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日本史集中講義

井沢元彦
詳伝社黄金文庫 670円
お勧め指数 □□□□□ (5)

 なんとはなしに読めば、普通の人は腹が立つだろう。「小学校、中学校、高校の歴史の授業ほどくそみたいなものはなかった」ということに気付くはずだ。まぁ、それは言いすぎかもしれないど、あの時間はぜんぶこのような本を読むのに充てていればよかった。歴史を専攻している人でもない限り、そのほうがよい。世界史Bの授業なんて、どうせくだらねぇことを読み上げるのを聞くだけの時間だったはずだから、それを別のことに置換えられた学生はラッキーだったんだ。とういうか、本音は授業を提供する人、ひょっとしたら先生もそう思って世界史Bをやらなかったのかもしれない。言って見れば、良心だったのかもしれない。

 「真実を知る」など不可能である。『薮の中』になるから。あるいは、情報サンプリングと再構築という発想からいっても無理。だから、歴史というのは結局物語にならざるを得ない。すると、あえて現代の人が時間をさいて勉強させらる必要があるすれば「ああしたらこうなった」という人の行動傾向を知るためだろう。人は生まれたとき過去を一切もっていない。ならば、同じような人が同じようなシチュエーションになると同じようなことをするはずだ。それを知ることが普通の人が歴史を勉強する意味だ。

 ならば、学研マンガだっていいじゃん。司馬遼太郎や塩野七生をよめばいいじゃん。それが歴史なのかと呆れるのは、歴史学の学者だけだし、そうなって困るのも彼らだけだからほっておけばいい。まぁ、ちゃんと本を読める人ならば学者の論文など読まなし、学者の書く本はつまらないから実害ないのだけどね。教科書問題といっても、そもそも教科書をまともに勉強する人などいないのだから、実はどうだっていいのかもしれない。普通の人が普通の書店に行って手に取れる本がちゃんとするようなことに出版会の人が気を配ってくれればだけど。

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