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2012年2月28日

放射能から子供の未来を守る

児玉龍彦+金子勝
ディスカヴァー・トゥエンティワン
お勧め指数 □□□□□ (5)

児玉さんの国会での怒りの発言を見たことがある人は多いだろう。
「政治は一体何をやっているのか」という、あの映像だ。
あの時期、民主も自民もみな菅おろししかやっていなかった。

それが政治家とうものの正体みたりで、本当に嫌になった。
あれに加担した政治家は、今では「実に大変だった」みたいなことを言っているが、
どの面下げて言っているのか全くわからん。>自民の党首、お前もだよ。

東電も政治家もみな陸軍と同じように無責任集団なんだとよくわかった。
だから、内部被曝については、この人達の言っていることを信用するつもりはない。

自分で情報を集めて、対応できるところをなんとか対応する。
それくらいしかできない。
一番信用できないのは国であるから、国の発表は全部ゴミ箱に入れて、まともな情報源をどうさがすのか。

筆頭は児玉先生たちからの情報発信だろう。
もちろん直接かかるわけにはいかないけど、かれらの発信するものをまず受け止め、理解して、自衛につなげる。
これしかない、現実的には。

実にわかりやすい本だった。
変に心配するより、テレビや新聞を見るよりも、こういう人たちの活動を知り、そこから情報を得る。
それしかない。

2012年2月27日

ホットスポット

NHK ETV特集取材班
講談社
お勧め指数 □□□□□ (5)

「ネットワークで作る放射能汚染地図」というETVの番組を見た人は多いだろう。
震災当初、原発の汚染がなんだかよくわからない時期、この番組は数少ない情報源だった。
具体的にどう助かったということはないにせよ、情報をつかむことでかなり冷静さを取り戻すことができた。
情報って冷静になるためには必要なのかと知ったきっかけだった番組で、僕にとっては思い出深い。

その番組のスタッフが番組成立時の話をレポートしてくれている本である。

あの番組では木村真三さんという研究者が、被災地に行ってガツガツサンプルをとったり、町の人にアドバイスしたりというシーンを見て、頼もしく、もう「すがる思い」を感じた。
本当に立派な研究者だなぁと。

ただ、肩書きがなく所属研究所が紹介されていないは不思議だった。
その理由がわかった。
彼は、震災直後に所属機関から「仕事をしてはいけない、自ら放射能を測ったりしてはいけない」という命令を受けて、即日その組織を辞職してこの取材に協力していたのである。
つまり、フリーだったのだ。

自分の仕事を、歴史的観点から考えられる人。
ある瞬間に、さぁやるべき時が来た、ということでスパっと行動できる人。
いるんだなぁ、今でも。

また、そういう人を軸に、取材する人たちもちゃんとした人達がいた。
この本を読んでいて、なんだか嬉しくなった。
マスコミにはまだ少しはまともな人達がいるって思って。

そういうば、ぼくはこの番組を見て感動し、払っていなかったがBSの料金も払いはじめたのである。
彼らにNHKは少し感謝したほうがいい。

今でもそうだが、見るべきNHKの原発番組は、Eテレでやっている。
総合では放送できないのだろう。
Eてれって、本当にNHKの良心だよなぁ。


2012年2月14日

地震と原発 今からの危機

神保哲生+宮台真司+小出裕章+河野太郎+飯田哲也+片田敏孝+立石雅昭
扶桑社
お勧め指数 □□□□□ (5)

この本は去年から書店に並んでいるのを知っていたのだが、どういうわけか買わなかった。
夏前の状態で、原発の情報がとても知りたかった反面、こういうところでジャカジャカ本を出版して設けてやろうというような姿勢の本にも思えて、手に取らなかった。
ぼくも例外にもれず、「煽り」については最大限の警戒をしていたので、この本の表紙のようなものは、原発で危険な作業をしている人を揶揄しているか、あるいは、危険を面白いように煽っているかに思えてしまった。
だから、買わなかったのだろう。

その後、videonewsを見るようになり、コメンテータの宮台真司さんの発言に、ただものならぬ「すげぇなぁ、この人、何でも知ってんだ」的なオーラを感じ、ちょっとばかり本を読んでみた。
必ずしも興味が持てない(というか、理科系だからか、思想用語でしゃべるような感じの人に嫌悪感を抱く)にもかからず、内容に魅了されてしまった。
どうやら、既存のニュースとは全くことなる観点から社会を見る術を学べそうな気がした。
この本も、原発についてを知りたいから買ったのではなく、宮台真司さんの発言を読みたくで購入したのである。

発売当初に読んでみれば、この本が一つの基準となって情報を集めたのではないかと思った。


2012年2月13日

放射線医が語る被ばくと発がんの真実

中川恵一
ベスト新書
お勧め指数 □□□■■ (3)

人々の不安を真っ向から「それは勘違いであり、間違いである」と宣言する本。

福島原発事故で、飯舘村を含めて一般の人の被曝量は、癌になるようなレベルにはなく、また政府が「大丈夫だ」といっている食品を摂取する分には「全く問題はない」と宣言している。

ちまたに溢れる多くの書物は「放射線医ではない、ましては放射線医学が専門ではない人」たちが、根拠が薄い、論拠がない、あるいは、学会では全く定説にはなっていないことを根拠に、やれ小児がんが増えるだの、内部被曝のほうが外部被曝よりも危ないなど、人々を不安にさせるようなことを言っていて、全く困ったどころか、逆に人々を不安に陥れるストレスを生じさせるので、よろしくない。
こう、主張されている。

今回の福島原発の事故により漏洩した放射性物質が原因で発生する小児がんは一人もでない。

こう、力強く宣言されている。

そう宣言させる論拠は、年間100ミリシーベルト以下ではガンは増えない、増えたという症例はないこと。
チェルノブイリのケースは、牛乳に規制がかけられなかったためにそれらを飲んだ子供が10シーベルト(ミリでもマイクロでもない)レベルの被曝をしたためであって、福島の子供たちとは被曝量が3桁違う、などである。

根拠は明確であり、言及したこと、つまりガンは生じないという意味もわかる。

なーんだ、そうだったのか、じゃ、心配する必要ないかな、と思うだろうか。
そうはいえないような気がする。

いくつかの点で疑問に思ったことがある。
まず、小児がんについて。

中川さんによれば、甲状腺がんは5年生存率が高いし、手術もできると言っている。
小児がんになった人でガンで死んだケースはチェルノブイリでも数十から100人オーダであるという記述があった。

この人は放射線医療の人だから、ガンではない、とか、死んでない、とかいう言葉を少し吟味しないといけない。

以前、小児がんでも死んだ人数は少ない、という事実は聞いていた。
が、去年チェルノブイリを扱ったNHKの番組を見た時、「なるほど、そういうことか」とびっくりし、また言葉の勘違いを理解したことがある。

それは、「ガンで死んでない」ということ「五体満足だ」ということは違うということだ。
NHKの番組では紹介された子供たちはチェルノブイリの被曝にあったが、ガンではない。たしかに違う。
しかし、奇形だったよ。
もちろんその番組ではそれを強調してはいなかった。
だから、ひょっとしたらチェルノブイリと関係ないと判断しているのかもしれない。
関係があるのかないのかすら、一視聴者の僕にはわからない。
が、でも、あれは映像にモノを言わせたのだと理解した。
ときたま映る子供の姿の一部が痛ましくて、悲しい気分になった。

僕は「あぁ、そうかぁ、そういうことだったのか、死んでいないということと健康被害がないこととは違うのだ」と理解した。

だから、こういう医者の言うことは、よく吟味しないといけない。
そう思ったのだ。

中川さんによれば、チェルノブイリ以後、汚染地帯に近い人々の平均年齢が有意に下がっているのだが、
これらは「ストレスによるもの」と言っている。
放射能による影響はないのだが、心配してストレスで死んだのだと。
それで平均寿命が5−10年短くなったと。

それはないだろう。

さらに、ガンはタバコをやめたほうがいいとか、交通事故とかそういうほうが危ないとか、
論点を変えようとしている。
だって、そっちのほうが今回の問題よりもずっと「アブいない」因子が大きいから、ということでそう主張されている。


そこでまた先生に聞き合いのだ。

ガンの医者は5年生存率とか、ガンかどうか、とかそういう単位で話をする。
しかし、一般の人はそんな尺度はとらない。

子供はガンになることは殆ど無いのだから、そもそもなるのが「おかしい」のではないか?
助かろうが、どうしようが、10万人に一人のものだろう?

手術で治るというが、「完全に」治るのだろうか?
生活に置いていかなる不便も感じないようになるのだろうか?
さらに、ガンではないけど、いわゆる奇形的な症状は「原発以前と以後とで発生の違いはない」のだろうか?

聞きたいことはもっとあるが、この本の著者は、結局のところ、東大の先生である。
ぼくら普通の人は、もはやあなた方を「東大の先生だからという理由で信用する」なんてことはしない。
むしろ疑う。

あと3年もすれば、いろいろわかるだろう。
医療機関やマスコミが正常に機能していれば、だけど。
それで「全然被曝の影響はでなかった」というのであれば、素人のぼくの心配は全く勘違いだったなぁと知ることができる。
そうなるといい、と心底思っている。

もっとも、そんな検証をする以前に、次の地震で東京は壊滅、ないしは、機能停止していたら、結果なんて
どうだっていいことになるのだが。

不安は不安。
仕方ないので、できるだけ防御して、離れているに限る。

先生方にとっては「サンプル」や「現象」として普通の人の生活があるのかもしれないが、おれらにとってはリアルで、かつ一生に一度の生活なんだ。

ガンかガンでないか、なんてことに集中させ、困ったことや可哀想な結果となるリアルな他の事象から目をそらせようとはしないでほしいなぁ。


どっちにしろ、被害にあうのは普通の人なんだ。
今からでもできることはやったほうが「後悔しない」で済むというものだ。

2012年2月11日

情報の呼吸法

津田大介
朝日出版社
お勧め指数 □□□□■ (4)

ツィッターを使えば、いろいろな情報を取り込むのが簡単になりますよ。
そんな感じの本かと思っていた。
が、違った。

もちろん、ツィッターの使い方は紹介されている。
が、それは「ガイド」ではなく、「ぼくはこうしています」というものだった。
手の内を明かすようなもの。
つまり「僕はこうしています」という語り。

途中、「こうしています」から「こうするべきだ」のようなニュアンスがないわけではない。
が、それも「多くの人がこうしたら、ネットワーク的な意味ですごいことができるから」という意図からだろうと想像される。

ぼくはツィッターそのものの意義を未だに理解できてない。
「これ、友達が多くねぇと意味ないんじゃないか」的な疑問をもっている。
だから、有名人ならばそういう使い方もあるんだろうなぁ、と訝しく思ってしまう。

とはいえ、それは僕のほうが勘違いをしているだけなんだろう。
もうちょっと上手に使えるようになれば、津田さんがおっしゃる意味が「そうだね」と言えるようになるのかもしれない。

面白いなぁとおもったのは、こんなことを感じたからだ。
ツィッターによる「情報」の手に入れ方を読んでいると、漁師がどうやったら大漁となるのかの技を誰かに説いているのを聞いているように思えてきた。

情報収集って、それは「釣り」や「漁」と同じような「結論」に至るのかもしれない。
情報も魚も、それらをぼくが「創りだす」のではなく、「いいものをたくさん掬い上げる」ことしか方法がないからだろう。
本書で震災のことについて津田さんはいろいろ語っているのだが、漁師の人とも以外に話があうのかもしれない。

ただ、こんなことを疑問に思った。
「必要だな」と思う情報と「手にしてみてから、これいいな」と思う情報とがある。
ツィッターを使うには、どうしても後者タイプに使っているように思える。
もちろん「人とつながっていく」ということで、前者のタイプの情報を直接手に入れる気はするが、それはその人が有名人であることの前提なんじゃないかと思う。

おそらくだが、圧倒的多数の人は、ツィッターがあっても情報獲得が上手になるわけではないだろう。
逆に「ママ友」たちの流言飛語媒介マシーンなるだけのようなきがする。

上手に使ったら、そりゃうまくいくだろう。
ただ、気になるのは、普通の人が使っても「ダメな方向へと導く可能性が少ない」という性質が必要で、
この本も、圧倒的多数の「成功には結びつかない徒労」については紹介してくれていないことだ。

とまぁ、自分の現実を目の当たりにすると、上手な人が上手に使えば、そりゃいいだろうな、ということなんじゃないかと少し暗い気分なった。
まぁ、いいか、たかがツィッターだよ。

2012年2月10日

日本人はどう住まうべきか?

養老孟司+隈研吾
日経BP社
お勧め指数 □□□□■ (4)

養老孟司さんの本を久々に発見したしたので、早速購入。
対談相手は建築家の隈研吾さん。
有名な方だけど、知っているのは葉山のガラスが印象的なゴルフ上の施設くらいか。

テーマは震災と表題にある「日本人って、どんなところに住んだらいいんですかね」というもの。
今の東京のようなところに住むには、よくないのだろうということは読まないでもわかる。
しかし、お二人がさらにどんな主張をされるのかわからない。
いや、養老孟司さんは参勤交代かな、と予想はできるけど。

日本の東京のような都市部は、どうしてつまらない建築しかないのだろうか。
その問いを語り合っている。

その理由は、建築に関わる人が「サラリーマン」だから。
責任が自分にない、あるいは、責任をとらないように無難なことしかしない。
あるいは、最初に住宅ローンを組まされているので、道から外れたことは、生活を守る上でできない。

なるほど、というか、そうだよね、と思いながら読んだ。

住宅ローンで最初に縛られたら、それはローン完済まで「途中で休んだり」「転職したり」「勝負にでたり」ということができようはずがない。
これは、ぼくもわかっていて、だから僕の人生は借家で行こうと思っている。
ただ、これが本当にいい方向なのかどうかは「まったくわからない」のだけど。