせるらしく、どうせならば毎日は変わらない方がいいなと思うくらいです。
歳を取るごとに自然と変化してゆく自分をよく観察し、それにあわせて自分の身のこなしも変えてゆくほうが結果的にラクだということなんだろうと自分で納得しています。
自分の身体だけでなく、感じ方や感情についても自分でケアする必要があろう。
そう考えるようになりました、まぁその程度の知恵は歳をとると得ることができます。

僕の場合、行く先は本を探すついでによる神保町か京橋周辺。
神保町は土曜日ならば古書店は開いているが、だから人も多く喫茶店も混んでます。
店内が混んでいると「ゆったり」という気分にはなれない。
なので、古書店は閉まっていても日曜日に行くことにしています。

tananoは紅茶専門店で、ずいぶんと昔からあります。
今はすずらん通りに面したビルの地下にあるが、15年くらい前?は通り一つくらい離れた場所にあったはずです。

この店の店舗の作りを気に入っています。
店は地下へ下る階段に面して広いガラスの壁があり、打ちっぱなしのコンクリートと階段の隙間から差し込む光とが実にゆったりしとした気分にさせてくれる。
自然の風景でなくとも、綺麗に打たれたコンクリートは十分に鑑賞する価値があると思ってます。

日曜日の午前中ならば数人しかお客さんはいないだろうし、雨が降れば一人しかいないかもしれない。
だからぼんやりするよりない。
紅茶でもすすって1時間も過ごしたら、再び階段を上がって地上にでると生き返るような気分になる。
冥界からの帰還という気分。
そういう効果もあると思って、ここで紅茶を飲みます。
店を出て段階を上がると嫌な気分は消えている。

IMG_1748.jpgtakanoは混んじゃうと雰囲気が消えちゃうので、休日の午前中、できれば雨が降っている日に行くこと


ここ最近、神保町の新刊書店もなんだか様変わりしてしまい、書泉は店舗まるごとサブカル書店になってしまいました。
コンピュータ関連や理工学書がそろっていれば立ち寄りもしますが、今はそういう本もなくなったんです。
もう行けない。
店員さんも大分入れ替わったんじゃないかなぁと想像します(知らないけど)。

東京堂書店は「おしゃれ」な書店に変身しましたが、肝心の本の品揃えの傾向もおしゃれにしちゃったようです。
店内に喫茶店が併設されており、これまでとは違う種類のお客さんの層を多く取り込み、アマゾンに対抗しようとしたのかもしれないですが、うまいくいっているのか心配になります。
書店も喫茶店も薄暗いのでぼくは立ち寄らないので実際のところはわからないままです。

そんななか、三省堂本店は若干の変更をしただけでとどまっていて、ここが最後の砦のような感じがします。
各階ごとにあったレジを1Fだけに集約するジュンク堂方式をとったようですが、ぼくは嫌いですが、まぁ仕方ない。

2Fには中島コーヒーの喫茶店が入っており、なかなか落ちつくところなので気に入ってます。
カウンター席は中二階的な場所から靖国通りを眺めることができる。
行き交う自動車を眺めていると、ある種の催眠効果のようなものがあるようで、無心の心境になれる。
 

IMG_1757.jpgCCも最近は混むようになったので、お気に入りの席が空くまでぶらぶらするよりない。

週末が近くなると、このでぼんやりしている自分の姿が頭に浮かんできます。
はやく週末がこないかなぁ。
とくに何をするわけでもないのに、ここで靖国通りを走る車と三省堂に入るお客さんの流れ、放心亭のランチをとるのであろう爺さんの一人客を見るのが好きなんです。
なんでだろね、ホントに。

他の人からみると実に馬鹿げた時間の使い方でしょうけど、自分にとっては気分をリフレッシュする大切な場所と時間なんです。
そういうものを持っていれば、少々うまく行かないことがあってもなんとかなるもんです。
「先週と同じ今週」という生き方ですけど、気分よく生きてゆくコツなんじゃないかと最近は理解しています。

2014年の抱負

2014.01.01 

PC310883.jpg船が通らないので隅田川の水面が鏡のようになっている、珍しい。

晴れた空、静かな街。
正月独特の雰囲気のなかで、今年はどんなことがあるのだろうかと考える。
まるで書き初めでもするかのような気分を保ち、元旦ぐらいは「今年はどうなるのか、どうするのか」について考えてもいいだろう。

ここ数年来、自分のイライラについての対処方法を研究してきた。
どうすれば幸せになれるのかという根源的な問いと、どうすればイライラなしないつまり怒らなくてすむのかという問いは、おそらくは「同時に」解けるような気がしている。
イライラする感情の「抜き方」については、今後も折に触れ研究してゆきたい。

一方で、どうすれば愉快な気分になれるのかについても探求してゆきたい。
ぼくは武田鉄矢の歌にあるような「働け働け、働けなくなったら死ね」という価値観をまったく受け入れない。
一度奴隷のマインドを持ってしまった人は、それ以外の発想を持つことは死を意味するらしい。
そういうものには決して近寄らないようにしているし、今後もそうする。
「強い自分」など肉体的にも精神的にも必要としないような状態に身をおくことこそが、ぼくのような普通の人が生きてゆく道なのだ。

去年はあまりブログを更新しなかった。
さらに読書メモも半分やめてしまった(1000超えたら一気にやる気が抜けた)。
今年は折にふれほそぼそでいいので更新しつづけよう。
結局のところ地味だけど一番身につく文章の訓練はブログのような気がするから。



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人の知能の発端を知りたいです。ハードウエアとしての人は二万年は変わっていないらしい。それなのに、文明といわれるものはローマ以前の数千年までしか遡れない。ローマ以後の二千年で海王星の写真を撮れるし、原子も見られるようになった。文明以前の一万年以上、一体全体「人類」は何をやっていたのだろう?それが知りたいんです。



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