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2012年10月12日

奇跡の脳

ジル・ボルト・テイラー
新潮文庫
お勧め指数 □□□■■ (3)

養老孟司さんの講演会を聴きに行ったとき、そのなかで紹介されいていた何冊かの本を一冊。
新潮文庫なので早速購入して読んでみた。

脳学者が卒中にかかり自分の脳が分刻みで壊れてゆくさまが描写されている。
また、一旦は破壊されたあと、リハビリによって復帰していく過程も記録されている。
その道の専門家が自分体験を専門用語に載せて記述するのだから、単語や概念の適用が妥当なんだろう。

でも、壊れていゆく過程を認識している脳は何なのか、その過程はどこに記憶され、どうやってあとで取り出したのだろうか。
そういう疑問が湧き上がってくる。
本によれば、治療時のリハビリの過程で「思い出す」ということをしたようだが、どこまで正しいのだろうか。

僕が気になったことは、実際どのまで復帰するのだろうか、ということ。
本書を読む限り、結果的には復帰できていないし、リハビリの過程も十年以上続いていた。
一人の人して生きて行けることはなんとも素晴らしい回復なのだが、この病気がなかったらあったであろうところからは遠く離れ、そしてそこへは復帰できていない。
結果として本を書くまでになっているのは驚きなのだが、やっぱり戻らないものなんだなと残念か感があった。
まぁ、奇跡を紹介する本ではないのだから、それでいいのだろう。
とても自立した人として生きていけない、という症状の人が多いのだろうから、著者のような回復はラッキーなことなんだろう。

本書で一番面白いと感じたところは、そのような復帰に関わることではない。
そうではなく、脳が壊れたたきには「自己」というもの、あるいは「自我」というものが消え、自分と自分以外の世界とに切れ目がなくなり、なんとも気持ちのよい状態なったという報告である。
自我を持つということはある種のというものがいかに人を「気持ちのよい状態」か離れてしまうかということらしい。
自我とは脳の機能ではあろうが、それはいつからあって、どういう効果をもたらすのかについては、考える余地があるんだろう。

脳をどうモデル化しているのか、自分がどの程度そのモデルを使って脳機能を観察しているのか。
それによってこの本の評価はいろいろあろう。
けれど僕は「やっぱり脳は一旦壊れると、戻りはしないんだなぁ」と当たり前なことのほうが印象に残ってしまった。