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年収150万円で僕らは自由に生きていく

イケダハヤト
星海社新書
お勧め指数 □□□□□ (5)

ぼくが40代になって気づきたことがこの本で書かれている。
もちろんぼくが気づいたことはこの本の一部のアイディアで、イケダハヤトさんのように広い視野で気づいたわけではない。

お金のためにどの程度働くのか。
これは昔か議論されてきたことで、時と場合と語る人によってその評価は全く違うものになっている。
清貧の発想があるころは貧乏に対していろいろな感情が沸き起こったと思うが、今は忌避されるか負け組扱いかだけだろう。
貧乏なのは嫌だが、だからといってそこから抜け出れるわけではない。
抜け出れないと悟ったら、ならば自分の生き方をそれにあわせて変えるよりない。

原理的には正しいのだが、「本当にそうか」と問われると強く言い返せない気がしていた。
しかし、最近若者でも違う発想の人はいるもんだ。
ぼくはイケダさんの主張に全面同意はできないけれど、その理由は「僕がおっさんだから」かもしれない。
あるいは、イケダさんは普通の人が同意できないような極端な例を意図的に提示しているのかもしれない。
「可能性を提示し、さらにうまい方法を考えてくれることを誘い出している」という意図で。

イケダさんに同意した最大の理由は、「生活するのためのお金は思ったより少なくてすむ」を体験して知ったから。
原発事故以後、汚染食材を食べたくないなぁと思っていろいろ工夫していた。
その模索の結果、ウィークデイの朝昼は自分の家で作ったおにぎりだけになってしまった。
というのは、偽装ではないことが確からしい食材を選択していくと、外食は減る。
同時に食べる量も減る。

さらに、安いものだけで自炊しても以外にうまい、ということを知った。
この生活は1年くらい続いているのだが、食費って思った以上にかかっていない。
本書の中でも「鳥の胸肉」についての記述があるが、赤札堂に行けば、
「どうしてこんなに量があった200円なんだろう、全くマズくないのに」
と思いを毎回するので、著者に対して「本当に考えているな」と信頼をおける。
自炊で安く済ませるのではなく、自炊していると結果的に安く上がるのだ。
だからといって痩せたり食事に対する不満がたまったりはしていない。
この体験が裏付けがあるので、イケダさんの意見がすっと頭の中に入り込んでいるのだろう。

この本のアマゾンの書評をチラ見したが、どうも頓珍漢なものばかりな気がする。
少なくとも内容についての批判ではないから。
原発事故についてのマスコミの批判、みたい。
アマゾンの処方も政治的なもに陥りやすいが、それって日本だけのかなぁ。

世間での評判はどういうものなのか、ぼくは知らない。
しかし思うのだが、結果的にイケダさんの主張がメジャーになっていくでしょう。
勝ち組になってドンペリ開けて、という随分と古い生活を夢見ている若者たちは、そもそも現実の認識はできないし、それに対応する生き方を模索するという創造性もない。
だから、イケダ批判は今後も続くかもしれないがいずれ消える。

大事なのは人の言動ではない。
現実を相手にした行動だろう。

さて、安く幸せに生きていくには、この他にどんな工夫があるんだろうか。
いろんな人が考案し、出版してくれるといいな。