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2005年6月30日

テンションを上げる45の方法

中谷彰宏
ダイヤモンド社: 1400円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 読ませる中谷本です。読んで、元気になれます。人の世界を知っている人なんだろうなぁ、この人は。

テンションと表現しているものは、要するに「気分」です。テンションが高いとは、気分が良く、かつ、緊張していることです。この状態で生活ができればそれは幸せです。著者は、テンションを高める具体的な方法を提案してくれています。

 この本に精神論はありません。人との関わりのなかでの、考え方の提案です。「落ち込まない」ようするには、どうすればよいか。 例えば、「コストがかかる」という言葉は落ち込む作用があります。必要だとはいえ、コストは「仕方ない、嫌な物」というとらえ方をされます。ところが、著者は「コストではない。勉強代なのだ。投資なのだ。これがなければ、未来でいいことはおきない。」というようにコストをとらえます。失敗も勉強のうち。そういう感覚を持っている人ならば、勉強代だから当然、あるいは、勉強代だからしかたない、と気分を落とさずに済みます。考え方一つで、元気がでる。これは精神論ではない。

 この著者は自分の体験を語っています。だから、具体的であり、押しつけがましくないのです。一体、いつまで本がだせるのか、興味を持ってしまいますね。

2005年6月29日

誰が文明を創ったか

ウィル・デューランド
PHP: 2500円
お勧め指数: ■■■■■ (0)

 タイトルから想像するほど強い主張がない、たんなる歴史上人物伝。以下にもよきキリスト教の知識人が「あたりまえだろう」といいそうな、オーソドックスな世界史感で選定されている。全体を通して読んでも、章ごとに拾い読みしても、変わらない。

 なんで、こんなにつまんない本なんだろうと不思議に思いました。それは、人物の選定に意外性がなく、また、内容も深くないこと、さらには、キリスト教的世界観の元での「評価」がなされていることでしょう。「ピューリッツァー賞」受賞作家の本という、権威にだまされました。 買う必要全くないです。

2005年6月28日

成功体質になる50の方法

中谷彰宏
ダイヤモンド社: 1400円
お勧め指標: □□□□■ (4)

 文句なしに面白い。流石です、相変わらず過去の読んだことのない具体的な話しで人を納得させます。 50の方法、どれ一つをとっても具体的であり、観念的ではない。自分の経験から抽出した「理解」です。今回、私がとくに気に入った個所を引用してみます。「アドバイスをするときは、結論を押し付けない」というテーマです。


 ”相談された人は、相手の経験が足りない部分を補うアドバイスをしてあげてください。いいとか悪いとかではないです。「A、B、それぞれの選択肢を選ぶとどうなるか」を教え上げるのが、親としてのアドバイスです。判断するのは本人です。”

 ”相談された側が「わたしならこうする」と言っても、それは正解ではありません。メリットとデメリットを聞いて、相談した側が自分で判断する。それが正解です。「絶対にダメ」「好きにしろ」と言うのは、相談している人に対してのコミュニケーションを放棄しています。”

 なるほどなぁと思いませんか? 相談された場合は、一種の「シミュレータ」となって選択の結果を予測してあげるのがいいのだと、気づきました。そういえば、そうです。傑作なのは次の例です。


 ”あるヤクザの人は、息子に「入れ墨を入れたい」と言われて、「いいカッコができるというメリットはあるけど、デメリットは2つある」とアドバイスしました。「まず、オシャレなプールには入れない。それから、入れ墨を見せてもビビらずにケンカを売ってくる相手は、お前より強い。お前は必ず負ける。」とアドバイスしたのです。”

 これが、「アドバイスする」ということなんですね。今まで自分の価値観を押し売りしていたと反省しました。「選択肢を提示して、それらのメリット・デメリットを紹介する」。よい、わるいは「他人に任せる」というのは実に合理的です。

 この人、相変わらず良い本を書くなぁと感心します。

2005年6月27日

ソフトウエア開発プロフェッショナル

スティーブ・マコネル
日経BP: 2200円
お勧め指標: □■■■■ (1)

 スティーブ・マコネルだし、「デッドライン」と同じ装丁だったので買ってみました。大失敗(笑)。うわー、面白くねぇ、という感じでした。プログラム開発現場にいらっしゃる方には「結構参考になる」という者なのかもしれませんが、私は2000円以上する本だとは思いませんでした。

 本書の主著は明確です。(1)書いてから直す、というは絶対にやめろ、(2)ソフトウエア開発の要員も医者や弁護士と同じく「免許」をつくれ、というものです。

 (1)の主張は私も賛成です。大きなプログラムを作ったことがない人は、「作業開始とともに動く物ができる」ことを「仕事が速い」と思われると思っています。思いつきのコーディングはプログラム的に成長しえない。書いている本人ですら3ヶ月たてば他人ですから、構造がない、設計がない、仕様が定義されていないプログラムは先がないです。

 (2)の主張も分かる気がします。労働や趣味の時代ではなく、社会的に「スキル」がある人としてプログラマを定義してくれということなのでしょう。企業として、ビジネスとして「タスク」を換金化したり、予定を立てたりするビズの世界では求められて当然ですね。でも、そんなことは社内でやればいいような気がします。これはあくまでも、会社側の要求ということですね。

 この本のなかで面白かったところは「ソフトウエアエンジニアリング」のハンドブックはどんな人が作るべきか?でしょう。最近現役を退いた人、大学教授、セミナー講師、コンサルタント、シンクタンクの研究者、ソフトウエア開発技術者のうちハンドブックをつくるのは「現場の人」のみ。実際に開発していない人はしょせん「疑似体験者」であって、その人たちは”他人の書いた本、論文、記事を読んで、他人の人生や経験を二次的に体験しているに過ぎない”ということです。これは、わたし、心底共感できます。少なくとも「技術者」は「技術を実行」できなければ。見たり知ったり、一緒に働いた人が技術者だった、という人が無理して「技術者」を名乗る必要ないですよ。見方をかえれば、技術者って「ブルーカラー」なんですから。

 そんな雑談程度の話ししか読み取れませんでした。残念。

2005年6月26日

日本人と「日本病」について

岸田秀+山本七平
文春文庫: 420円
お勧め指標: □□□□■ (4)

 ものぐさ心理学で有名な岸田さんと山本さんの対談集。古代 ローマの話しに痛く感心したメモを書いた後で、


 ”どんな国家でも、その国民一般の平均水準以上の指導者を持つことはできないんですよ。たまたまその水準を抜きん出た賢明な指導者がいて、国が間違った道にはまりはまり込もうとしているのに気づいて押しとどめようとしたら、暗殺されるか、暗殺されないまでも失脚させられます。そして国民は、国民の気に喰わぬことをしようとした者が暗殺されたことを拍手喝采して喜ぶでしょう。”

 と、いきなりへこむことが語り合われています。まぁ、スキピオは失脚され、グラックス兄弟は殺されたということもローマにはありましたが、そんな状態でもカエサルをはじめ「偉大」な人もひっきりなしに登場しますね。

 本書の中では、日本の癖がいくつか語れている。太平洋戦争時に多くの例を上げている。例えばこんなこと。

・諸悪の根源を求めてしまい、それをなくせばすべてはうまくいく。

 現実を見ていない。簡略化されたモデルで世界は説明できると思ってしまう癖がある。例えば、地震があればそれは「ナマズのせいだ」とするとか。あるいは、
 


 ”責任が一人の人間に徐々に集中してゆくシステム。その人間が腹を切ると他は一切免責になる。”
 ”罪や穢れをその人に集めておいて、その人が死ぬと、死んだ本人も周囲の人も、すべて純粋になって万事解決。じつは問題は何一つ解決していないのですが。”

 毎日のニュースで、このロジックにはまっている事件は山ほどあります。いや、そうでない事件を探すほうが難しい。マスコミが、このタイプの思考できないし、また、それを求めてしまう人が圧倒的多数というのが日本の現実です。悲しいですね。

 が、しかし、よく考えれば、カエサルがあれだけの洞察をもとに行動していた2000年前、日本は弥生時代です。考えてみれば、ローマ人の水準に達していないのでしょうから、仕方ないのかもしれない。私も日本人です。賢帝たちとは脳の進化ぐあいが違うのでしょう。まぁ、仕方ないと思うよりないですね。残念だけど。

2005年6月25日

ローマから日本が見える

塩野七生
集英社: 1365円
お勧め指標: □□□□□ (5)

 集英社の「痛快ローマ学」を改稿した本です。イラストが多く、サイズも大きかった痛快シリーズの内容を別の読者層にアピールしたものでしょうか。内容に加筆修正されたところはないみたいです。ローマ人の物語でいえば、1〜6までの内容です。

 塩野七生さんの本は「全部買います、読みます」主義の私です。この本も浜松町の談で見つけ、即効買いました。「今、ローマ人以外に本を書ける余裕があるのか? すげーなぁ」とは思いましたが、痛快シリーズと同じ内容とは。まぁ、知っていても迷わず買ったでしょうけど。

 それにしても、ローマ人の歴史はつくづく「よくできているよなぁ、未だに参考になるよなぁ」と痛感させられます。だから、日本の政治面を読むたびに、あるいは、会社の首脳陣を見るたびに、ローマ人の偉大さを体感できます、ほんと。この本にも描かれていますが、ローマ学というのは現代においても「学ばれていい物ではないか」と思います。キリスト教が広めた「恨みに満ちた偏見」のせいで、未だに世界はもったいないことしています。「ベンハー」や「グラディエーター」じゃぁ、全く古代ローマに知りようがない。もっと古代ローマの歴史を学んだほうが人の世界を知ることができます。残念です。

 私が肝に銘じようとして、いつでも努力している言葉があります。


 ”人間ならば誰にでもすべてが見えるわけではない。多くの人は自分が見たいと欲することしか見ていない。”
 ”どんなに悪い事例とされていることでも、それが始められたそもそものきっかけは立派なものであった。”
 ”私が自由にした人々がふたたび私に剣を向けることになるとしても、そのようなことに心をわずらわせたくない。何にもまして私が自分自身に課しているのは、みずからの考えに忠実に生きることである。だから他の人々も、そうあって当然と思っている。”

 私はお経の様にこれを唱え、この言葉を忘れないように努力しています。ただ、こんな言葉を2000年前に残してくれたカエサルという存在、死んでからでいいから会ってみたい、その演説を聞いてみたいですねぇ、ほんと。

2005年6月24日

文房具を楽しく使う

和田哲哉
早川書房: 1600円
お勧め指標: □□■■■ (2)

 文房具好きな人が書いたノート・メモ帳についての本。持ってはいるが必ずしも「使えてない手帳」の使い方を著者の経験をもとに紹介している。RHODIAやクレールフォンティーヌ、モールスキンなどを中心に説明ている。使い方というより、私はこうしていますね、というアドバイスブックという感じではある。しかし、著者の気持ちもよく分かるので、読んでいて楽しかった。

 文具というとデザイナー系の高級文具について語る本がある。趣味としてならばいいのだが、日々の生活に導入するには難しいだろう。それよりも、もっと別のことにお金をかけたい。そういう人が殆どであろう。コレクターでもない私は、どうもその手の本、雑誌は好きになれなかった。

 ところがこの本は比較的安価なノートについて語っている。また、その使い方を披露してくれている。立ち読みしていて、つい衝動買いしてしまった。

 ”持ち物のデザイン、色彩、質感、触感が仕事のテンションを高める大切な要素になりうることも同時に学んだ。”

 その著者の本音に100%同意します。よい文房具は持っているだけで幸せなんですよ。必ずしも高い物ではない。150ページですが1600円と値の張る本ですが、読んでいて「そうそう」と頷けること間違いないでしょう。

2005年6月23日

楽しそうに生きている人の習慣術

野口京子
KAWADE夢新書: 720円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 カウンセラーである著者が楽しそうに生きている人はどのような習慣があり、そうでない人にはどのような癖があるのかを気軽に読める新書としてまとめた本。実戦可能な「こうしたらよい」が詰まっている。語り口が明るい。べつに楽しくもつまらなくもない人が読んでも参考になるでしょう。

 表紙がよい。サラリーマン風の人が靴を磨いている。靴磨きは時間の余裕の表れ。また、どこが汚れているのか、どうしたら綺麗になるのかが明解で、作業を始めたら無心になれる。編集者は果たしてそこまで意識してこの表紙をえらんだのだろうかは不明だが、実に象徴的に思えた。どうすれば楽しく慣れるのかの一端を表せていますね。

 さて、このテーマの本は心理学にどっぷりとなるのが普通であろう。物事を悪く考える人は一種の脳内物質のせいだ、となるかあるいは、幼児期における人格形成過程に原因があるとなるか。決して明るくない話しになり、自分一人じゃどうにもできない治療が書いてあるのかどちらかが多いようだ(私が読んだ本からの推論なので、間違いがあったらすみません)。

 ところがこの本は「まず、自分が何を考えているのか白い紙に思いついた順に絵なり言葉なりを落書きしてみよう」という気軽に始められるエクセサイズから始めている。自己認識、という一言で済まさないところで著者の姿勢が見て取れる。

 「晴れている日には日光を浴びて散歩する」や「〜ねばらない、ではなく、〜であったらいいのにな。と考える」などどんな人にも参考になりそうなアドバイスが書かれている。

 なんだか自分も楽しい人になれそうな気分になる一冊。私は気に入った本です。

2005年6月22日

もう牛を食べても安心か

福岡伸一
文春新書: 720円
お勧め指数: □□□□□ (5)

 狂牛病とはなにか。何が問題なのか。病気の背景の小史と現在の病気の解明正体を説明する。また、全頭検査による輸入制限は「正解だった」という主張の説明がある。さらに、「消化という現象はエネルギーを得るという側面と他の生物のもっていた情報を破壊するという側面がある」という見方を紹介している。

 まさに新書。読み安さと内容のレベルのバランスがとれている。私はこういう新書をもっと読みたいです。日々の生活のなかで世界を見る違う視点が得られたからです。

 役人のやることで街ゆく人のためになることはないと思っていましたが、私が間違っていたようです。吉野家の牛丼が食べられない、という庶民の感覚からいえば「アメリカから輸入を抑えて、国内牛を無理やり食わせる気だな役所は」と思っていました。本心はどうだったのか不明ですが、結果的に全頭検査は最適な処置であり、今後も続ける必要があると私も考えるようになりました。詳しくは本書を読んでもらえればわかります。基本的に国レベルでの行動は「他の国の為によかれ」と思ってやることなどありません。アメリカの犠牲となって私は死にたくないですから、今後も「怪しい牛肉はいらない」と言い続けて欲しいです。

 狂牛病のメカニズムの仮説の説明において、たんぱく質のもつ情報、免疫系のもつ情報についての一風変わった見方が説明されています。自分に近い種を食べれば、それだけ食べた物の情報が分解されないで取り込まれるというもの。自分の中に別の世界ができてしまう。病気の原因になります。それが嫌ななら、自分から遠い種を食べることだと説明されています。野菜、魚でしょうか。自分から遠い種ならば、分解しないと自分の中に取りこめない。分解するところで情報が消されるからです。

 これは直感的に正しく感じられます。特に、新生児などの免疫系がろくに機能していない段階で「肉骨粉」などを与えたら、脳にダイレクトに別の動物の「情報」が入り込んでしまう。もちろん、プリオン仮説はまだ問題があるということですから、必要以上に心配する必要はないですが、子供に食べさせるものは注意しないといけないということですね。アトピーなど本質的な原因が不明な病気とも関係があるかもしれないという発言もこの本にありました。

2005年6月20日

山本七平とゆく 聖書の旅

山本七平
山本書店: 2200円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 エルサレムの街の歴史ガイド。パウロが歩いた道の紹介。新訳の成立していく過程を解説していく話しがまとめられた本。現地を自分で歩き、新約聖書にあるエピソードを紹介し、歴史的な解説を加えた作品。これらの作品は、キリスト教系の雑誌に掲載されたものを編んだ本である。

 エルサレムの街を歩いた気にさせてくれる紹介文。旧約から新訳に関わる歴史知識を感覚的に分からせてくれる。司馬遼太郎の「街道をゆく」のような感じがする。エルサレムは旧約の世界の話しがメインである。モーゼの意図とそれを実現させていく組織論的な解釈は、流石は山本七平、というレベルである。短いものであるが、読んで良かったと思わせてくれる。

 残りはパウロの伝道の旅を歩いてみる、というものである。とこどころにエピソードが紹介されている。この時代の話しならば、ローマ世界を説明しなければならない。時代はネロ。塩野七生の解釈によれば、必ずしも「暴君」ではない人だ。そのあたりをパウロの視線から解説してくれている。

 パウロは実に不思議な人である。ローマ世界からみれば、ユダヤなどとるにたらない民族である。その民族の当時の新興宗教であったキリスト教をわずか30年でローマ世界へ広げてしまうのだから。その例えを読んだことがある。「日本の伝統である神道をベースとした新興宗教をニューヨークで布教し、30年間で街で暴動を起こせるくらい広めることと同じ。」
 興味をもたれたならば、森本哲郎が書いた「神の旅人」という本を推薦します。

 さて、私の疑問はどうなったか。山本七平はクリスチャンなのだろうか?という疑問についてである。 答はわからない。この本の中でこんな一節があった(正確な引用はできない。どのページだか忘れてしまった。)。


 ”あの戦争中、イエスという人を私が知らなかったならば、別の行動をどっただろう。”(たしか、こんな内容でした。あるいは、勘違いか?)

 三位一体という説を「事実として信じている」のかどうかは分からないが、「精神的な柱の一つ」に置いていたのは間違いないだろう。ならば、信者であるのかどうかはどうでもいい話しなのかもしれない。

 坂本龍馬という歴史的人物を知ったことが、その人の人生を大きく変えた、という話しに違和感を覚えない。私も「龍馬がゆく」を読んだことで、行動がそれまでと変わったと思っている。それと同じように、山本七平はイエスのことを感じていたのかもしれない。それは全く頷ける話しである。とりあえず、そういう理解をしておこうと思う。

2005年6月19日

山本家のイエス伝

山本七平・山本れい子・山本良樹 
山本書店: 2000円
お勧め指標: □■■■■ (1)

 山本七平が亡くなった後、生前著者が書いたイエスについての随筆を残された家族がまとめた本。ただし、半分は著者の息子さんの随想、詩、評論であり、また、奥さんが書かれた山本書店奮闘記のようなエッセイも掲載されている。 山本七平の本の「知的さ」に魅かれた私は、この本のできがイマイチであることを否めない。死んだあとの編集だからしょうがないといえばそれまでではあるが。

 何冊か山本さんのキリスト教(といっても、旧約の世界が中心だが)の解説を読んできた。緻密に体系化された知識とそれを利用した世界の解釈とに私は感心していた。簡単に言えば、尊敬していた。 それで、私は一つ疑問を持っていた。「では、山本七平さんは敬虔なクリスチャンなのか。それとも、歴史が好きな人なのか。」この本はイエスに関する内容なので、そのあたりが伺いしれるだろうと思った。

 これまでの旧約聖書に関する本では「イエス」と読んでいた。神様的扱いではなく、歴史的人物として記述していた。 しかし、イエスに関する短いコラムで「イエス様」という言い方を著者はしている。この本では崇拝の対象になっている。おかしい。カトリックの教義にある考え方、物語の成立にまつわる歴史、人の心理などまで熟知している人が、果たしてクリスチャンになれるのだろうか? と私はまた疑問をあらたに思った。

 では、彼はクリスチャンなのか? まだ分からない。というのは、この本で紹介されている著者の作品はキリスト教信者が読むであろう雑誌に書いた記事だからだ。流石にその雑誌でキリストを「人間扱い」にはできないだろう。私の疑問は解決されないままである。

2005年6月18日

戦争と仏教 思うままに

梅原猛
文芸春秋: 1800円
お勧め指数: □□■■■ (2)

 新聞に掲載されたエッセイをまとめたもの。時事評論と思いつくままに書き残した日本仏教のお話がまとめられている。 以前読んだ「梅原猛の授業 仏教」や「梅原猛の授業 道徳」は素晴らしい本であったので、この本も店頭平積みのものを中身も見ず買った。ある意味、失敗であった。

 内容が書かれた時期はブッシュがイラク戦争を始める頃だったので、それに関する話題が1/3位を閉めている。その評論は、著者の偉大さからみるとあまりにも稚拙なのだ。というか、新聞評論の焼き直しに過ぎない。

 もちろん「戦争反対」を主張するのは正しいと思うが、なぜこの戦争がおきるのか、世界史からみた必然性、日本史からみた日本の態度の歴史的な連続性、仏教からみた人の心理の解説などがあると「梅原猛らしい」本になるのだがと思い、すこし残念だった。

 ただ、新聞のコラムでは大したことは書けないだろう。そのへんの事情を汲んでも、良い本とは言えないです。