今週を振り返って(2016/02/22 -02/26)

2016.02.27 

気になっていた森山さんの『非常識な建築業界「どや建築」という病』を読んだ.いや,まいった.そうそう,そうなんだよ,と電車のなかで興奮したくらい.本書で指摘する「どや建築」を見たときに感じていたあの違和感.うまい表現をやっと見つけた.「どや建築」って言えばいいのか.

どや建築.tiff(出典:http://www.amazon.co.jp/)

それにしても建築業界は動くお金が大きいから,必然的に「病む」と想像はできるし,仕方ないことかもしれないけど,この先あまり出口がないような感じがする.建築家を目指さなくてよかったなと,決して敗者がくちにする「すっぱい葡萄」ではない意味で.

もう一冊は平川さんの新刊エッセイ.新聞などのコラム的な記事を書き直したもののようで,東京の下町を懐かしく想いつついろいろと歩き回ったり考えたりという文章.これっておじさんにはたまらないたいぐの本だろうな.ぼくは40代だけど,だいたい想像がつく世界で,ちょっと楽しい気分になった(オヤジが親戚の家である小さな町工場で働いていたので).

特別な.tiff(同上)

この本の最後に「法」と「貨幣」についての考察があって,これが秀逸だった.ボールペンでぐるぐる巻にした箇所が何箇所かあった.安倍政権の「法」に対する無責任な政治家・役人の態度を批評するうまい言葉に表現を読めて,自分でもスッキリした.そう,彼らは「法」「憲法」に対する市民からの「信頼」を壊滅的に損なっている,破壊しているわけか.あれじゃぁ誰も政府の言っていることを「信用しなくなる」よ.失った信用というものはもう戻らないのに.現在の暗雲たる気分がする理由がわかって,逆にほっとした.

もうひとつ.映画『心の旅路』について取り上げられていて,それを読んでぼくの30年来の謎が解決したこと.小学校のときに授業中の脱線のお話で,担任の先生が話していた映画のタイトルの名前がわかったのだ.『心の旅路』だった.記憶喪失の男が家のドアにカギをさしてそれを回すと記憶が・・・,というお話の映画を見て大変よかったと先生が話していた.その先生は大正生まれで,若い頃戦争に行って,軍隊では手榴弾をもって戦車に体当たりする訓練をずっとやっていた,というお話をよく憶えている.昭和50年代の小学校にはそういう先生がまだいらっしゃった,いい先生だった.宮坂先生のオススメの映画は『心の旅路』だったんですね,今度見てみます!


通勤のときに2時間はみっちり本を読んでいるけど,この生活をはじめて10年は超えて,読んだ本数も結構になるし,また本を読むという行為に対する考え方も昔とだいぶ違ってきた.通勤が長いということを逆手にとったうまい方法だったとつくづく思っている.

報告をすることで文章力を鍛えられるか?

2016.02.26 

ブログに日記を書いてどうする.実際そう思う.そう思うけれど,それなりに歳をとった自分なら中学生とは違うものが書けるだろう.ぼくもそれなりに歳をとったわけで,その「蓄積」をもとに世の中を見るならば,同じ題材からもちっとはましな結果が得られるはずだ.いや,そうありたい.だとしたらブログに生活記録を残したとしても,中学生のそれとはちがってそんなにイタイものにはならない,たぶん(文才がある中学生はいるし,高校くらいでデビューする人はいるけど).

どんなことでも毎日やりつづければそれなりに上達する.そう信じたい.でも,どうやったら何かを上手になるのかという話は結局のところ結果論なのだと知っている.同じ環境に育った違う人でも違う結果となったら,方法に再現性がなく,もはや方法とはいえない.他人と自分の人生を比較してもはかばかしい答えは得られないから,誰がどうやって何かを上手になるのかは,ふーん,という程度の扱いでだろう.

しかしそれでも,ある程度良くなるための方法は存在し,その代表例は「なんでも毎日やればよくなるさ」である(もう10年来教えを受けているチェロの先生もぼそっとこぼすのだけど).

毎日とはいかなくとも(だからぼくはダメなんだろうけど),最低限週末には一つエントリーをあげることはできるはずだ.もちろん報告なんてものでないのが好ましいが,まとまった「言いたいこと」がないようならば報告だけになってしまうのもやむを得ない.これこそは「やらないよりやったほうがまし」のレベルのことだけど.そしてこの態度はすでに「毎日やり続けていない」ということになるのだけど・・・.不完全であっても,とりあえず動かしてみることが何よりも大事.そう割りきって始めることにする.


日経平均にみる繰り返し

2016.02.21 

国債の金利を見て「自分にとっては」発見という感じで驚いたので,株についても確認してみよう.株ついて学んだことはないが,株価の推移も時系列データでしかない.あとはニュースで見聞きしたことを頼りに自分なりに考えばよい.それではインチキ解釈だと言われるかもしれないが,所詮は「解釈の違い」でしかなく,事実が変わってしまうわけではない.経済学者だって誰一人未来予測ができていないのだから,正しい解釈なんて事実上ない.言ってみれば解釈は物語から教訓を読み取るときの違いようなもの.あらゆるデータは「自分で見る」ことが大事で,それをどう考えるのかは,言ってみれば「その人の人生方針」に従うわけだ.

株価は実数なので上がるか下がるか,しかない.個別銘柄についてギャンブルをするつもりはないので,銘柄の「平均」を扱えばよいだろう.ならばTOPIXを使うほうがいいかもしれないが,まぁそこまで厳密さを必要していないので日経平均でいく.

年末からずっと株が暴落し続けている.不思議なのことだがどのニュースも価格が(例えば100円)上昇したらトップに近い扱いで報道するのに,同じ価格くらい下がると黙っている.結構な下がり具合だと流石にニュースとしてでてくるが,暴落すると(500円くらい)大幅下がりの場合は,もはやGoogleでも「キーワード検索」しないとエントリがでてこない,先日14000演題までいったときはホントにニュースでの扱いがあまりなかった.不誠実な新聞社ばかりだよね.

株は上がったり下がったりするからこそ売り買いで商売が成立するのだけど,それでも最近三ヶ月は下がってばかりで,こんな動きになっている.

日経3ヶ月.tiff出典:「日経平均」で検索(https://www.google.co.jp/?日経平均=&gws_rd=ssl#q=日経平均)から

順調に下がっている.たまに上昇があるが,それは落ちた直後であり,そういうときは急峻に戻す.だからグラフには鋭い下向きのV字が見えている.結局,2ヶ月で400円落ちたわけだ.

株価は安倍政権になって上がったときく.アベノミクスという言葉があるくらいだ.それって,311震災の影響で大きく下がって,そのあと持ち直したのだろうか? では,ここ5年のトレンドを見てみよう.

日経5年.tiff(同前)

なるほど.安倍政権になってから上がっているのは確かだ.結構あげている.しかし,なんで下がっていたんだろうか.低いのは311が原因だったのか? そこで10年分のグラフを見てみる.

日経10年.tiff(同前)

そうか,なるほど! これって,底値が7000円で,バブルで2万円という「定常状態」に入っているか.金利がほぼゼロになっていることは分かったが,金利がゼロなんだから株が上がるのは「バブル」によるわけだ.そして,それはバブルなんだからトリガーがかかってまた底値になる.この繰り返しが今起きている.これはサマーズさんが言った通りだ.

こんなの経済をやっている人は「誰でも知っている」っていうんだろうけど,じゃぁなぜそれをちゃんと報道しないんだろうか? アベノミクスってただのバブルのことじゃやないかよ.どうしてそれをきちんと説明する人がいないのだろうか? まぁ,そういう人は業界から抹殺されるのかもしれないよね.

ここで一つわかったのは,2016でバブルが弾けて7000円までいくということだ.これだけ波形が似ていると確実に起きるだろう.素人のぼくだけど,この程度の予測のもとにいろいろやらないと行けない.誰もそんな話をぼくにはしてくれないからね.

経済の状況が振動的(繰り返し)になっている.振動現象は「保存系」だと起きるけど,株価には「保存量」があるわけではない.ではどうして繰り返すのかとわれれば,それは「外部からの定常的なエネルギーの注入」があるからだと言える.そのエネルギーが株という場に注入され散逸していく.ここで振動現象が発生するわけだ.バイオリンの弦は弓で弾き続けるから音が出続けるのであって,弓を弦から話せばやがて静かになる.

では誰が系にエネルギーを注入しているのだろうか? グラフの3回めの山は明確で,政府が株を買っているわけだ.今や年金も相当突っ込んでしまった.そしてそれは数ヶ月後には消えてなくなることが分かっている.分かっているってのは,なんて不幸なことなのかと思うけど,原発と同じで政治家も役人も「誰一人責任をとらないし,謝罪なんて絶対にしない」だろうことが分かっている.

ちょっとでも自分でデータをあたれば,いくらでも見えてくるものがあるような気がするが,それで見えてくるものは政治家と役人がつくりだす「闇」でしかないのが泣けてくる.

国債について

2016.02.20 

経済についての知見はないし,ましてや株価だの為替レートだの変動を毎日興味を持って眺めているわけでもない.そう,経済にはとんと興味はないのだけど,株価が落ちれば政権が危なくなるだろうから,その意味で早く底値まで落ちてくれないかなという期待をもってニュースを見ている.ぼくは経済についてはそんな程度である.

ちょっと前に「マイナス金利」というものがニュースで騒がれていた.金利がマイナスになるってどういうことだろうか?,だれがそんなものを利用するのだろうか?と疑問は浮かびはしたが,ほっておいた.株も貯金もないから.そもそも普通の人の銀行金利など実質つかないし,各種ローンは借りるときに決定している.だからマイナス金利など日々の生活にはあまり関係ないはずだ,と判断しからだ.そして,それはそれで正しかったようだ.

たまにチラ見するニュース番組によれば,要するに,マイナス金利といっても銀行間取引で関係するような,また適応範囲が限定されているものにだけに関係するものだそうだ.だったらぼくには関係なし,と思ってそれ以上の追求はしなかった.そもそも,CITIバンクの口座は預金額が一定以上(50万円だったかな)ないと口座維持手数料がかかったので,「CITIは事実上マイナス金利じゃん」ということを今更ながら知ったわけだ(もうないけど).だから,CITIと同じことを日銀は銀行相手にやるんだろうかね,ということで理解した.

金利についてがぼんやりしているので,去年の暮れに読んだ水野和夫さんの『資本主義の終焉と歴史の危機』という本を再読し始めた.金利がゼロになれば資本主義の終わり,という内容だったはずで,新刊のときに読んで「なるほど,そりゃっそうだ」と,今現在起きている経済ニュースの意味するところの一端を理解できたのだ.そういえば平川克美さんも同様のことを主張されていたし,なるほど「資本主義が回らなくなった」のかと頭ではよくわかったつもりになっていた.個人的には,大前研一さんはなんて言ってるんだろうか,そう考えているのか,はたまた違う見解なのか,と気になったが,著作をあたって調べる気まではしなかった.

さて,再読しはじめたその本には,国債10年ものの金利が2%を切って低迷した時期が続くと資本主義は終焉したことになる,というようなことが書かれていた.「金利」というものが発生するから「投資」という考えが湧いてくるわけで,「金利」が生まれないならば「投資」はなくなる,ということなのだろう.ぼくの理解はバカみたいに単純なものだが,ハズレではないはずだ.いわゆるビジネスで投資する人は儲かるからやるわけだ.一方子供への教育や共同体での医療行為などは,そもそもからして「儲けるために経営する」ものではない.そりゃそうだ,ぼくが生きているのは儲けるためではないのだから.ところが最近は学校も病院も「お客様」という考え方を使う人が増えて,結果的に「崩壊」していくところが増えているそうだ.これも資本主義が教育医療に進出してきたことの傍証なんだろう.

じゃぁ,今の国債金利はどのくらいなんだ? そう思ってインターネットで調べたのが次のグラフだ.

国債10年-3.tiff出展:日本国債10年 年利周り(https://www.rakuten-sec.co.jp/web/market/data/jp10yt.html)から

おお,2月にゼロを割り込んでいる.ホントにマイナスになったのか.1月に急にドンと下がったのか.そもそも2%どころではなく0.1%くらいなんじゃないか.これは3ヶ月のグラフで,最近政府がおかしな法案ばかり通すから,日本の先行きが怪しくなってきたことを反映しているのだろうか,と素人ながらに疑問に思った.このグラフはなんと延長ができるではないか.

きっと安倍政権だけでなく,311震災の影響で,そのあとずっと低落しているのではないのか?と思ってグラフを変更してみた.

国際10年10.tiff(同前)

なるほど.安倍政権うんぬんよりも311が原因なのかなぁ,だって政権に関係なく「安定して下降しているじゃん」とわかった.それにしてもきれいに下降しているから,もうこれはどうにもならないのかな,と溜息をついた.

しかし,311震災で日本は悪くなったが,工場の多くは復旧しているし,東北以外の漁港には大きな影響はなかったはずだ.だから一定で下がるのは震災のせいではないだろう.そう考えて10年分を表示して確認した.

国債10年10-2.tiff(同前)

なんと,この10年ずっと安定的に下がっているではないか.こうなると,震災だとか安倍政権だとかと関係なく国債は下がり続けているわけだ.バブル以後の金融政策によって金利を下げることを目的にしてきたのだろうけど,ずっと同じレートで下げていけばいつかはゼロになるはずで,それが今年達成したということなのか.ただ,1月からの下げ具合は急峻だが,それがなくとも2018年くらいにはゼロになっていたはずだ.

これは日銀が意図的にやってた数値でもあるのだろうが,やむにやまれず理由によってこうしてきたはずだ.そしてそれを10年以上継続している.それで効果があったのだろうか? ぼくは知らないけど,効果があったのかなかったのかよくわからないのではなだろうか.効果があったら継続なんてしていないだろうから.ということは,この先も続けるのだろうなということが言える.たぶん一時的にではなく「完全にゼロ以下」になるまでやるのだろう.

ここでまた話を戻す.金利がゼロになるということは,それは「借りる」側にはいいかもしれないが,「貸す」側にはメリットはない.リスクをおかしてまで貸す理由が商売としてはない.現在借り手がいないお金がたくさんあるが,貸したいほどの人はいないのだろう.この状態が改善することがあるのかといわれれば,ないだろう.社会構造が変わるなんてことは,そんなにしばしばはないから.

ここでまた一つわかる.なるほどこれが「資本主義の終焉」の状態を見てしまっている,ということなのだろう.



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人の知能の発端を知りたいです。ハードウエアとしての人は二万年は変わっていないらしい。それなのに、文明といわれるものはローマ以前の数千年までしか遡れない。ローマ以後の二千年で海王星の写真を撮れるし、原子も見られるようになった。文明以前の一万年以上、一体全体「人類」は何をやっていたのだろう?それが知りたいんです。



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