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2007年5月27日

量から質へ転化するか

 一体何冊読んだのだろうか。ちょっとばかり本棚に本がならんでくるとうれしくなる。うれしいから、読んだものを全部思えておこうか。そのためには、記録をとればいい。ノートから、エクセル、データベースへ。素人だから感想程度のメモしか書けない。それでもないよりはましだろう。そうこうしているうちに、500冊目になった。このサイトには最初の100冊分は記録していないけれど。

 amazonでは誰でもレビューを残すことができる。購入しようとしている本にレビューがあれば、一応みる。星がたくさんついてれば、よし買おうという踏ん切りもつきやすい。ただし、その評価は当てにならない。なぜなら、著者など関係者がプラスの評判を書くことがあるだろうし、また、盲目的なファンならば、なんでも良いと評価するから。同じ意味でマイナスの評価も意味がない。ただ、誰かが評価をするほどの本であろう。それは事実なのだが、評価をもとに購入していろいろ失敗すると、どんな評価が信頼できるのかが分かってくるでの、やっぱり読者レビューはあった方が良い。

 どんなレビューが信頼できるのかは難しいのだが、信頼できないのかは一目瞭然。理由抜きの感想であるもの、読んでいて「嫌な気分になる」ものである。冷静な評価ならば「嫌な」気分にはならない。評価者の感情を押し付けてくるか、評価自身が「おれはスゴイ」という結論を遠回しに表現しているものは、要するに無視してよい。現在のところ、そういう結論である。

 さて、この読書ブログはどうか。つい最近まで「やり始めたことはつづけなきゃ」という義務感で綴っていたので、評価記録としては質がわるい。誤字脱字だらけである。どうせ読む人はほとんどいない(1年で300アクセス程度)。また、文章を書くことはほとんどないので、「ですます」にしたほうが良いのか「いる、ある、できる」の論文語尾にしたほうがいいのか揺れていたし、いまでも揺れている。理系の大学をでれば論文は書く機会があるが、それ以外は自分が機会をつくらないと文章など書くことはない。要するに、小学校の読書感想文か遠足日記のような教育しか受けてないである。これは、大抵の日本人と同じ条件であろう。

 この先もずっと読むたび毎にメモを書くと、少しは気の利いた文章を書けるようになるのか。つまり、「量から質へ」と上達してくれるのだろうか。実はそう確信していた。でも、そんなにうまい話でもないようである。『<不良>のための文章術』という本があり、それにはまさに普通の人がおカネがとれるエッセイ程度の記事を書くための方法が論じられていた。努力も気合いも大切であるなどとは一切かかれていない。一番大切のは「視点」。いい人が言いそうなことや常識を諭す、確認するという内容では読むに絶えるものにならない。新聞・雑誌の読者投稿欄を読んでみろ。あったり前のことしか書いてないでしょ。あれはそういうものを掲載しているのだ。良い文章だから掲載されているのではない。あんなものでおカネを撮れると思うのか。そんな内容のものであった。いたく納得した。

 さて、この文章はどうなっているか。実は常識的な範囲でのボヤキになっている。ダメなりに500冊もの本の感想を綴ってきたのだから、普通の体裁の文章ならば綴れるようになれたようだ。誤字脱字は減っていないが、これはどれだけ確認に時間をかけるかどうかでしか減らない。ただし、「全く面白くない」ことが自分ながらに分かってきた。なるほど、良い文章とは日本語の利用方法ではなく、何をどういう視点から書くのか、どんな落ちをもってくるか。それにかかっているようである。若い人でも面白い小説を書くことができるのは、視点が面白いからであり、面白ければちょっとぐらい日本語が整っていなくても大目にみてもらえるのだ。

 本を読んで何を考えるのか。個人的な思い入れなんてどうでもいいことである。ましてや思い出話などくそ食らえ。内容説明や背景説明も出版社にまかせておけば良い。素人ができる情報付加がるとしたら、その人の視点によればこういう点が発見であった、ということであろう。市井の人はそれぞれ仕事も興味も育ちも住んでいるところもばらばらである。ならば、視点をはっきり提示すれば(つまり、〜という視点からは、という話であれば)評価がいくらあっても社会的に無意味ではないだろう。〜が大好きな私からするとこの本はここが良い。そういう個人的な感想であってもいいはずだ。視点が設定されることで、その文章を読む人は「その文章を書いた人は最後まで他人」であるから、読んでいて気持ち悪くなることはないだろう。

 量から質へ転化するか。する、と思いたい。でないと、結構寂しい。2年前はこの程度のことでも書けなかったのだから、少しは正しい信念のようである。

2005年12月31日

2005年で面白かったものベスト3

 どうでもいい話しですが、一応年末ですし個人的な精算も含めてベスト3を決めてみました。

 今年の大発見はなんといっても山本七平さんという人を知ったことです。自分および日本を見つめる補助線として感動的なくらい助かったと思います。まだ全部を読んだわけではないですが、この人の本から1冊あげるとすれば

(1)日本人とユダヤ人

ですね。山本さんの本からは日本人というよりも、西洋社会を理解するうえでどうしても知らなければならない「キリスト教」についての考えをずいぶんと教わったつもりです。それも「教義」を理解するという方法ではなく、古代オリエント社会の成り立ちからユダヤ的な発想、古代ローマ世界での位置付けを通してみる方法です。だから、クリスティアーノの人とは全く別の理解の仕方をしました。ただ、美術や歴史書を読む際の基本知識は身に付いたのでありがたく思っています。

 次。比較的最近の本ですが、塩野七生さんですね。とくに、

(2)ローマ人の物語12:迷走する帝国

 きっとつまらないのだろうなぁと思ったのですが、全く逆の感想。活劇をみるような面白さはないでしょう。だから、多くの人は気に入らないかもしれない巻ですが、これほど「ローマ衰退のダイナミクス」を暗示している記述はないでしょう。興隆の原因が衰退の原因にもなると良く言われていますが、それともちがう。「ローマ人がローマ人であった理由」がそれと気付かれないうちに、全く他に方法がない状態で失われていく。これはもう、神の視点から見た人間社会の面白さと悲しさの物語を見ているようでした。

 そして、最後は、鯨統一郎ですね。

(3)新・世界の七不思議

かなり、ハッとしました。いまだに、アトランティスは彼の主張がもっとも確からしい。推理ってほどでもないし、なぞ解きというほどでもないです。ただ、証拠と推論だけであんな「おどろき」な発想ができるのだなぁと感心しています、未だに。狩るい本ですけど、本格ミステリーファンじゃない、普通の人にお薦めです。

 番外として、とても気になるのは月並みですが、綿矢りささんです。もっと面白い物を期待しています(が、大学生になったらむりかもなぁという気もしますが)。

2005年7月18日

〜 読書メモを付け始めて1年経ちました 〜

 読書メモをつけ、WWWに載せるようになってから1年経過しました。180冊位読んだようです。本当は1日1冊を読むことは可能か?という疑問に答えるために挑戦したのですが、ダメでした。100冊でも結構つらいです。

 さて、どんなことが変わったのでしょうか?
 まず、読書の対象となる本ですが、これは変わっていません。途中、興味を持った人の本を連続して読むことがありましたが、大筋変わっていません。相変わらず小説は殆ど読まないです。ドストエフスキーくらい読みたいと思っていますが、どうなることやら。

 読む速度は変わったのか? これも対して変わっていません。読み通すのにどのくらいの時間がかかるのかという見積もりは正確になってきたと思います。一方で、つまらないところは読み飛ばす踏ん切りはついたと思います。

 文章を構成する能力は変わったのか? メモを付けることが楽になりました。良くなったわけではないです。どのくらい良くなったのかは、1年前の読書メモと最近のを比較してみれば一目瞭然です。単純に「メモ書き文章を書く機会が増えた」ことが原因だと思います。

 養老孟司さんは通勤電車の行きと帰りでそれぞれ1冊ずつ読んでいたそうです。私も通勤時間は長いほうですし、電車にはずっと座っていられるのでマネができるかもと思いましたが、ダメでした。もう一年続けてみます。さて、どうなっていることやら。 

2005年1月29日

100冊を越えてみたが

 読書メモをこのページに残すようになり、100冊を越えました。半年以上かかりました。1日1冊運動をやってきたつもりですが、それはかなり難しいことだと身をもって知りました。

 質は量から変化する。というより、量をこなさないと質の変化はありえない。そういう言葉を知ったのは3年くらい前です。中谷彰宏さんの本にありました。ということで、自分はどのくらい読んだのかを記録することにしました。定量的に。

 で、質は高まったのか? いえ、ぜんぜん。変化なしというのが本音です。読む速度が上がったわけでもないし、理解力が向上したわけでも、ましてや文章力がアップしたわけでもないです。知識が、幾ばくの知識が増えました。ただ、不完全なものにすぐなります。

 ひょっとしたら、100冊では少ないのかもしれません。もちろん、過去数年このペースで読んでいますので、トータルでいったら1000冊を越えていると思います。ただ、それは記録をつけていないので、忘れてしまったものが多いです。読書記録をマインドマップでつける、という方法もあるようですが、もうしばらく感想文形式で続けます。今後は、著者の意図したことを「要するに」ということで、そして、「KeyWords」となるものを列挙することにしました。

 読むこと自体が面白いですから、読書は今後も続けます。自分が進化するかどうかも合わせて記録することも続けてみようと思います。