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「超」勉強法

野口悠紀雄
講談社: 1500円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 勉強の方法についての小編。なるほど、確かに効果がありそうだ。現在の自分から、過去の自分に向けてアドバイスするのならば、この本の方法であろう。「面白いと思うことをやる。初めからではなく全体を見てから、必要なところに着手する。80%理解できたら先に進む。」 この方法は、部分的ではあるが、経験則によって「そうそう」と同意刷る人もいるだろう。私は、まずは全体から、というところに共感している。

 英語の勉強法は単純。暗記である。言葉を分解して覚えても、言葉が言葉である部分が消えてなくなっている。「するめをみてイカがわかるのか」 単語カードに書かれたワードは死体のようなものだ。それが生きたセンテンスに埋め込まれて「意味」を発する状況を想像などできまい。言語は丸ごと覚えるしかないのだ。私は高校時代、このような方針の先生にたたかれたものだ。英語は勉強した記憶がないのに、そこそこ受験で苦労しなかったのは、センテンスごと暗記という癖をつけていたからだろう。しかし、それで会話はできるようにはならなかったが。


 数学の勉強法にある「パラシュート法」は感動した。基礎から一歩一歩進んでいったらゴールまでたどり着けない。なぜなら、基礎は以外に難しいのだ。ε-δでつまずいたら、工学でつかう数学にたどり着けない。ならば、必要なところを上級から俯瞰する。つまり、飛行機で「数学」の地表を上級から眺め、必要な部分に直接降下する方法をとるのがもっとも速い。そこに必要なものだけを、必要だから勉強すればよいのだ。これは、私が普段やっていることではないか。ある程度わかるようになると、基礎を知りたくなく。山は下っていくのが楽しいのだ。


 いつも勉強を続けていることが必要である。勉強に「浸かっている」こと、勉強に関して「現役でいる」ことが必要である。これまで述べてきたように、数学の計算力、英語の単語や適切な言い回し、字数の把握、漢字、すべてやらないど「なまる」。運動選手が、練習していないとなまるのと同じである。

 さて、今日は何を勉強しようか。そう、思わせる一冊である。

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