« 裸でも生きる | メイン | 村上朝日堂はいかにして鍛えられたか »

秋葉原事件

中島岳志
朝日文庫
お勧め指数 □□□□□ (5)

よい本を読んだ。
扱っている話題と著者の力量。
超技巧的な表現で人を惑わすなどというものでも、想像を超えた内容というわけでもない。
いたって平然に「普通の人の話」を淡々と紹介しているようなものなのだが、なるほど、そういうことだったのか、と事件の背後ある風景や心理が見ちゃうような気がしたのだ。

結果的に大量殺人を行った秋葉原事件を起こした人は異常な人だったのか。
もう、どうしようもない人だったのだろうか。
どうも、そういうことはない。
もちろんかと言って「まったくそのちょうがない人」というわけでもない。

ちょっと危なっかしいけど極端にはおかしくない。
そんな人のこれまでの経緯を読むと、それがどういうわけか無差別な殺戮へとつながってしまったような、残念な気分になる。
出来事の連鎖は、単純のように思えるが、運が悪いようにも思える。

事件の大きさから、マスコミ報道では、犯人を異常者と印象づけるように、面白おかしくした味付けがなされていたはずだろう(知らないけど)。
ワイドショーでしかない民放で、まともな報道を目にするなどこれまでなかったし、NHKならばいいかといえばそうでもない。
「あなたの周りにいるオタクには気をつけろ」的な結論ばかりだったのだろう(見なくても想像はつく)。

とはいえ、現実をみれば、普通の人が転がり落ちるようにして起きてしまった事件だ。
犯人は「大人」ではない。
「社会で一人で生き延びられるか」といわれば、いつかは事件を起こしていたかもしれないし(実際は起こした)が、変な人として事件を起こさないでもいけたかもしれない。

この人にはこの人を純粋にケアしてくれる「母親」が必要だったんだね。
魅力的な人ならば、そいう人と出会えたかもしれないけど、普通の人ならば無理というものだった。
そして、このような殺傷事件が起きた。

「こども」のマインドを持った人が「おとな」になった一つの不幸ということだ。
「こども」のマインドしかない「おっさん」がいかに社会を混乱させるのか、という一つの具体的な例だろう。

よくあるドラマなり漫画なりのメッセージに「こどものこころをもつことは大切だ」みないなものがある。
が、それが実際に起きるとどうなるのか、をよく見れたわけだ。
だから、あのメッセージは、「こども」が「大人」に発している、はた迷惑なものだなと気がついた。


著者である中島岳志さんは30代くらいの若い社会学の准教授ではなかったかと思う。
いくつかの講演会のゲストとしてお話をされていのを聞いたことがある。
が、さして気になる存在ではなかった。
よく喋る若い人、という印象でしかなかった。

しかし、この本を読んで、ぼくは自分の人を見る目のなさを痛感した。
これほど静かに冷静に事件の推移を想像した文章を書ける人はそうそういないだろう。

アキバ事件の犯人は、北欧やアメリカで大量殺人を行う人とは異なり、異常な人だったとは言い切れないことを気づかせてくれた。
中島さんは犯人と知り合いでもないし、友人に似たタイプがいるわけでもないだろう。
それでも、犯人を異常者として見ていないし、悪意をもっているようにも思えない。
ただ、「どうしてこんなことが起きてしまったのだろうか?」という疑問が動機で、物理現象を一つ一つ追っていくような「心理的なメカニズムの変遷」を観察し、言葉にしようとしている。
そう、ぼくは読めた(違うかもしれないけど)。

人は幼少期でいろんなことが決まってしまうなぁ。
性格がどうのこうのではないじゃない。
とくに母親にきちんと保護されてこなかった人は、いくつになっても「保護」を求めてしまう。
どんなに勉強し、どんなに社会的な役割を担ったとしても、本質的に「保護」を求めてしまう。
これを一言で言えば、「成長できなかった」ということだろう。

巷にいるオッサンたちはのほとんどは「オレは偉い」を人に納得させようとしている人ばかり。
そうでない人は「ぼくを見てほしい、大切に思ってほしい」と思っているで溢れている。
じゃぁ、問題がないまま生きている人ってのは、どのくらいいるんだろうか。

中島さんの別の本を読んでみようっと。