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2013年6月29日

村上朝日堂はいほー!

村上春樹
新潮文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)

さらにつづけてこのシリーズを読む。
すでに本棚に並んでいるので、だいぶ前に買って読んでいるはず。
内容は完全に忘れてしまっているけど、読んだという事実は揺るぎなく持ってくる。
不思議なことだけど。

ゆるゆるの世界かと思って読み始めると、少し違う。
冗談を言っている気分がない。
うさぎがでてきたりしそうにない。

語り口がすこし厳しい。
話題もシリアスな雲行きである。
これじゃぁ「村上朝日堂」ではないじゃん。

すこし別のタイプの雑誌に連載していたものらしいので、だから村上朝日堂の緩さがないのかもしれない。
それでも、と思って読み進めていると、メッキが剥がれるようにして、ちらちらと村上朝日堂的なゆるさが垣間見れてくる。
とはいえ若干じれったい。

他のものよりページ数が少ないのに読み通すのに時間がかかってしまった。
あぁ、別のゆるい本を読むかな。

村上朝日堂はいかにして鍛えられたか

村上春樹
新潮文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)

休日の脱力したい気分にマッチした本。
話題と語り口と挿絵がこういう気分に自然となってしまうような、そんな空気を演出してくれている。

読んだからといって「なんか、考えさせれるなぁ」というような気づきは得られない(ぼくの場合だけど)。
まったくない。

自分とは違う世界の生活をしている村上さんの日常を垣間見ることができるから、そういう意味での発見はある。
それは確かにそうだ。

しかし、「そういう意味の発見」はたぶんすぐに忘れちゃうし、何かこまったときにその発見を応用して困難から脱出することができるかも、ということはない。
まったくない。

その無意味さがこのエッセイの良いところなのではないか、と思うわけだ。
だから、何度でも読める。
そして面白い、楽しい気分になれちゃう。

そうですね。
いってもれば「水曜どうでしょう」のようなもので、延々と見てられるというタイプのエッセイですね。

秋葉原事件

中島岳志
朝日文庫
お勧め指数 □□□□□ (5)

よい本を読んだ。
扱っている話題と著者の力量。
超技巧的な表現で人を惑わすなどというものでも、想像を超えた内容というわけでもない。
いたって平然に「普通の人の話」を淡々と紹介しているようなものなのだが、なるほど、そういうことだったのか、と事件の背後ある風景や心理が見ちゃうような気がしたのだ。

結果的に大量殺人を行った秋葉原事件を起こした人は異常な人だったのか。
もう、どうしようもない人だったのだろうか。
どうも、そういうことはない。
もちろんかと言って「まったくそのちょうがない人」というわけでもない。

ちょっと危なっかしいけど極端にはおかしくない。
そんな人のこれまでの経緯を読むと、それがどういうわけか無差別な殺戮へとつながってしまったような、残念な気分になる。
出来事の連鎖は、単純のように思えるが、運が悪いようにも思える。

事件の大きさから、マスコミ報道では、犯人を異常者と印象づけるように、面白おかしくした味付けがなされていたはずだろう(知らないけど)。
ワイドショーでしかない民放で、まともな報道を目にするなどこれまでなかったし、NHKならばいいかといえばそうでもない。
「あなたの周りにいるオタクには気をつけろ」的な結論ばかりだったのだろう(見なくても想像はつく)。

とはいえ、現実をみれば、普通の人が転がり落ちるようにして起きてしまった事件だ。
犯人は「大人」ではない。
「社会で一人で生き延びられるか」といわれば、いつかは事件を起こしていたかもしれないし(実際は起こした)が、変な人として事件を起こさないでもいけたかもしれない。

この人にはこの人を純粋にケアしてくれる「母親」が必要だったんだね。
魅力的な人ならば、そいう人と出会えたかもしれないけど、普通の人ならば無理というものだった。
そして、このような殺傷事件が起きた。

「こども」のマインドを持った人が「おとな」になった一つの不幸ということだ。
「こども」のマインドしかない「おっさん」がいかに社会を混乱させるのか、という一つの具体的な例だろう。

よくあるドラマなり漫画なりのメッセージに「こどものこころをもつことは大切だ」みないなものがある。
が、それが実際に起きるとどうなるのか、をよく見れたわけだ。
だから、あのメッセージは、「こども」が「大人」に発している、はた迷惑なものだなと気がついた。


著者である中島岳志さんは30代くらいの若い社会学の准教授ではなかったかと思う。
いくつかの講演会のゲストとしてお話をされていのを聞いたことがある。
が、さして気になる存在ではなかった。
よく喋る若い人、という印象でしかなかった。

しかし、この本を読んで、ぼくは自分の人を見る目のなさを痛感した。
これほど静かに冷静に事件の推移を想像した文章を書ける人はそうそういないだろう。

アキバ事件の犯人は、北欧やアメリカで大量殺人を行う人とは異なり、異常な人だったとは言い切れないことを気づかせてくれた。
中島さんは犯人と知り合いでもないし、友人に似たタイプがいるわけでもないだろう。
それでも、犯人を異常者として見ていないし、悪意をもっているようにも思えない。
ただ、「どうしてこんなことが起きてしまったのだろうか?」という疑問が動機で、物理現象を一つ一つ追っていくような「心理的なメカニズムの変遷」を観察し、言葉にしようとしている。
そう、ぼくは読めた(違うかもしれないけど)。

人は幼少期でいろんなことが決まってしまうなぁ。
性格がどうのこうのではないじゃない。
とくに母親にきちんと保護されてこなかった人は、いくつになっても「保護」を求めてしまう。
どんなに勉強し、どんなに社会的な役割を担ったとしても、本質的に「保護」を求めてしまう。
これを一言で言えば、「成長できなかった」ということだろう。

巷にいるオッサンたちはのほとんどは「オレは偉い」を人に納得させようとしている人ばかり。
そうでない人は「ぼくを見てほしい、大切に思ってほしい」と思っているで溢れている。
じゃぁ、問題がないまま生きている人ってのは、どのくらいいるんだろうか。

中島さんの別の本を読んでみようっと。

2013年6月22日

裸でも生きる

山口絵里子
講談社
お勧め指数 □□□□■ (4)

情熱大陸で取り上げられていそうな人の自伝。
活力を持て余している女性のマインドを大いに奮起しそうなお話だった。

バングラディッシュの貧困に対して自分は何ができるだろうか。
現地で生活までして、いろいろ考えてみて、現地でバックをつくってフェアーな価格で日本で販売することにした。
ビジネス立ち上げのレポート?になっている。

若い人ならば大いに鼓舞されるんだろう、かしらね?
すごいなぁ、情熱的で素晴らしいなぁ、と思う。
尊敬する、ほんとに。

しかし、この人かなり変わっている。
考えと行動とがかなり変。
成長過程から「普通じゃない」ですね。
だから多く人は「へぇすげぇなぁ」と見てるよりないです。
まちがっても、こうなりたい、とは思わないんじゃないかなぁ。

「そんな方法もあるのか」という生き方をする人は、普通に成長して成人に達していはいない。
だから、普通の人、つまり、普通の成長過程(学校行ってってことだけど)にある人あった人には、参考にするようなところがないんじゃないかなぁ、いや、わかんないですけど。

人って、ほんとにいろいろあるなぁ、と知りました。

女子学生、渡辺京二に会いに行く

渡辺 京二+津田塾大学三砂ちづるゼミ
亜紀書房
お勧め指数 □□□□■ (4)

爺さんと女子大生の対話って、どんな風に成立するんだろうかと思っていた。
読んでて、爺さんは仙人風に見えてきたので面白い。
いや、どんな人なのかぼくは知らないけど、接し方としてはこうなのかと。

渡辺京二さんの言葉で印象に残るのは「無名に埋没せよ」。
若者には「いつか有名になってやろう」「立派な作品を残してやろう」というものがあるもんだろう。
そういう気分を強くしてもなかなかなれないものだけど、思いだけは強く、とかいうのがあるのと思っていた。
スポーツ選手の言動を聞いていると、もう哀れなくらいじゃないですか。

しかし、爺さんからみれば、そういうのはやめておいたほうがいいらしい。
自己実現は立身出世のようなものだろう。
そんなことやってもねぇ。
そんなことより、無名に埋没せよ。
そうおっしゃっている。

天才しか有名になれない、普通の人は諦めなさい。
そいうことを言っているのはない。

そうではなく、茂木健一郎さんの『赤毛のアン』論のようなことを言っているではないかなぁと感じた。
奇妙なつながりだけど、多分そういうことだろう。

もういちど村上春樹にご用心

内田樹
アルテスパブリッシング
お勧め指数 □□□□□ (5)

一度読みだすと、芋づる式に読みたくなるもので、本棚から春樹本を何冊か持ってきた。
通勤時にでも読もうかなぁと思って。

もう、内容わすれちゃったよ。
ダンス・ダンス・ダンスってどんな話だっけ?
そういう状態なので、最初から読んでも十分楽しめるはず。

こんな気分のままで本屋に行くと村上春樹コーナーについつい目がいってしまう。
もちろん、だいたい持っているから買うということはないけれど、その周辺の本にも感度が高くなっているのでいろいろ買いそうになる。

内田樹さんの本は「全部」読んでいるはずで、当然この本も改版前のものは読んでいる。
1Q84が出版された頃に改版されてこの本になったはずで、その頃は「さすがにいいかなぁ」と思って購入しなかったのだ。
それはそれで正しい判断だった、と思っている。

が、村上ブームがあるこの時期に、内田先生の本を読むのもいいだろうなぁ、初鰹みたいなもんかぁ、と思って購入した。
当然奥さんからは「持ってんじゃないの」と指摘されるも、えぇー、買ってぇ~と泣きつき笑顔になった。

村上春樹の小説って、こんなふうに読む人もいるんだぁ。
自分の頭ではとても到達できない高さから、見慣れた街を見下ろす驚きのような気分になる。
まるでスカイツリー展望台からの隅田川、というところだろう(行ったことないけど)。

村上朝日堂

村上春樹
新潮文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)

なんでまたこの古い本を本棚から引っ張りだして読んでいるのだろうか。

とくにきっかけはないと思っていたんだけど、あった。
「多崎つくると・・・」を読んだせいだわ。

多崎の発売当初、三省堂神田本店の正面入り口に「村上春樹堂」という看板が掲げられ、エントランスに高々と本がつまれていた。
ある種の恒例行事を見たいなぁと思った人も結構いると思うのだけど、読んだついでに別のも読もうかな、という気分が炊きつけられた感があります。

このエッセイは肩の力が全く入ってない(悪い意味じゃないです)。
内容もある意味「どーでもいいこと」をくどくど語ってる(悪い意味じゃないです)。
まるで友人の日常話をとくに意味もなく聴くような雰囲気を感じることができて良いですね。

この本を読むのは、馴染みの居酒屋で好きなものを食べながら奥さんと話すときのような感じです。
そう、小さいけれど確実に幸せになれること、というやつですね。

これからもまだ何度か読むでしょう。
そう思いながら本棚に本をしまいました。

村上朝日堂の逆襲

村上春樹
新潮文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)

とくに理由はないのだけど、夏の午後のかったるい気分がするときにこの本を読みたいなぁと感じる。

何か学びたいとか、面白い話を読みたいとか、そういうことが目的ではない。
水丸さんの気の抜けたイラストとそれに負けないくらい力が抜けたエッセイと、この絶妙さ。

ふんふん、とか、うわー、とかそういう感情の変化が起きるわけではない。
なんか惹きこまれてしまうのですね。
なんでなんしょう。

舟を編む

三浦しおん
光文社
お勧め指数 □□□□■ (4)

辞書を編纂する人たちの話。

ドキュメンタリーではないし、小説のモデルになった人もいないだろうと思う。
小説のすべてが、辞書を編むということについての話を聞いて、どうすれば面白い話になるだろうか、どんなところに興味を引っ張る要素があるだろうか、と想像したものだと思う。
まぁ、小説なんだから、そうだろう、当たり前なことだけど。

なので、辞書を創るという作業の片鱗ついて「へぇ、そんなものか」と知って愉快な気分になれるが、とはいえ「小説感」が強すぎる気がしないでもない。

嫌な人はでてこない。
気持ち悪い人もでてこない。
軽い軽い味わいの本であって、人によっては物足りないだろうな。

ある種の「完璧さ」をもった、日本語を使うすべての人が読んで「面白い」と思う。
とはいえ、実際の辞書を編纂しているとがどう思うかはわからないが。

古道(こどう)

藤森栄一
講談社学術文庫
お勧め指数 □□□□■ (4)

道がどうやってできていくのか。

山があり森があり平野があり川があり海がある。
そこを人が通過することでできていくはずだ。
ならば、どんなところに人は住み、どういう場所を移動していくのか。
過去を覗くことはできないが、推論ならばいろいろ許されよう。
十分に想像力があり、十分に知識がある人はどんな風景が見えてくるのだろうか。

最初はぼやっとした考察から、次第次第に「自然に」道が成立していく過程を形作っていく。
そんな想像のエッセイだった。

縄文人はどのような場所に遺跡を作ったのか。
遺跡と遺跡をつなぐ道はどうなっていくのか。
なぜ、そこを選んだのか。

縄文だけではない、古代から現代まで今でも道は作られている。
それが時代を下るにつれ、街のあり方社会のありかた、あるいは人の生活によってどう変化していくのか。

藤森さんの思い出話が入り混じりながら、「年長の人」が語ってくれるべき「思い白い話」を聞かせてもらったような気分になれた。

学者は「オレはすごいことを証明すること」に情熱を掛ける人と、「好きなことを追い求めている過程にある人」と大きく二通りいる。
この著者は明らかに後者だ。

全く門外漢のぼくも、その世界に浸ってしまった。