怒りの原因を握りつぶすより,逃げるが勝ちかな

2014.04.12 

このサイトにアップしてあるメモ書きで,一番参照されているのが「イライラの解消法についての考察」のようだ.
嫌なことが頭から離れないのだが,どうしたらいいものか.
いろいろと考えつつ文章に起こし,それをサイトに載せたものだ.

同じことについて考えあぐねている人は多いようで,毎日何回かは参照されている.
(まぁ,数回でしかないけど)

自分の身体をつかって確認した考察は,そうそうおかしな結論にいたらない.
だから,少しは参考になるものを含んでいるのかもしれない.

考え方感じ方は人によって違うとはいえ,人としての基本性能は大方同じだ.
ならば身体の反応も同じ.
ならばぼくが身を持って体験していることを文章にしたものは,多くの人にそれなりに有効なのだろう.


日々の生活のなかでのイライラは,どんな人もあると思う(ない人もいるのか??).
どうしたらいいのか.
そう,多くの人が考えている.
おそらくだが,で,結局うまくいかない.

それでも,気になるから「どうしたものか」と考えてしまう.
たぶん,「イライラする」が気にならなくなるまで考え続けるのだろう.
人はしょうもないなぁ,と思う.
だが,そういうものだから仕方ない.

昨日も「こいつはらつなぁ」と思ったことを体験した.
会社での隣室の人の態度に腹が立ったのだ.

理由はさておき,要するに「明明白白な居留守」というものをされると腹が立つわけだ.
こちらだって,好き好んでアンタの場所に行きたいわけではない.
逆に無効はいつでもお構いなしにやってくる.
この非対称なところにイラッと来るわけだ.

この理由は大変「たわいもない」ことだ.
ほんと,「子供か」と自分に言いたくなる.
と同時に,イライラしている自分の背後から自分を冷静に観察する自分もいて,「まぁ,無視すればいいじゃない」と言っている.


で,ここで少しイライラの原因について考える.
この理由は大変理解しやすいと思う.
イライラの原因は,「なぜ無視されないければならないのか」ということに尽きるから.

「シカト」のようなイジメではなく,単に相手から「こいつに応答する必要はない」される.
社会人として隣人として「大変失礼なこと」だと思うのだが,その常識は万人のものではない.
そういう「常識」を基準に考えて腹をたてるのは,不幸への道をまっしぐらである.

人が怒り出す要因は,ぼくはひとつだと思う.
「バカにするな」
つまるところ,これだけ.
老若男女,そして,時代を問わず,人間の怒りは「自分に対する不当な扱い」に対する反応である.
(まぁ,殺人とか,盗みとか,そういうものは別だろうけど,名誉毀損のたぐいも怒りが多い

そして,イライラしている人が求めているのは,自分に対する謝罪である.
謝罪を超えて,敬意すら求めている.
30すぎのオッサンは全員そう思っているといってよい.

電車や職場でレベルこと違え,なんどかイライラすることがあるが,その要因は全部これだ.
他にはない,ホントに.


では,イライラしないためにはどうしたらいいか.
それは「相手の考えることをすべて許容してしまう」ことである.
従うのではなく,単に「観察する」.

相手が何を考えているのかなんて分かるはずがない.
また,相手が何を考えようとも,どういう行動基準をとろうとも全く自由であり,干渉することはできない.

「あぁ,相手はおれをバカにして,こんなやつは無視してよい,ははは」と思っているのだと思ったら,それはそれでよしとしてしまう.

もしできれば,イライラは解決だろう.

でもそれはできない.
ならばどうするか.
相手をねじ伏せて「こう思え」といえるものではない.
極力会わない,かかわらない,ウイルス感染者だとおもって(そのレベルで注意して)接する.
この程度の方法だろう.

接すると相手の人格が伝染る.
これは病原菌やウイルスということではなく,相手の考え方に影響されないよう注意する.

嫌なやつであろうがバカなやつであろうが,接した人から影響を受けてしまう.
それどころか,嫌な人の考え方行動方針が感染していまう.
そういう傾向がある.

だからその意味で,嫌いな人の考え方を改めさせようなどと口論などするのではなく,ましてや仕返しなどを企てるのではなく,離れることだ.

物理的に一人になる.
そして何も考えない.
なにも考えないことが自由にできるようになれば,わりと生きるのはラク.

現実しか信用しない,という用心について

2014.04.11 

「現実」だけを信用する.

なんだか不満を感じる意思表明だと感じる.
「もう,人を信用しないよ」と仄めかしているようで,嫌なことがあった人の愚痴のような響きがする.
なんか,構えてしまうのが普通だろう.
こんなことを口にする人には,正直近寄りたくない.
いや,たぶん,自然とちょっと離れちゃうだろう.

でも,今はそう思っている.
これは「行動指針の一つ」を言葉にしたものだ..
「言葉なんかどうでもいいか」と考えるので,そう言っている.

言葉は大抵ウソを含む.
ほんとにそう.

とはいえ詐欺のために人をだますこと,他人を陥れるために悪く言うということではない.
気分次第で現実や自分の本心と「180度違うこと」だって平気で言うことがあるじゃない.
ぼくはある.
ぼくはごく普通の人だから,多くの普通の人もそういうことあるんじゃないかなぁ.

詳細に思い出すのがめんどくさいとか,正しかろうと間違っていようと結果には関係がないので調べないで言う.
そいういう日々の生活に散見される案件についてだけではないだろう.

例えば,終戦時の日本人の挙動.
よく書物に引き合いにだされる.
戦中「一億玉砕だぜ」と煽っていた人が,と戦後数日間で「民主主義だ」と言い出したという話がある.
学校の先生などはとくにひどかったそうだが,仕方ないとはいえその切り替わりがあまりにも節操がなかったらしい.
いや,切り替えることそれ自体が悪い,というのはではない.
そうではなく,「人の言葉なんて,生き延びるためにはどうでにもなってしまう」ということが言いたい.

別にそこまで深刻な例でなくとも,言っていることとやっていることが「平気で」違う人はいくらでもいる.
もちろん,ぼくの職場にはたくさんいて,日々目にする.
ぼくもその一人なんだろうなぁとも想像する(そうはならないようにしているけど).

でも,そうではない職場もある.
建設現場だとか伝統工芸だとか,要するに物質としての作品をつくるところ.
言葉ではどうにもならないアウトプットと格闘しているところもそうだろう.

しかし,普通のサラリーマンは「言葉」を使っているだけだろう.
製造業だって,実際製造している人は日本にいなかったりする.
事務文書を作る人,文書を含めた物を右から左に流すことをしている人が「ものづくり」とか言われたりする.
先日「富岡製糸工場」を「日本のものづくりの原点」とかいうしょうもないコピーを見かけたが,ほんと「ものづくり」をしていない広告会社が言いそうなことである(本質的に間違っているので,指摘をする気も起きないが).

研究所だって,日々の作業の具体例をよくよく観察みれば「言葉しかいじっていない」人が圧倒的に多い.

多いとか少なくとかでもめる研究費だって,そもそもA4サイズの用紙に文字を書くことで確保している.
それで何十万から何千万円,あるいは億というお金がつく.
原点からしておかしいので,結果も「だんだん」おかしなものになっていく.
まぁ,仕方ないというところなのかもしれない.

死ぬ間際になって,一体何をやっていたのだろうか.なんて反省はしたくないですね.
なので,極力「質量のある作品」につながらない作業は,ぼくはしない.

それがすなわち「現実しか信用しない」ということなのだ.

なんてことを,つらつらと考える.

アドラーさん,ほんとですかね?

2014.04.10 

IMG_2113.jpg暗い職場だが,窓の外は青空に満開の桜

アドラー心理学について読んで,なるほどなぁと感心する.
あらゆる悩みは,人間関係に由来するんですよ,というようなことを言っているわけだが,そうかもと思い当たる.

当然だが,それはウソだろう.
病気で苦しんでいる,あるいは遭難しているときは人間関係が問題ではないから.
ただ,現代社会で一定以上の生活水準国に住んでいたら,悩みは人間関係だと言い切っていいだろう.
とくに,アドラーさんの本を読んでいる人ならば.

もう一つ,面白いことを言っている.

人間の行動や性格について,理由を「起源」を過去に求めるのは間違いである.
たいていは,今,そうしたいからという「目的」を叶えるための行為であると.
あういう家庭環境でそだったからとか,性格がどうこうだからとか,そういうのはウソだと.
過去はどうであれ,「今どうしたいのか」が行動に理由になっているのだと.
はんば無意識なので,それを自覚しにくいのだと.

うーん,そうかも.
そう考えることは十分ありのような気がする.


電車で通勤しているときにも,「あぁ,嫌だなぁ」と思うことはいくらでもある,ホントに.
たいていは「イラッとする」程度であって,だから何かをすることはない.
そのまま本を読み続けるか,嫌だなぁとおもったらその場を離れるくらいだろう.

職場でも「ホント,やな連中だなぁ」と思うことは,ほぼ毎日ある(笑).
口ではいろいろ言っているのがその行動を考えれば「オレサマ」な人が多い.
というか,ほぼそういう人で構成された集団だろうと思う.
たまたま偶然にこの職場に入り込んだ身としては,毎日がストレスである.

普段感じている嫌な気分の由来は他人である.
それは確かにそうだ.


しかし,社会から逃げ出すことはできない.
何をやろうととも,人と接することになる.
ならば,うまく「嫌な気分」をかわすすべを身に付けることが,生き方上手だろうと想像する.
ストレスフルな毎日なのに長生きしてどうするよ,と思うからだ(それは単なる監獄ライフではないか).

アドラーさんの本を読むと,そのコツが書かれているのだろうか.
入門書をちらっと読んだだけなので,まだそういう部分にたどり着いていない.


心理学的な経験則について,現時点でどのくらいの蓄積があるのだろうか.
医者じゃないのでよく知らない.

でも,そういうさわりについて漏れ聞くと,たいていは仏教のようなことを説いているような気がする.
日本仏教ではなく,原始仏教に近いこと,感情のコントールの話になる.
例えばスマナサーラさんの講話のようなものに元ネタがあるんじゃないか,と思うくらい同じことを言ってたりする.

スマナサーラさんの講話は勉強になるので,これまで何冊も読んできた.
ふむふむ,なるほど.
そのときは,なるほどとなる.
しかし,自分が「うわぁ,嫌なやつ」と感じるような場面では,なかなか応用できない(笑).
知るとやるとは大違い,というか別のものですね.
仏教なんて2500年以上もあるのに,だれも実践できず,だから知らないうちに「神々のお話」になってしまったのだけど,その理由はわわる.
だって,「怒らない」なんて,とてもできないもの.


昨日も職場でイラッときた.
イラッとというか,もう「ホントに嫌な人だなぁ」と悲しい気分になった.
じゃぁ,離れるかと思っても,物理的にそれができない(笑).
それがなければ「結構幸せな職場」なんだけどなぁ.

ものごとには「+」と「−」が同時に発生すると常々思っている.
そして,嫌なこととまんざらでもない出来事がアイツで起きることを経験し,それを確信する.
とはいえ,ストレスはガンよりも身体によくない.
どうしたらいいか,と問われると「村上春樹の馬糞小屋」の話になるよりないのかもしれない.

STAPの報道が,どうにもよくわからないでいる

2014.04.06 

はなばなしくフォトジェニックな女性研究者がマスコミを賑わせているなと思っていたら,いつもまにやら「悪者」に仕立てあげれられ,報道からもネットからも吊るしあげられている.

持ち上げた後に持ち下げるのは「マスコミの常道」であり,上げれば上げると落ちるときの落差は大きくなる.
落差が大きいほどセンセーショナルになるので,記事を書く方も読む方もより「面白い」.
書かれた当事者以外はみんな喜んじゃう,という図式が成り立っている.
これはもう,しょうがないだろう.
人はそういうものが好きで,報道はそれを人々に提供してしまうであって,これまでもこれからも無くならない.
言ってみれば,報道の宿痾なんだだろう.

最初に割烹着を着て試験管か何か持っている写真をみたときは,正直「ちょっとなぁ」と思った.
だけど,まぁ,絵になるのは確かだからいいか.
きっとマスコミが「それ着て笑ってください,あぁいいですね」とか言って「のせたんだろう」と想像したので.
研究者として「すごい成果」をだしたんだろうから,それはそれで良き結果ならば「ハレ」,うんと楽しくやる方がいい.
過熱するマスコミ方法に違和感を感じた人がいても,まぁ成果がでたんだからいいよねという感想もったのだと思う.


しかし,ちょとしたら「STAPはいんちきじゃねーのか」という報道がでてきて,あれよあれよというまに小保方さんの評価は転落してしまった.
信じがたいくらい早かった.
ネット住人が過去の論文を発掘して,これ丸写しじゃねーか,などとやりだしたことが原因のようだけど,あるいはマスコミにタレコミがあったのかもしれない.

どうしてそんなに熱心に小保方さんのことを叩く(暴く)んだろう.
そう疑問に思った人も多いだろう.
なんか恨みをかったのだろうか,「地雷」を踏んちゃったのだろうかと.

ぼくは次のように想像をした.
叩いている人は「美人で才女ですごい結果をだした人に対する愛増」のようなものを小保方さんに感じて,それが「批難・中傷」の行動のドライバーなってるんだろう.
なので,
「それなら,あり得るか,こんなに熱心に暴く人が存在するのも.美人であることの宿痾かもな」
ちょっとかわいそうだなぁと感じた.

具体的にはどんなことがニュースとして報道されているだろうか.
気になったので「小保方」でグーグルのニュースを検索したが,上位に挙がるのは「東スポ」とか「ZAKZAK」(夕刊フジ)とか,そういうものが多い.
記事の見出しも「おもしろい」ものになっている.
この報道は「なにに着眼しているのか」がわかる.
今,検索してみたら,こうだった.

窮地の小保方さんに心強い援軍!? デヴィ夫人&杉作J太郎氏が次々に ...
ZAKZAK-2014/04/05

理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダー(30)に対し、著名人から応援の声が相次いでいる。「STAP細胞」論文に捏造や改ざんがあると理研に断罪され、窮地に立たされている小保方氏。週明けにも「不正判定」への反論記者会見を …


STAP小保方騒動が飛び火「理研vs蓮舫」再び!
東スポWeb-2014/04/04

議員からは「マスコミの“理研VS小保方”という流れに引っ張られないように」「再発防止のためチェック体制をしっかりしてほしい」との注文があったくらいだった。理研の最終報告では論文に捏造(ねつぞう)と改ざんがあり、小保方晴子研究 …


小保方氏に“危険な兆候”会見中止も
東スポWeb-3 時間前

小保方氏に“危険な兆候”会見中止も. 2014年04月06日 11時00分. 新型万能細胞「STAP細胞」論文が、所属する理化学研究所から「不正」と認定されたことに猛然と反発している小保方晴子研究ユニットリーダー(30)に危険な兆候が出始めている。8日か9日 …


高須院長 小保方さんは「佐村河内とコンビで芸能界入りを」
ガジェット通信-22 時間前

でも、今こうなってしまった以上、小保方晴子さんを含め、関係者の立場はかなり厳しいものになってしまいましたよね。 高須:干されてしまうだろうねえ。科学の世界では生きていけなくなっちゃうかもしれない。まあでも、こんなことを言ったら怒 …


これを見ればわかる.
思わずクリックしたくなる見出しだわ
これからわかるのは,今の段階で,この報道は全部ネタなんだ.


科学的にどうのこうの,ということについて,マスコミも政治家も「なにもいう必要はない」と思っていたし,今もそう思っている.
彼らが何かを言って弁論しても何も始まらないだろうよ.
科学は「人間の言葉」の問題ではない.

科学的にインチキかどうか.
これは相撲取りの八百長事件とはがって「記録に残っていない,やっていない,言ってない」というようなことを証言者の間ですり合わせる作業は一切必要ない.
相手は人間ではなく,物理化学反応(その結果の生命現象だけど)なのだ.
言葉や権威などでどうでにでもなる裁判とは違うわな.

STAPは「物理化学現象」なんだから議論の余地はない.
実験がすべて.
美人研究者だろうと理研だろうと「実験すれば白黒つくだろう,科学なんだから」
ぼくはそう考えていたし,「リケジョ」もそう思っていただろう(たぶん)

なのでこの報道を目にするたびに,
「マスコミが騒ぐことは放っておいて,実験で再現すればいいじゃないかよ」
議論なんかで現実が変わらない.それが科学の科学たることじゃないか.どうした理研?」
そう感じている.


そう考えると,
・「儲かりそうな」ネタを持っていた若手研究員をうまくつかって,いけいけどんどん,さぁやれさぁやれ,外部資金獲得だ,とおっさん研究者たちが背中を押してた(よくよく考えさせる時間を取らせなかった)
・ネイチャーに掲載,やっほー
・筆頭著者が可愛いからマスコミで騒がられる
・それを面白くなく感じていた人が彼女のあら探ししてたら,うっかりいろんな物を見つけちゃって,さぁ大変.
・マスコミはセンセーショナルのが大好き,そして集団イジメ(真っ向から反抗できない人を叩く,のび太イジメのジャイアンのような人たちだし)
というあたりではないかなぁと想像する.

「急げ急げ」と急かすのはいいが,結局筆頭著者が全責任を負うわけだ.
ホント,気の毒だよなぁ,もっと「よく調べてから,追求してから,証明してたら論文発表」するように指導シてくれる人が周りにいなかったのは不幸だ.
セカンドあたりの大人の人ですら「しれっと」逃げちゃって,無罪になっている.
科学の世界も「人の世界」でしかないことがよくわかる.
そして,こう考えるほどに「何かを追求すること」が好きな人がやればいい.
有名になりたい人は芸能界でも行った方がいいだろな.

そしてまた疑問になる.
で,すったもんだの挙句,STAP細胞が存在する,ってことになったとき,理研はどうするんだろう???



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人の知能の発端を知りたいです。ハードウエアとしての人は二万年は変わっていないらしい。それなのに、文明といわれるものはローマ以前の数千年までしか遡れない。ローマ以後の二千年で海王星の写真を撮れるし、原子も見られるようになった。文明以前の一万年以上、一体全体「人類」は何をやっていたのだろう?それが知りたいんです。



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