十年つづければ、は本当か?

2017.01.01 

なんでもそうだが、十年続ければ専門家だよ。

今から19年前、就職したときに職場の人にそう言われた。

だから、なんでもいいからとりあえずつづけてみることだよ。

まぁ何をやろうとうまくいかないだろうし、人はあれこれ言うだろうけど、それに従おうと従わまいとうまく行かないことには変わりない。もっといえばほとんどのことはうまくいかないもので、だから途中でやめたり投げたしたりしないほうがいいよ、という助言だったのだと思っている。

確かにそうなんだろうなと思っていた。強い意志をもってそれに従ったということはないが、それでも折にふれ「まぁ10年やってみるかな」と軽い気持ちで思い返していた。それから確実に10年以上経った。

それでどうだったのか。この評価、気になるところだがはっきりと下せないでいる。確かにそうだったということもある。10年ずっとやっていたら専門家になれただろうことは多いという意見にぼくも同意する。というのは、同じことを10年やり続けることができるのは、それにずっと続く需要があるということで、それはそれで「だれかがやるべきことだ」と思うから、自然と専門家が求められるから。

ではといえば、ぼくの場合、断続的にしかできなかった。1,2年ぶりにちょろっとやって終わり。それがずっと続く。だから続けているのかいないのかわからないでいる。続けるからこそ上達するわけで、そこにブランクが入ると上達しないで振り出しに戻ってしまう。だから結局失敗したような気分もする。ただ、久しぶりにやることは初めてやることとは全く違う。思い出す速さは10倍以上になる。また、新しいことを知ることもある。その集大成は専門知識・技術とはいえない気がするが、だからといって素人でもない。玄人と素人との中間を漂うような存在になっている。

何かのトップになることが目的でないのならば、素人と玄人の中間という立場は楽しいものだと断言できる。どっちでもないし、どっちの面倒さもわかるので。玄人までいければいいのだろうけど、それで失うことも多いし、なによりそこで「うまくいく」ためには自分で制御できる以外の要素がいる。意思でやれるものではない。

正月早々こういうことを思いついた。今年もこの方針で進めてみようということかと思っている。



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人の知能の発端を知りたいです。ハードウエアとしての人は二万年は変わっていないらしい。それなのに、文明といわれるものはローマ以前の数千年までしか遡れない。ローマ以後の二千年で海王星の写真を撮れるし、原子も見られるようになった。文明以前の一万年以上、一体全体「人類」は何をやっていたのだろう?それが知りたいんです。



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