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2007年12月26日

昭和のロケット屋さん

林紀幸+垣見恒男+松浦晋也+笹本祐一+あさりよしとお
エクスナレッジ 1800円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 トークショーとして人気がある「ロケット祭り」において話されたロケット開発史の裏話をまとめた一冊。公式とまではいわないけどだいたいにおいて「誰々が何時何時なにをした」というような記録は結構間違っている類の話である。

 糸川という独特のキャラをもつ立派な先生の言動は、長嶋茂雄の言動のように「都市伝説」と化しているものがある。なんでもできるスーパースターというものに普通の人は興味と憧れと恐れをもつ。でも、実際は「そんな分けはない。実際にやったのはオレだ」という現場の人の証言がでてきて、歴史がひっくり返る。まぁ、そういう話である。

 宇宙が好きな人や職人信仰を持っている人には「実は現場の職人が全部やっていたのだ」というような話は通りやすいし、実際問題、彼らが大きな力になったことは正しいだろう。考えているだけではモノはできないのだから。これまで、ある意味光が当たっていなかった人がスポットライトがあたるわけでだから、どろどろした悔しさのようなものが「実は全部おれがやったんだよ」的な話になるのは当然である。しかも、長生きしたのだから、それを修正する仲間はもういないのだし。

 ただしである。多分その人の言っていることも「脚色」があるはずなのだ。記憶は適当に変更されるし、記録があっても解釈次第のところがある。例えその人がいい人であれ、恨みの構図があるものは話半分としたほうがいいだろう。もっとも、作家はそんなことを考慮しないだろうけど。

 この本で一番注目した点は、誰が実際に設計し製造しているのか、である。大学の先生は「企画」であって、設計、製造はメーカーさんなんですね。考えてみれば、そりゃそうだ、なんですけど。
 

2007年12月24日

快盗タナーは眠らない

ローレンス・ブロック
創元推理文庫 760円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 ミステリーチャンネル毎年恒例の「闘うベストテン」でランクインした小説である。気軽に楽しめるということだったし、その番組での本の紹介を聞いて買ってみようかなと思ったので購入した。

 40年くらい前の小説なのだけど、今年訳されたせいもあるだろうけど、違和感がない。時代特有のものがでてきて「あぁ、今はないなぁ」と思えるところがない。50ページはそんなに面白くは感じなかったのだが、いったん話が転がり始めるとあれよあれよという間に読めてしまった。エンタメって、こういうものだろう。

 読んだあとに「あぁ、すこし賢くなったなぁ」というところがなさそうなものには普段手に取らないだけあって、年末休暇はこういうものを積極的に読むことにしている。面白から。しかし、それにしても、読んで賢くなったなぁという感じがしないと物足りない気はする。こういうエンタメは、「コーラを飲む」ようなものだ。読んでいるときだけ気持ちいのだけど、それで一体どうなるというものではない。さぁ、次の作業でがんばるかという息抜きと元気を鼓舞するものなのだろうな。

2007年12月20日

私家版・ユダヤ文化論

内田樹
文春新書 788円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 ユダヤ人についての考察がまとめられている。まとめるというよりも、展開されている。読んでいて、ある考えが目の前で立ち上がっていく様を「見る」ことができる。自分自身でこのような考察をすることはとてもできないので、人が考えることの仮定とその結果、あるいは、限界について想像を巡らすことができた。頭がいいって、この本ような思考をすることができることが一つの指標なのだろう。他にいろいろあるのだろうけど。

 ユダヤ人という不思議な存在は、古代オリエント史に興味をもつ私にはこれまでもずっと興味がった。ただし、日本で生活している限り、あるいは、ヨーロッパの観光地をちょっと回る限りでは想像ができない。アメリカにおけるいわゆる黒人の問題ほど目に見えないのだろう。結局、差別という枠でくくられるものだし、できれば忌避したい話題だからあまり教えてもらえる機会がない。自分で体験することも、直接教えられることも、話題にものらないことなので、本で読むことでしかしることがないものだ。

 そういう人を内田さんはどう議論するのだろうか。歴史の中での役割や民俗的な奇習がある方面の能力向上に結びついたという見解のようである。ちょっとまとめすぎた説明なのだが、私にはそもそもこの本の後半部分を半分も理解できなかったので、仕方がない。新書としては珍しく、マジに考察されているし、読者の思考に対する要求も半端なものではない。

 さて、この本で歴史を学ぶことにしついて面白い記述を目にした。この意見は「本当に重要」で、そもそも歴史を学ぶ意義そのものを言い当てていると思う。

 生来邪悪な人間や暴力的な人間や過度に利己的な人間ばかりが反ユダヤ主義になるのら、ある意味で私たちも気楽である。そんな人間ならば比較的簡単にスクリーニングすることができるからだ。その種の「悪人」だけに警戒の目を向けていれば破局は回避されるだろう。
 しかし、私が反ユダヤ主義者の著者を繙読して知ったのは、この著者たちは必ずしも邪悪な人間や利己的な人間ばかりではないということであった。むしろ、信仰に篤く、博識で、公正で、不義を激しく憎み、机上の空論を嫌い、戦いの現場に赴き、その挙に思想の全重量をかけることをためられない「オス度」の高い人間がしばしば最悪の反ユダヤ主義者になった。
 反ユダヤ主義者のことを考えるとき、靖国神社に祀られているA級戦犯のことを連想することがある。東条英機以下の戦犯たちを「極悪人」であると決めつけてことを終わりにする人々に私は与しない。また、彼らの個人的な資質や事績の卓越を論って、「こんな立派な人間だったのだから、その慰霊は顕彰されて当然だ」と主張する人々にも与しない。むしろ、どうして「そのように、『立派な人間』たちが彼らの愛する国に破滅的な災厄をもたらすことになったのか?」という問いの方に私は興味を抱く。
 彼が善意であることも無視無欲であることも頭脳明晰であることも彼が致死的な政治失策を犯すことを妨げなかった。この痛切な事実からこそ私たちは始めるべきではないか。そこから始めて、善意や無視や知力とは無関係のところで活発に機能しているある種の「政治的傾向」を解明することを優先的に配慮するべきではないか。私はそのように考えるのであr.

 歴史を考えるときにこの発想が「なぜ」に答えるための補助線になる。ある失敗があったときに、だれが悪い、お前は責任をとれ(心情的には死ねといっている)としか言わないのでれば、上記の発想に全く学ぶところがない。つまり、事件が行ったあとにマスコミに耳を傾けるのは、死刑執行を楽しむ人であることを意味している。そんなことはしなくて良い。むしろ、質の良いドキュメントをなんとか入手することに腐心したほうが良い。ただし、そんなものはメッタに読めないのだけど。

 考えること。それはマラソンや書道と同じように、ある程度までは師匠に練習することで身に付けることが出来る。みんなが天才の域まで行けないとしてもね。今年は実に内田樹という尊敬するべきモデルを知ったことが有益なことだったと思う。

2007年12月16日

ウェブ時代をゆく

梅田望夫
ちくま新書 777円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 梅田さんのメッセージはシンプルである。

 ネット上にできた「学習の高速道路」は、リアル世界での物理的な「距離」ゆえのハンディをなくしてしまった。「対象をどれだけ好きなのか」「対象にどれだけ没頭できるのか」という実にシンプルな競争原理が誰の前にも敷かれ、やる気のある人ならどこまでも伸びていける自由な環境が生まれたのである。

 確かにそうで、今の若者もそれを目指す人がたくさんいるという仮定で話をすすめている。が、しかし。梅田さんは普通の大学生なり若者なりをどこまで認識しているのだろうか。30代後半から40代の世代ならば、梅田さんの抱く若者像に期待することが出来るだろう。しかし、だ。実際には現在においての普通の大学はまったく大学として機能していないに近いし、そもそも、「ふつうの学生」を探すのはかなり厳しい状態になりつつある。そんななかで、前向きに勉強して夢をつかもう、という全うな考えをもちえる人は絶滅危惧種なのではないか。もっといえば、そんな日本人の若者、どこにいるんだ?

 そんな悲観的な。私もそう思いたい。実際この本を購入して感銘を受けている世代って、どの世代なんだろうか?30代ではないのだろうか。確かに一部の大学の一部のグループには期待できるひとがいる。しかし、大学自体が「Winner takes all」になってしまいつつあるので、ほとんどの、90%以上の大学ではこの本が対象とする若者は存在しないんじゃないか。なんとも、もったいない話である。もう、20年まえにネットが今のようになっており、梅田さんの本がでていれば、違う日本になったかもしれない。いかんせん、登場するには時期が遅すぎた。

 そう考えると、このメッセージは日本よりも韓国や中国などのこれからの国へのメッセージとして適しているだろう。だから、この本は日本よりもそっちの国のほうがよっぽど有効だろうなと思う。

2007年12月15日

物語 イタリアの歴史2

藤沢道郎
中公新書 777円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 イタリアの歴史の物語といえば塩野七生さんの一連の著書が有名で、それ以外は教科書か研究所だからつまらんものばかりだったのだけど、この本の「物語」はかなり面白く読めた。なぜだろう。ハドリアヌスからカラバッジョまでと扱うタイムスケールが長いのでそもそも出来事の記述になりようがない。となると、ときどきにスポットをあてた人について語るよりない。

 古代ローマについては塩野さんの作品が頭にある。キリスト教が影響力を強めていく時代にキーになったのは「アンブロシウス」ということで、コンスタンティヌスのあたりにの記述を覚えている。この本hで、それよりもう少し後の「グレゴリウス」に光を当てている。なるほど、キリスト教のターニングポイントの一つを仕掛けた人なのだとわかる。

 さて、どうしてこの本が面白いのだろうか、ともう一度考えてみた。特定の自分物にスポットを当てるという方式の記述は過去にもあっただろうけど、この本は少し違う。読んでいてわかったのは、視点の問題だ。

 現在から過去の人物の行動を記述しているのだから、その自分が判断を行うときその結果を私たちは知っている。それが良かったのか悪かったのか、そのとき他の場所では何が起きていたのか。歴史が好きな人はそれを知っているし、それを説明したがる。

 しかし、それは物語にならない。その登場人物がどういう状態にいて、何を知っていて、どういうことをしたかったのか。読者がその人の視点を共有できるように記述されていれば、読者も一緒にワクワクできる。しかも、その登場人物を仲間のように師匠ののように感じることができる。おそらくは、面白い物語になるかならないかは、それに係っているのだろう。そう思って塩野七生さんの本をみると、ちゃんとそういう視点で書かれていることに気付く。

2007年12月14日

東京奇譚集

村上春樹
新潮文庫 420円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 奇譚集といっても、おどろおどろしい話ではない。お化けがでるわけでも、血みどろになるわけでもない。へぇ、偶然にしては奇妙だね。そんなことがあるものなんだ。という話である。あっさりとした語り口は村上春樹さんならではで、謎解きがないミステリーとして読めるかもしれない。

2007年12月13日

中国行きのスロウ・ボード

村上春樹
中公文庫 600円
お勧め指数 □■■■■ (1)

 村上春樹の初期の頃の短編集で、だれかの感想でとてもよいというのを読んでいたので、本屋さんで目にしたとき手に取ってしまった。が、それは失敗だった。この面白くなさにまっいった。なるほど,村上春樹の雰囲気はとってもあり(というかあたりまでだが)、中身がじつにつまらないのだ。もう、一辺の曇りもなく。

 村上さんの雰囲気がある種の寂しさを感じさせ、それを読者は心地よく感じるのだろうと思っていた。たしかにそれは正しいのだが、それは雰囲気だけであって、そもそもの中身がないと何をやってもダメなのだろう。雰囲気はゲインなのだ。良い絵画は良い環境でみると信じがたいくらい神秘性を増してみることができるが、日本の企画展でみたら全くダメなのと同じなのだ。雰囲気は大切だけど、中身がないとね。

2007年12月12日

翻訳夜話2 サリンジャー戦記

村上春樹+柴田元幸
文春文庫 777円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 サリンジャーの新訳を村上春樹さんがおこなったというこで、翻訳についてのあれこれを語りあった対談である。実は、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を読む前に購入し、すこし読んだのだが「ホールデンって誰?」という始末だったので、慌ててキャチャーを読んだ。その直後にこの本を読んだことになる。翻訳という行為についての対談は、方や小説家、方や文学教授ということで見たかが微妙に違いおもしろい。また、サリンジャーについての話も興味深い(であろうと思う。私はファンではない)。

 後書きに柴田さんがなにやら書いてるのだが、これはびっくりするくらい出来がわるいと思った。なるほど、文学者といっても読んで理解するのことに優れているのだろうけど、想像するのは普通の人なんだということを思いがけず理解できた。そこで、疑問に思うのだが、文学の研究というのは、文学と社会の関係をつけることであって、とても「小説家になりたい」人がやるものではないのだろう。

2007年12月11日

知に働けば蔵が建つ

内田樹
文藝春秋 1524円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 ニートって言葉はよく聞くけど、実体は知らない。友達にはいなかったし、自分もそうではない。病的なところがあるわけでもない普通の人だから、すれ違うだけでは分からないし。アルバイトをずっとやっている人という理解でよいのだろうか。教育も訓練も充分でない人たちという理解している。

 内田さんの教育に関するお話は説得力がある。思い当たる節がある。また、ものを考える訓練を積んでいる方なので、その結論には直感的なものだけではなく、そもそも論からのきちんとした論理がとおっている。だから、きっとその通りになるのだろうなと思うから、ちょっと怖くなる。

 自分はどういう世代にいるのか。モノを学ぶことを「等価交換」と考える面が全くないとはいえないが、それは自分をどこまで冷静に評価しての結論なのか少し自信がない。とはいえ、ここまでひどくないだろうし、そんな友達はいなかったなぁと思いながら内田さんが描く現在の若者像を読んでいる。まったく、絶望的なところがある。何もできないのに、あるいは学ばないのに、「おれって実はスゴイ感」をもつ人とどう付き合っていけばいいのだろうか。結論は、離れているということなる、私の場合は。

 考えを現実とすり合わせる良い方法は、接地することである。要するに、現実に対して何かをやってみればよい。それは、体を使っての行動結果である必要がある。やってみれば、バレてしまうのだ。テストではなく、実際の行為。なんでもそうだが、大抵うまくいかない。パソコンを叩く事は、どちらかといえば「接地」には属さないような気がする。

 それにしても、ものごと「起源」から考えるというのは、スゴイ効果が得られる。考えることのすごさが身にしみる。

走ることについて語るときに僕の語ること

村上春樹
文藝春秋 1492円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 タイトルどおり。健康を気にしてジョギングをするアメリカ人は嫌いなのだが、生活のバランスをとるために体を動かすという意味ならば気にならない。気にならないどころか、「やってみようかな」と思い浮かんでしまう。こういう本、好きです。

 走るときに何を考えるのかといえば、たいして考えない。我が身の記憶では、それどころじゃない、苦しいというものだ。走り慣れている人は違っているのだろうと思ったが、以外にそうでもないようだ。違うところは、走り慣れている人は文字通り習慣として走っているということ。楽に走っているのではないのか。

 生活に充分な余裕があるからだろう、ハワイに一月滞在し、そこで朝走るという生活が紹介されている。暑い日に走り、汗をかき、そして冷たいビールを飲む。健康的な人が主人公の話があるのかどうか、私は村上春樹の小説はあまりよんでいないのでわからないが、そんなに小説とちがっていない実生活を持っているのだろう。ちょっと、いいなぁと感じる。

 山場があるわけでも、読者に走ることを進めているわけではないのだが、なんだか自分も「毎日」走るという習慣を身に付けたくなった。毎朝3キロほど走っていた時期が自分にもあったが、それは20歳くらいのときだ。あれから体重は30キロくらい増えている。体力の衰えも著しい。しかし、歩くことから始めてみるのも悪くないような気がする。そうおもって、早速ユニクロでジャージ類を購入してしまった。

 そういう人が結構多いのだろうか。この本は発売してまだ間がないのだがもう5版になっている。これをきっかけに走り始める人って、結構多いんだろうな。だから、ユニクロのLサイズの運動着がことごとく売り切れになっているのかもしれない。

2007年12月10日

キャチャー・イン・ザ・ライ

JDサリンジャー(村上春樹訳)
白水社 1600円
お勧め指数 □□■■■ (2)

 翻訳小説における翻訳家の違いは信じがたいくらい差をもたらすのだと、「ロング・グッド・バイ」で知ったので、早速「ライ麦畑で捕まえて」をよんでみた。もちろん、村上訳のものである。この本は、高校生ぐらいで読まないと良さがわからないというようなことを何かで耳にしたことがある。高校生時代に本など読まなかったので、自分には関係のない「青春小説」であろうと思っていたし、もう読むことがないだろうという本であった。だいたいタイトルからして、女の子が好きな男の子に抱くシチュエーションのようなセリフだし。

 読んでみてビックリした。なんだ、恋愛小説ではないじゃないか。それどころか、全く違うもので、なんでいままでのタイトルが「つかまえて」なんだよ。様子に、あのタイトルが完全なる誤訳だということがわかった。よく、いままでそのままにしている。

 では、内容は面白のかといわれれうば、迷い無く否と答える。頭がいいタイプの高校生が世間を見下すという、よくありがちなものである。賢いタイプの人はそういう時期があるらしく、自分もそうだったという人がこの本を薦めるのだろう。私にはその経験がないので、なんとも理解できないのだ。小説としては、そのあたりの心情を行動を通じて表現されているので、よいものであり、頭の良い高校生がどういう考えをするのかを知ることができる。なんとも面倒くさい青春のようだ。

 この翻訳は「ロング・グッド・バイ」ほど村上色がでていない。サリンジャーの色がすごすぎて村上色が目立たないようだ。だから、村上春樹訳だから、ということでわざわざ読む必要はないだろう。

2007年12月 9日

ユージニア

恩田陸
角川書店 1700円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 少し前に『Q&A』を読んだ。その次にこの本を読もうとし、冒頭の部分で読むのをやめていた。今日、たまたま読み始めたらとまらなく、結局最後まで読んでしまった。『薮の中』的な構成はQ&Aの場合と形式は同じ。あれは最後で崩壊してしまった(ように見える)が、こちらはきちんと終われた。恩田陸作品は、途中でおかしくなるのが結構多いが、今回は無事に着地した。最後の部分は一気読みさせられるものだった。

 小説を読むときは「今、だれの視点なのか」が自然にわからないと最後まで読めない。そして、読者が視点の存在に「なれきれれば」なにも難しいことはなく、出来事は自分のことのように思えてくる。その段階では、「本を読んでいる」ということすら忘れてしまうことがある。そうやって、電車を乗り過ごしたことが学生時代から現在まで(というか、昨晩あぶなかった)続いている。そういう経験をお持ちの人は多いだろう。

 よかった。また、恩田作品を読みたい。

2007年12月 6日

ロング・グッドバイ

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)
ハヤカワ
お勧め指数 □□□□□ (5)

 内田さんの本で絶賛されていたので、早速購入した。私は小説はごくたまにしか読まないのだけど、あれだけ推薦されているのだから面白いのだろう。古典の翻訳は日本語が古く、シリアスな場面でもちょっとかわいい感じがすることがある。だから、正直気がすすまなかった。が、間違いであって。

 なるほど、マーロウという主人公の視点で書かれた物語なのだが、一人称を「私」から「ぼく」に変更したら、この本は村上春樹の新作だといってもはじめのうち気付かないかもしれない。そう内田さんの本にあったが、そのことに興味をもってかったにもかかわる、「これ、本当に村上春樹の新作?」と思ってしまうところがあった。

 全く古さを感じない。クリスティーの『そして誰もいなくなった』は、日本語に違和感がある(つまり、古いんですよ、言葉が)のでもうひとつ好きになれなかった。しかし、この本はそういうことは全くない。そもそも、古典的な名作とうことだし、そもそもミステリーだから引き込まれちゃう。500ページくらいの本だったが、往復の通勤電車でよんで3日かかった。充実した。

 解説によれば、この本はチャンドラーのなかでも抜きんでた一冊ということだ。作家が63歳くらいで執筆したにもかかわらず、登場人物に違和感を感じないのがすごい。60過ぎてもミステリーを紡げる持続力はありし、若い女性のしぐさなども生き生きとかけるのかと驚く。自分が60になったときは、だいぶ感覚が古びそうな気がする。こう言うのは見習いたくても難しいだろうな。

2007年12月 3日

村上春樹にご用心

内田樹
アルテスパブリッシング 1600円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 村上春樹論とうことで買ってみた。この本の成り立ちが面白い。著者がブログに書いたもの、過去に出版されたエッセイから「村上春樹」というキーワードで検索した結果をまとめたら一冊になった、という感じのもののようだ。そんなんで、本ができちゃうのか。

 書き下ろしではないので、助走から始まり結論ちかくで畳み込んでいく感のようなものは全くない。すでにいろいろなところで表明されいている「雪かき論、うなぎ論」についての補足説明をいろいろなエッセイで行っていたものを再構成しているので、冗長、重複が結構見受けられる。アンソロジーだから、まぁいいか、という感じのつくりである。

 この本を読んでいたら、なんだか村上春樹が読みたくなってきた。僕もいくつか読んでいる好きな作家である。翻訳書は読んでいないのだが、ロング・グッドバイを早速買ってきたので読んでみようと思う。


 村上春樹論とは別のところで興味をもった。この本の一つの節は、おそらく、ブログの一トピックに対応するのかもしれない。スゴイ長いわけではない。日記のようなものもある。それで、ふんふんと納得するような論説が書かれている。本を書くような人は、ブログでもこのような論節を書いてしまうのだろう。出版予定も掲載予定もないとして、学術用のものでもないとしても、それでも書くのか。そういうどうでもいい(?)ところに感心してしまった。