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2005年7月25日

LEONARDO DRAWINGS

Leonard da Vinci
Dover Art Library: $5.59
お勧め指数: □□□■■ (3)

 レオナルドのドローイング60枚の画集。安いが、見ごたえはありますペンでかいたノートの断片です。有名な絵画のスケッチがあったり、発明品の考察中の線画があったりと、楽しめます。

「文字とイラストを適度に配置して、こんな風にノートがとれたらな」と以前から思っています。自分でとったノートはどんな感じですか? すべての学習の初めにノートの取り方が教えるべきなのに、小学校では先生の文字をコピーをすることばかりしていませんでしたか? 無駄な勉強方法でした、黒板を写す作業は。一生懸命黒板を写すことなど放棄して、まず基本を体得して、その後で自分の好きなように絵と文字とでノートをとればよかったと今では思います。

 この本を小学生に見せたらいいのではないか? マインドマップを教えるのは大変かもしれないが、レオナルドの手稿はきっと参考になるのではないか? そんなことを思いました。

2005年7月24日

自分を生ききる

中川恵一 x 養老孟司
小学館: 1470円
お勧め指数: □□□□□ (5)

 がんと医療の話し。BSでの番組を単行本化したものである。活字が大きく、内容を詰め込みすぎていないので、たいへん読みやすい。活字なれしていない人にも読んでもらいたい、という作成者側の意図が明解に伝わる。

 メッセージは3つ。日本人の死因の1/2は今後10年で癌になるだろう、癌治療の方法として放射線やモルヒネを飲むことを世界標準並に増やす必要がある、緩和医療についての理解が医者を含めて人々により理解されていく必要がある。

 自分だけは死なないと思っている。これは、養老さんの著書での一貫したメッセージの一つ。それを緩和医療に取り組まれてきた中川さんとの対談により、共通の結論に導いていくのがこの書物のねらい。自分を含め、末期には「痛くて物が考えらない」癌になったらどうするか、そういう人の苦しみを緩和することがもっと考えられてもいいのではないかという意見は議論の余地は無い。癌が再発した場合回復の見込みはないため、大抵は病院をたらい回しにされ「癌難民」になるという現実もあるそうだ。点数を稼ぐ、あるいはた5年生存率という数値を目標にすることに意味を見いだす人がいても、それは結局「他人事」いや「人間のこと」とも思っていない現場の医療関係者は、仕方ないだろう、ですますそうだ。

 現実は理想的ではない。自分がそのような目にあったときに、何ができるだろうか。「その時その時を楽しんで、精いっぱい生きること」がもっともよい死に方だというコメントも「どこかで聞いた事がある」くらいありふれたもの。しかし、実感をもってそれを主張する著者達が言うのだから、本当のことなのだろう。

 生きるための知恵など、探さなくてもすでに身に付いているのかもしれない。その「意味」を如何に見いだすのか、それが本当の問題なのだろう。

なぜ「エライ人」は馬鹿になるのか?

伊東明
サンマーク出版: 1400円
お勧め指数: □□□□□ (5)

「聞く技術」が人を動かす』の著者の新しい本。誰しもが疑問に思う、人類史の「謎」に挑むようなタイトルです。有無を言わず手に取りました。 とても読みやすく、説得力のあり、本当に「知ってもらおう、分かってもらおう」として書かれた本だということがすぐに読み取れました。流石、ベストセラー作家になったからといって「arrogant(傲慢)」になっていない。

 勤め先で「経営層」と呼ばれる人の会議に出たことがあります。事務局タスクだったので、資料準備・配付・議事録取りといった作業をしました。そのとき、本当に疑問に思ったものです。

 「なぜ、この人たちは、こんなにアホなのだろうか?」
 
 略歴をみると、皆さん立派。最近は天下りばかりではない。それなのに、何故?
 私は「違う分野からやって来た人だし、勉強していないし、また、聞く機会もないし、それで、なんとかなっているからだろう」という理解をしました。それにしても、本人はつらくないのか?。これは、個人的な経験談。

 この本では「エライ人」という意味が少し広いものになっている。絶対的なものではなく、相対的なもの。例えば、就職活動に来た学生からみれば、たとえ新入社員であっても「エライ人」。相対的にな「決定権、知識量」の違いで定義するもの。

 結局、おかしくなる理由は単純である。

・偉くなるのに作用した性質が、偉くなった途端その人をおかしくする。

 そして、おかしくするとは何かといえば、

・傲慢さを助長させる「特別扱い」に慣れ、自分の客観性を観測するためのフィードバックループが「切断」され、妄想の王国の住人になってしまうこと。

 である。最後は「謙虚さ」が消え、「聞く」能力が退化してまうのである。

 以外と普通な結論かもしれない。そう思う人は、結局「そうすることはむずかしいし、殆どの人がそれをできない」ということに気づくだろう。つまり、それが、「人類史の謎」に対する答なのだと私は理解しました。 読んでいて、ただ、ただ、反省してしまう。買って損なし。

2005年7月22日

オブジェクト脳の作り方

牛尾剛
翔泳社: 2800円
お勧め指数: □■■■■ (1)

 オブジェクト脳にならないと、オブジェクト指向プログラムなど書けようはずがない。教えてあげよう、如何にすれば「オブ脳」になれるかを。とまぁ、そういう主旨の本である。帯にも「妻が読んで「オブジェクト脳になった」と言ってはしゃいでいました。」だの「もっと早く読みたかった」だのが並んでいる。が、これは全部「嘘だろう」と思う。つまり、この本を買った私は『宣伝に引っ掛かった」ということだ。

 まず、この本は対象となるレベルが統一されていない。本書の導入にある内容と半分位あるEJBの内容では、少なくとも単語のレベルでマッチしていない。1/3あたりを「ふむふむ」と読んでいる人ならば、EJBのあたりは「さっぱりです」になるはず。逆にEJBがすらっと分かる人ならば、この本の殆どはいらない。

 想像するに、著書は初心者に教えるのが好きなのだが、その内容では本にならないため、かなり背伸びをさせてしまったのだろう。編者と監修者がダメなのだ。

 結論として、ダメな本です。ただ、著者の能力は期待できます。もうちょっと、落ち着いてから言い本を書いて欲しいですね。

2005年7月19日

ものが壊れるわけ

マーク・E・エバハート
河出書房新社: 2200円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 破壊力学を研究してきた著者の回想と随想録。工学でも科学でも表通りには面していない「破壊」という研究分野の大切さを語っている。タイタニック号の破断を展性=脆性転移温度以下での現象という説明から書き始めている。応力集中拡大係数という言葉を一般の人向けの本に見いだすとは思いも寄らなかったが、その説明の自然さに感心した。

 「靭性」など基礎的な単語の説明をコーニング社のガラス食器の例を交えて説明してくれる。全く初めての人だとちょっと戸惑うかもしれないが、工学部で機械工学を学んだ人なら「懐かしー」と思うであろう。つまらないと思っていた「破壊力学」、面白いかもしれないと思った。教科書を読み返してみたくなった。

 ビー玉の割れ方からカッシーニの原子力電池の容器、果ては弾丸と防弾壁の事情まで「破壊」という側面から説明してくれる。ますます、破壊に興味を持たせてくれる。

 後半は、著者の現在までの「研究」について。専門的な言葉も多くなるため、最後の50ページはなかなか大変です(読み飛ばしても問題ないでしょう)。

 いつ、どのような状態になると「壊れる」のか。定量的な扱いが可能になったのは「工学の勝利」と言える。地味な学問だが、だからこそ今後も発展してほしいと思いますね。

2005年7月18日

〜 読書メモを付け始めて1年経ちました 〜

 読書メモをつけ、WWWに載せるようになってから1年経過しました。180冊位読んだようです。本当は1日1冊を読むことは可能か?という疑問に答えるために挑戦したのですが、ダメでした。100冊でも結構つらいです。

 さて、どんなことが変わったのでしょうか?
 まず、読書の対象となる本ですが、これは変わっていません。途中、興味を持った人の本を連続して読むことがありましたが、大筋変わっていません。相変わらず小説は殆ど読まないです。ドストエフスキーくらい読みたいと思っていますが、どうなることやら。

 読む速度は変わったのか? これも対して変わっていません。読み通すのにどのくらいの時間がかかるのかという見積もりは正確になってきたと思います。一方で、つまらないところは読み飛ばす踏ん切りはついたと思います。

 文章を構成する能力は変わったのか? メモを付けることが楽になりました。良くなったわけではないです。どのくらい良くなったのかは、1年前の読書メモと最近のを比較してみれば一目瞭然です。単純に「メモ書き文章を書く機会が増えた」ことが原因だと思います。

 養老孟司さんは通勤電車の行きと帰りでそれぞれ1冊ずつ読んでいたそうです。私も通勤時間は長いほうですし、電車にはずっと座っていられるのでマネができるかもと思いましたが、ダメでした。もう一年続けてみます。さて、どうなっていることやら。 

2005年7月17日

描かれなかった十字架

秦剛平
青土社: 2600円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 ”世の中分からないことだらけである。”
 冒頭から著者のこれまでの研究の「動機」が語られている。初期キリスト教における疑問のについて、セミナーや記事で描いた断章をまとめた本である。これが痛快、といえるくらい面白い。

 ”キリスト教徒はイエスを彼らの英雄とする。しかしその生涯は、モーセの生涯と同様、ほとんど分からない。処女降誕などは、ばかばかしい噴飯ものとして一蹴できるが、イエスはその生涯で何を語ったのだろうか? 何を教えたのだろうか? 福音書にそれがかいてあると人は言う。しかしそこに、これだと断定できる明々白々なイエスのメッセージなどはない。福音書を繰り返し読んでみても、眼光紙背に徹して読んでみても、そのあたりのことはまるで分からない。イエスの最後は十字架の死であったとされる。十字架上の死は物語としては面白い。評点を付けるとすれば、「Aプラス」ないしは「A」の着想である。しかし、事実はどうであったのか?”

 全編このような感じである。この著者、山本書店で何冊も翻訳をしている。当然、古代ローマ、初期キリスト教時代について半端な知識量ではないものをもっている。その知識を使って、「なぜなのか?」という問いを元に、初期キリスト教に切り込んでいく。しかも、その動機が「処女降誕など噴飯もの」として一蹴するあたりが、全く当たり前だが、常人の感覚を持っている。

 この人の後に着いていけば、わけの分からん世界にいる人が「なぜ、そういう話しを命を懸けて信じるのか?」の理由をかいま見れるかもしれない。そう、思わせてくれる本である。

 鎌倉武士の「一所懸命」の感覚は理解できるが、阿弥陀さんに帰依すると「一回でも唱えれば浄土にいける」というようなことを信じる人の感覚、私には全く分からない。なぜ、あれだけ現実的だったローマ人が中世を迎えるにあたり、キリスト教に染まっていくのか? これが私には理解できなかった。

 結論としては「眉に唾付けて考えない」状態になれば、いつでもだれでも危うくなる、ということのようだ。買って損なしの本です。

2005年7月16日

パーソナルブランディング

ピーター・モントヤ
東洋経済新報社: 1800円
お勧め指数: □■■■■ (1)

 自分を商品として売り込むために必要な「個人そのものブランド」を確立する方法の手引書。会社ではなく個人の価値の有無で、仕事をするための環境は大きく左右される。個人のブランドを確立させるためには、何をすればよいのか。それを「実践編」としてまとめた本。

 とはいえ、内容はチープです。すぐに実践できるとありますが、確かに名刺やパンフのデザインなどはすぐにできるかもしれない。が、人との関係や自分の仕事の差別性・優位性の確立はすぐにできるものはない。お手軽さを強調しているがゆえに、半信半疑にならざるを得ない本となっています。

 ブランドの確立の章では、すでにマーケティングの教科書にならば記載されているだろう手法が語られている。自分の優位性を見いだす、差別化する、ポジショニングを行うなど。いわゆる「戦略論」と題されたビジネス本には必ず書いてある。
 その他、人の印象をコントールする方法や人との関係についての内容は、「トム・ピータース」の本と同じです。新鮮なところはないです。もっとも、効果があることは新鮮である必要はないのですが。

 実践編という意味からこの本を見ると、すこし安易に思える。人とあって信頼を確立してく過程、セールスの過程が1月単位で進んでいくような線表が魅かれている。読者は「急いでいる」と思っているからこういう内容になるのだろうけど、ブランド確立ならば焦りは障害にしかならないはずである。

 アメリカにはこのような方法を実践しているビジネスマンが多いのだろうか? だとすれば、ちょっと危うい社会なのかもしれないと思う。

2005年7月13日

ニュービジネス活眼塾

大前研一
プレジデント社: 1429円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 大前研一さんが主催していたアタッカーズ・ビジネススクールでの講義録。このスクールはベンチャー企業家に必要な考え方を現役経経営者などから直接教わることができるということです。

 ベンチャーを立ち上げる目的がなくても、この本は有効です。というのは、大前さんのレクチャーは日本の社会の特徴をまず示唆してくれて、その環境の中でなにをビジネスにつなげるのか、という視点で話されているからです。普通ならば意識できない現象の原因を「言語化」してくれるので、なるほどと思うことの連続です。

 企業家として成功する秘訣は、実は分かり切っていることです。ある現象を見かけたら、「それは、なぜだろうか?」と気がつく、疑問に思う、気がつく、という癖があるかどうかだということです。名をなした経営者ならば、大抵同じことを言います。

 では、なぜ普通の人は成功しないで終わるのか? 簡単なことです。ビジネスのヒントになる現象を「そもそも気づかない」からです。コツなどを人から聞いても、自分でできるようにはなりません。自分でできないのならば、分かっているわけがない。そういうことです。

 この本には、気がつくことで「社会的に成功した」実例が豊富にでています。また、気が現象を「どうすれば、社会に貢献することでビジネスになるか」ということを「戦略的自由度」という概念を使って説明されています。

 実は、この考え方はビジネスに限定されるものではありません。人が生きていること、社会にたいして影響を及ぼすことすべてに適用できると私は思います。

2005年7月12日

逆説の日本史5(中世動乱編)

井沢元彦
小学館文庫: 600円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 腹が減っては戦はできぬ。日本史で最初?に登場した「現実主義」の人たちの物語。いわゆる、鎌倉武士です。頼朝・義経・北条政子と1192つくろう鎌倉幕府、そして、鶴ケ岡八幡宮。こんな断片的な「知っていること」をいくらつなげても「意味をなすステートメント」はできません。ところが、この本は「なぜ、鎌倉武士に注目するのか、この時代から何を学び取れば良いのか」を示唆してくれます。自分の頭で「理解」した人の話は面白い。

 現実主義者という光をもてば、それ以前の人たち、あるいは、現在でも「主流」をなす人たちの行動の原因がわかります。ここでも、その切り口は「言霊」です。口に出したことは「現実化する」という信念、あるいは、無意識に感じる「自然の摂理」です。

 公家と呼ばれる人は仕事をしませんでした。なぜでしょうか? 答は簡単。彼らは実は「働いている」と思っていました。というのは、「言葉を出す」ことで実現するはずだから。つまり、「歌を読む」ことが政治そのものだったのです。

 ”コトダマ教(コトダマが現実を左右する)を信じない、現実主義の信奉者にとっては、この「宗教」やその信者である公家たちは、まさに嫌悪の対象といっても過言ではない。なぜなら彼らは歌を詠むばかりで「何もしないからだ」”

 ”彼らは「口だけ」で何もしない。そして、さらに悪いことには、それにもかかわらず、自分たちは「実効あることをした」と思い込んでいる。それだけではない、そう確信しているから、往々にして物事に実効的に処置した人を邪魔にし叱責すらする。”

 ”コトダマと穢れという信仰が公家たちにあったためだ。正確に言えば、彼らは「無責任」なのではない。いや、実態として無責任なのだが、主観的には「歌を詠み、歌集を編む」ことによって政治責任を果たしている「つもり」なのである。”

 これ、よくみると「役人」と同じなんですよ。「母親の愛情は子供の成長にとって大切です」というような内容の文書を作り、組織をつくることで「何かした気になっている」。

 わたしは、「あ、そうか、だからなのか」とこれまでの疑問が氷解しました。コトダマ信仰は「無意識」に信仰しているひとが大半ですが、日本人全員ちかく(敬虔なキリスト教徒の人は除く)そうなんでしょうね。

 こういう本、めったに会えません。よい本です。

2005年7月 6日

仏教・神道・儒教 集中講座

井沢元彦
徳間書店: 1500円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 仏教・神道・儒教についての解説本。単に知識をまとめてあるのではなく、日本人ならば普通に感じる、あるいは、当たり前のように行動することへの「意識されていない理由」をはっきりさせてくれる。「あぁ、そう自然に感情が沸き起こる理由は、これが原因だったのか」と気づくことができる。

 教科書の内容で暗記したことなんて、ほとんど忘れてしまうのが普通で、それならば生きていくのに必要ないと思ってしまうことが学生の頃の私には多かった。とくに歴史という科目についてそう感じていた。しかし、日々の生活で遭遇する行動の「理由」を知るために勉強するのだということに気づけば、歴史を見直に感じるようになると気がついた。

 仏教については、井沢さんの別の本にいろいろ解説されている。この本でも十分に仏教のエッセンスを知ることがきでる。例えば「なむあみだぶつ」という念仏、釈迦とは違う如来、極楽というのは固有名詞、大乗という発想、鎌倉仏教、オリジナルの仏教と現在の仏教の乖離具合を示す「仏教という概念の進化」を知ることができる。 神道、儒教についても同様の知識が得られる。

 宗教とは「価値を価値と感じる源泉」だということです。しかし、なぜ私たちはそれが「正しい」「よい」と「感じる」のだろうか。その感情を発生させる源泉を知りたければ宗教を探ることが必要ということでした。

2005年7月 5日

いまを楽しむ人生論

森毅
イースト・プレス: 1400円
お勧め指標: □□□■■ (3)

 人生20年論。20年ごとに違う人生を生きてみよう。肩の力をぬいて。そういう感じのエッセイ集。森毅はもう20年くらい前から読んでいる。エッセイ集ばかりだが、結論がいつも同じになるので、ある意味安心していられる。なんといっても、その頃の関心事であって受験。大学での数学は何を基準に評価するのか。答があっていることではなく、考える道筋をどうみるのか。○×式の「評価」しか思い浮かばなかった私には衝撃的な内容であった。 森さんの本を読み始めたのは人生のセカンドステージに入りかけた頃。もうすぐ、それも終わろうとしている。早い物だなあと思う。この人から「気楽さ」を教えてもらって、生きるのが落になったと思う。

 いまの受験生にも通用するのではないかな、「サボり流数学のすすめ」などは?

2005年7月 4日

東欧チャンス

大前研一
小学館: 1400円
お勧め指標: □□■■■ (2)

 東欧に目を向けてみよう。中国がもてはやされているが、GDPでみれば実は世界一はEUなのだ。EU圏内部に進出するならば、関税の点からも為替の点からもマーケットに近いということからも、大きなチャンスは東欧ある!

 というような主旨の本です。しかし、「チャイナ・インパクト」のような衝撃的な内容では無い。チャイナ・インパクトは、(1)地域国家の実例を中国に見いだし、(2)なぜ朱鎔基さん以後中国が大躍進を始めたのか、(3)これから先どうなるのかという内容が世界で初めて理論的な裏付けを紹介していたから。翻訳本が中国ですら売れたということです。
 この東欧チャンスでは、今後のEUを見据えれば東欧がチャンスであるということが紹介されています。しかし、内容的には新鮮なのですが、一般の人には遠い感じがします。なるほど東欧はチャンスなのかもしれない。しかし、中国とちがって「驚異」は感じません。個人的な経験に還元すれば、東欧は遠いという感があります。
 もっとも、ビジネスパーソンは、そんな鈍感なことではいけないのかもしれませんが。

 東欧についてはおしなべて頭が良い労働力が期待できるということである。それはそうだ。なにせ、ヨーロッパ。ハンガリーやチェコなど、数学か科学を専攻したひとならば有名人をいっぱい知っているだろう。それなのにビジネスではぱっとしない国です。その理由は、これらの国はソ連の影響を受けているため、マーケッティングが全くだめだということです。


 ハンガリー政府が唯一、強調していたのは「頭がいい」ということだけだった。それはポーランド人だって言うことだろうし、事実、ポーランドに行ったときにも、ノーベル賞を2度ももらったマダム・キューリーはボーランド人だよと、頭のいい国民性を強調する人はいた。つまり、「頭がいい」というぐらいなら、どこの国でも言うのだ。
 だから、ハンガリー政府の人たちは、よその国を知るのと同時に、自国の置かれている立場もよく知らないといけない。アジア各国、日本、韓国、特にASEANと中国あたりを見たうえで、家が弱いのはこれです、部品が弱いです、でも部品をもってきてこういうふうにすれば勝てるのです、といった売り込み方をしないといけない。(P121)

 これまで大前さんのしゃべることはほとんど実現してしまっています。情報を集めて分析することである程度先行きを予測できるのだということ痛感させられます。類似の本はまだ出版されていないようですが、この「東欧」もきっとそうなんでしょう。

2005年7月 3日

遊ぶ奴ほどよくデキる!

大前研一
小学館: 1400円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 『遊び心』『やりたいことは全部やれ』に続く本です。生き方論の提案。大前さんの生活を具体例として「こういう理由でこうしている、そしてそれはうまくいっている。ダメな物はこれで、こうやって回避したんだ」そういう具体例が詰まっています。「こうしなければならない」という抽象論を大上段から積極される本とは違います。

 編集者がつけたのでしょうけれど、この書名はピントがはずれています。「よく遊ぶ → よくできる」という意味ではない。因果を示すのではなく、相関を示しているのでしょう。あるいは、「良くできる人 → よく遊んでいる」という観測された事実があるとしても、「逆」は成立しないはず。ちょっと、媚びている感じがして、嫌な感じがします。

 家の買い方から働きかた、趣味の選び方などについて「切れる」ロジックが展開されています。ビジネス書の読み方やら旅行の仕方やら、自分も試してみようと思える例が列挙されています。 そういえば、海外旅行について、別の本で読んだのだと思いますけど、大前さんの推奨するやり方をして、偉く得したことがあります。だから、趣味について、遊び方について、子供の教育について、本書にある方法をためしてみようと思っています。 大前さんのことを悪く言う人もいるけど、こういう本を読んでみてから判断してほしいですね。

 手元には、"Next Global Stage, Kenichi Ohmae"という本がありますが、頭をフル回転させて読むような本、日本語では書いてくれませんね、最近。まぁ、世界標準で書いた方が良い本だから英語なのでしょう。逆に、この本は世界標準な内容ではない、ということなのでしょう。

 合理的に生きるところと非合理的(感情、安らぎなどを求めること)に生きるところをきちんと入れ替えられる人、すごいです。ただ、ただ、あきれるごとく尊敬するしかない。

2005年7月 2日

私の脳はなぜ虫が好きか?

養老孟司
日経BP社: 1300円
お勧め指標: □□□■■ (3)

 虫取りについてのエッセイ。日経エコロジーに掲載されていたものをまとめた本。著者はファーブル昆虫記のようなものにするつもりだったが、環境に関係する内容を入れようとした(要請された)ことと、虫取りそのものを細かく記述するほど余裕がなかったことから、虫取りを中心した社会評論的な読み物になっている。

 あることを本気で好きな人が、好きなことについて好きに語らせると聞いている方もその気にさせらることがあります。虫の話ですから(笑)、気軽に読んでいられますし、好きなことをやる人がどれだけ楽しんで生きているのかを知ることができ、うらやましくなります。そんな典型の本です。

 自然死とは生き方(Way of life)であるという話しがありました。それさえ分かれば、次のような方法をとるはずだと。


 ”虫好きとは、機能重視の人たちである。だから、機能の話しには、きわめて乗りがいい。巡査部長だろうが、平の巡査だろうが、仕事は実質的にはなんだ、と聞く人たちなのである。その答によって、俺は平でいいとか、部長がいいとか、そうなるだけである。虫が大切。それがまず決れば、あとは自然に決ってしまう。(中略)どうせ長い人生ではない。自分にとって一番大切なことはなにか。それが決らないようでは、人生という重大事に対して、どういう決定の仕方があるというのか。逆にそれさえ決っていれば、あとはどうということはない、人生の些事である。”

 この他にも、虫好きの目から見た「只流されて生きている』人に対する提言が多くあります。私は好きな本です。

2005年7月 1日

タリズマン 上・下

グラハム・ハンコック ロバート・ボーヴァル
竹書房: 各1900円
お勧め指標: □■■■■ (1)

 ハンコックの最新作。今度のテーマはキリスト教カタリ派の流れとフリーメーソン。パリの軸線(町並みのデザインの骨格、道の流れと建物の関係)とルクソールの軸線。

 だだし、記述は冗長(2人で持ちあった原稿に重複があったのだろう)、執拗なまでの参考文献。上下巻で900ページは厚いですね。もっと削れるはずです。本というより、論文を狙ったのでしょうか。しかし、論理は「〜であるかもしえない。」という推定がいつの間にやら事実として変容し、それを根拠に次の説が導かれるという「科学では、やっていはいけない」説得法が多いので、参りました。証拠がない世界の話しだから、科学的な記述は不可能なのは理解できますが、もうちょっと書きようがあるだろう。「神々の指紋」のような切れ味がないので残念です。

 中世のヨーロッパの話しですので、ヨーロッパ人しか楽しめないかもしれない。いわゆる陰謀説と太古から受け継がれている宗教の香りが好きな方用です。初期キリスト教にはローマ史との関係から興味を持っていますので、カタリ派・ボゴミール派とグノーシス派については面白いと思いました(上巻)。下巻はローゼンクロイツとかフリーメーソンの話しが中心です。正直、イマイチです。私は上巻だけあればいいかなとも思いました。

 ヨーロッパ中世が暗黒なのは、カトリックがカタリ派を撲滅するために行った抹殺行為が原因。カタリ派と関係ありそうな人を徹底的に殺す。噂・垂れ込みによっても、連座性で殺してしまう。これが街のスケールでおこなれたら、「互いに互いを信用しなくなる」ことになります。接触すら避けようとする。要するに、一人ひとりをばらばらの状態にしておくという結果になります。

 すると、街のスケールで「活力」が落ちる。新しい物は生み出せないどころか、その自体のことも後世に残せないことになる。人は人と協力することで、活力を維持し、アウトプットを非線形的に増大させることができる。ヨーロッパ中世というのは、そんあ社会学的な意味での実験だったとも言えるようです。この論説には中世の弱さの原因の一端であるという仮説は十分に成り立ちます。これは面白いと思います。