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2013年6月22日

女子学生、渡辺京二に会いに行く

渡辺 京二+津田塾大学三砂ちづるゼミ
亜紀書房
お勧め指数 □□□□■ (4)

爺さんと女子大生の対話って、どんな風に成立するんだろうかと思っていた。
読んでて、爺さんは仙人風に見えてきたので面白い。
いや、どんな人なのかぼくは知らないけど、接し方としてはこうなのかと。

渡辺京二さんの言葉で印象に残るのは「無名に埋没せよ」。
若者には「いつか有名になってやろう」「立派な作品を残してやろう」というものがあるもんだろう。
そういう気分を強くしてもなかなかなれないものだけど、思いだけは強く、とかいうのがあるのと思っていた。
スポーツ選手の言動を聞いていると、もう哀れなくらいじゃないですか。

しかし、爺さんからみれば、そういうのはやめておいたほうがいいらしい。
自己実現は立身出世のようなものだろう。
そんなことやってもねぇ。
そんなことより、無名に埋没せよ。
そうおっしゃっている。

天才しか有名になれない、普通の人は諦めなさい。
そいうことを言っているのはない。

そうではなく、茂木健一郎さんの『赤毛のアン』論のようなことを言っているではないかなぁと感じた。
奇妙なつながりだけど、多分そういうことだろう。

2012年12月 2日

年収150万円で僕らは自由に生きていく

イケダハヤト
星海社新書
お勧め指数 □□□□□ (5)

ぼくが40代になって気づきたことがこの本で書かれている。
もちろんぼくが気づいたことはこの本の一部のアイディアで、イケダハヤトさんのように広い視野で気づいたわけではない。

お金のためにどの程度働くのか。
これは昔か議論されてきたことで、時と場合と語る人によってその評価は全く違うものになっている。
清貧の発想があるころは貧乏に対していろいろな感情が沸き起こったと思うが、今は忌避されるか負け組扱いかだけだろう。
貧乏なのは嫌だが、だからといってそこから抜け出れるわけではない。
抜け出れないと悟ったら、ならば自分の生き方をそれにあわせて変えるよりない。

原理的には正しいのだが、「本当にそうか」と問われると強く言い返せない気がしていた。
しかし、最近若者でも違う発想の人はいるもんだ。
ぼくはイケダさんの主張に全面同意はできないけれど、その理由は「僕がおっさんだから」かもしれない。
あるいは、イケダさんは普通の人が同意できないような極端な例を意図的に提示しているのかもしれない。
「可能性を提示し、さらにうまい方法を考えてくれることを誘い出している」という意図で。

イケダさんに同意した最大の理由は、「生活するのためのお金は思ったより少なくてすむ」を体験して知ったから。
原発事故以後、汚染食材を食べたくないなぁと思っていろいろ工夫していた。
その模索の結果、ウィークデイの朝昼は自分の家で作ったおにぎりだけになってしまった。
というのは、偽装ではないことが確からしい食材を選択していくと、外食は減る。
同時に食べる量も減る。

さらに、安いものだけで自炊しても以外にうまい、ということを知った。
この生活は1年くらい続いているのだが、食費って思った以上にかかっていない。
本書の中でも「鳥の胸肉」についての記述があるが、赤札堂に行けば、
「どうしてこんなに量があった200円なんだろう、全くマズくないのに」
と思いを毎回するので、著者に対して「本当に考えているな」と信頼をおける。
自炊で安く済ませるのではなく、自炊していると結果的に安く上がるのだ。
だからといって痩せたり食事に対する不満がたまったりはしていない。
この体験が裏付けがあるので、イケダさんの意見がすっと頭の中に入り込んでいるのだろう。

この本のアマゾンの書評をチラ見したが、どうも頓珍漢なものばかりな気がする。
少なくとも内容についての批判ではないから。
原発事故についてのマスコミの批判、みたい。
アマゾンの処方も政治的なもに陥りやすいが、それって日本だけのかなぁ。

世間での評判はどういうものなのか、ぼくは知らない。
しかし思うのだが、結果的にイケダさんの主張がメジャーになっていくでしょう。
勝ち組になってドンペリ開けて、という随分と古い生活を夢見ている若者たちは、そもそも現実の認識はできないし、それに対応する生き方を模索するという創造性もない。
だから、イケダ批判は今後も続くかもしれないがいずれ消える。

大事なのは人の言動ではない。
現実を相手にした行動だろう。

さて、安く幸せに生きていくには、この他にどんな工夫があるんだろうか。
いろんな人が考案し、出版してくれるといいな。

2011年10月 9日

インテリジェンス人生相談復興編

佐藤優
扶桑社
お勧め指数 □□□□□ (5)

人生相談って、こういうものを言うのだろう。

「さすがにそれは人に相談することか?」
「そりゃ、虫がよすぎるだろ」
「ちょっと自分のやっていることを考えてみろよ」

読んでいると、むっとしたり呆れたり、怒りがこみ上げて来たりする。

さすがは牧師の資格をもつ佐藤優さん、淡々と答えていく。
淡々というか、その人の100%見方になって答えていく。
具体的な方法を提示していく。
回答に「佐藤さんが自ら請け負った責任」を張り付いている。
こんな相談者、ちょっといない。

人生相談って、説教だったり、頓智だったり、正論だったりと「いらないもの」を渡されるものだと思っていた。
実際そうだろう。
このシリーズも三冊目だが、こんな活動ができる人は、佐藤さんくらいしかいないだろうなぁと。
(ありがたいをを大上段から語りかける人ならいくらでもいるのだろうけど)

世の中には「どうにもならない状況にいる」という人も結構いて、そういう人を助ける、あるいは苦しみを緩和させることは社会的な機能として必要だと初めて理解した。

教会の機能って、そこにある。
そしてそれは社会にとってはとても重要だ。
だからローマ世界がキリスト教に飲まれたのか。

現代は蛮族が荒れ狂う古代ローマ末期とは違うのだが、「どうにもならない辛い人」というのは現代においてもたくさんいる。
本来であれば「社会」がそういう人を助けるはずなのだが、グローバリズムがはびこる今の世の中にはとても無理だろう。

TPPが成立することで日本社会も末期に突入すれば、社会にすがることができない人がぐっと増えてくる。
となれば、教会の重要性は増してくるだろう。
古代ローマ末期のローマをよく考え、自分のいる社会の少し先の姿を想像できる。

なんか、嫌な世の中だ。

2010年2月 3日

「治らない」時代の医療者心得帳

春日武彦
医学書院
お勧め指数 □□□■■ (3)

 研修医たちの疑問にQ&A形式で答えを出すという趣旨の本である。医学用語どっぷりというわけではなく、むしろ普通の人が読めば「お医者さんも職業なのね」と当たり前のことを納得できる気がする。

 回答は春日武彦さんなので、精神科的な解説やそれを現実に適用したアドバスがある。ここ最近、精神病についての春日武彦さんの本に興味を持って読み進めており、その流れの中の一冊として読んでいるけれど、普通の読みものとしてもなんら遜色はない。

 各設問ごとにイラスト(というか一コママンガ)が付いていて、精神病の本を読んでいるときに感じる怖さや気味悪さといったものが感じられない紙面になっている。なので、通勤電車でも気軽に紙面を広げて読める。ありがたい。

 では内容は。残念ながら正直ピンと来ない。ぼくは医者になるつもりはないし、それがどういう具体的な仕事なのかわからないからだろう。

 人間関係に起因することに悩んでいる若い人の相談ならば、どんな職業にせよ自分にも体験があるだろうから、読んでいて面白い。自分でも相談に応えられる部分があるので、著者の回答と自分の意見とが比較できるからだ。しかし、医者となると、そんなもんなのかなという感想しかでない。切実さが想像できない。だから、もうひとつ乗れない。

 本としてはよいのだけね。

2008年11月10日

こころと脳の対話

河合隼雄+茂木健一郎
潮出版社
お勧め指数 □□□□■ (4)
購入店 東京堂書店

 河合隼雄との対談。少し前に対談していたようで、最近になって出版されたそうだ。出版された時、茂木健一郎は朝カルでの講義でこの本についてコメントしていた。最後の対談では茂木のことを立花君橘君って呼ぶので困ったそうだ。
 河合隼雄の対談本は不思議と気分が休まる。休日の午後に読むには都合がよいので、古本屋で見かけたら買う事にしている。対談相手がどんな人でも構わない。知らず知らずに治療されているのかもしれない。

 出だしでお互いの研究分野のことを語り合い、両者の話がかみ合いそうなところを探している。脳学者からみた心理治療についての興味など。ただ、そういう話は一般の人からは距離がある。
 次に、茂木健一郎が大学生のころ箱庭をやったことがあると話を切り出す。どんな箱庭になったのかということで話が盛り上がる。箱庭で茂木健一郎がどういう人なのか、河合隼雄はわかってしまうのだろう。是非、京都の河合隼雄の研究室に来て箱庭をやろうという話になる。
 そして、京都の研究室で実際に茂木が箱庭をやり、その結果を見ながらあれこれ話をする。なんだか、茂木健一郎にたいする治療を後ろから眺めているような気分がする。

 不思議なところなのだけど、河合隼雄の本は知識のようなものが意識に残らない。全体としてどんな本だったのかは覚えているし、個別にあれこれトピックを思い出して語ることはできる。しかし、「勉強になったことは?」と問われると両手にはなにも持っていないことに気付く。
 たぶん対談本を読んでいる最中には頭にいろいろ浮かんでいるが、それらは雨が地面に吸い込まれるように無意識へと沈んでしまったのだろう。本から直接「癒し」が行われているのかもしれない。河合隼雄くらいになると、そんなことが起きてもおかしくない気がする。

2007年9月30日

「科学的」って何だ!

松井孝典+南伸坊
ちくまプリマー新書 760円
お勧め指数 □□■■■ (2)

 安直な一般の人向けの科学啓蒙書をねらった対談による新書。科学に疎い一般人代表を南伸坊にしたからといって何かが分かりやすくなるわけでもないし、回答者が松井孝典だからといって面白いことを言ってくれるわけでもない。それに、松井孝典の回答の節々に「うざったさ」を感じるから対談は決して成功していないだろう。編集者、もっと楽しい本にしてよといいたい。

 科学的なことを語り、またそれを理解してもらうにはそもそも両者に「ちゃんとしたことを教えたいし、それが社会にまかりとってほしい」という動機が必要だろう。とはいえ、高度な技術は魔法と区別がつかないだろうから、携帯とスピリチュアルは同じ土台で扱われることになる。一般の人にとってみれば、なんだっていいから使えればいいじゃんだろう。それはそれで正しいことなのだが。

 科学的な考え方(実際にやってみて、ダメならリジェクト)というものがなぜ必要なのか。それが抜けたら、知識を分かりやすく伝えたところで忘れ去られるだけ。徒労というものだ。科学的な方法で物事を見る目を持っていないと結果的に不幸になる、と人々が考えるようにならないならどうしようもない。やる気のない子供の家庭教師をやったことがる人ならば、それが可能かどうかわかるでしょう。

 とは言え、そういう努力を放棄してはいけないことも十分理解している。一体どうすればいいのか。そのこたえは、科学的な考えを身に付けた人が結果的に幸せになっている実例を示すよりないだろうと思うのだが。

ボウリング場が、学校だった。

中谷彰宏
ベースボール・マガジン社新書 760円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 久しぶりに中谷彰宏本を買ってみた。まことに中谷彰宏的であった。相変わらず、分かりやすく、ロ論理的に明解で、しかも面白い具体的な教訓本を書いている。すごいです。この人の本はほとんど全てこの特徴があります。なんといっても、具体例が本人の体験をベースにしているだけあって積極臭さがまったくない。普通こういう内容を扱うとかならず「説教」になります。自分の体験が唯一極上のものか、さもなければ架空の物語を述べます。ところが、中谷は自分の個人的な体験をベースにしているから、細かいところでリアリティを感じます。読者も中谷彰宏と一緒に成長できそうだと応援してくれます。自分でも汗を流すビリー隊長か、うるせいだけでのハーベイ隊長かの違いがあります。ビリーのように、この人は受けます。

 揺れたピンが、マシンが振れる前に倒れたら「倒れた」と認識されます。  マシンに触れて倒れたものは、「マシンタッチ」といって、1本残ったことになります。「マシン」は微妙です。  マシンかマシンでないかは、一緒にゲームをしている人の判断に任されます。「今、マシンぽかったけど、誰も見ていないからいいか」という時は、必ず負けます。  自分に後ろめたさが残るのです。

だとか

 上達する人の共通点は、マナーがいいことです。  100点いくかいかないかという人がボウリングを始めたとしても、伸びるかどうかは、マナーによります。

 禅。そこから武道につながる。道徳というより宗教。そして、日本人ならば「それはそうだ」と口にしなくても心情的に納得する人が多いでしょう。学校の掃除当番という制度に対する考え方と同じ日本のベースとなるものだから。

 中谷彰宏は、普通の人を鼓舞する方法をずっと考えているようです。それも、おいかぶさってくるような説教臭さがないけど、内容は完璧な日本人の古来からの考え方をベースにしたものを。そして、抽象的な話をせず、「ボウリング」というような具体的、個人的な趣味をも題材にしてかたる。ネタは尽きないはず。

 中谷本は相当読んだ。普通の人以上に読んだ。ざっと数えても280冊は本箱にあるから。もういいだろうと思っていたのだけど、みそ汁のように飽きずに今後も読むんだろうなぁという気がしますね。

2006年8月20日

本の読み方

平野啓一郎
PHP新書 720円
お勧め指数 □□□□□ (5)

 本の読み方など教わったことがない。文字の読み方、文章読解の授業は受けているが、何に注意して読めばいいのかなど「我流で良い」という結論か、「正解に達するための注目ポイントは?」のような技しかない。いや、忘れているだけかもしれないが、今に至まで「受けた」といえないのだから、「なかった」といってよいだろう。

 この本で主張されているのは「なにも、焦って読むな。冊数を増やしたところで、無駄だぜ」ということである。「何冊読んだのかを自慢するのは、何都市巡ってきたのかという旅行自慢と同じである」という比喩にはどきりとされれた。自分で企画する旅行は一都市滞在にこだわっているのだが、本は「何冊読んだ」ということをTVゲームのハイスコア争いのように考えている自分に気がついてしまった。なんたること。しかも、多読によって得た知識は「脂肪」であると。言われてみれば、トリビア的なものは脂肪のような気もする。

 そもそも、冊数を増やそうとしたのは「質は量からしか転化しない」という仮説を採用したからである。子供の頃は本を読まなかったので、それを取り換えそうと本を読んでいる。一種のトラウマなのである。だから、冊数を稼ぐとこで精神的なバランスをとろうとした。この本に指摘されている「速読」に目がいったのも冊数を稼ぐためである。考えてみれば、フォトリーディングなんて「あり得ない」のだが、なんで「あるかもしれない」と私は考えたちゃったのだろうか。反省しきりである。

2006年5月 9日

ネイティブスピーカーの前置詞

大西泰斗 ポール・マクベイ
研究社: 1400円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 このシリーズの二冊目。前置詞をまとめてある。単に頻出するものや決り文句として前置詞を覚えようとするのではないのはこのシーズの特徴。in, atの違い、over, byの語感などが「間違えようがない」くらい語られている。

 たとえば、at the stationとin the stationは「全くちがう」意味である。すくなくとも、駅で、という日本語訳ではその違いが目立たないのだが、意味するものは全く違う。 atは「点」として捉えている。一方、inは「空間の中」として捉えている。この言葉を聞いたときに「何を思い浮かべるのか」まで突っ込んで考えれば、間違いようがない。atは「地図上の一点」としてとらているので、駅の風景は頭にイメージされていない。一方、inは駅の内部の改札やら人ごみやらお店やらの「場所」を頭に思い浮かべている。

 このような説明は類書にはない。買って損なしの本です。

2006年5月 7日

ネイティブスピーカーの英文法

大西秦斗 ポール・マクベイ
研究社: 1500円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 素晴らしいないようです。時制やa,theの違いなど一発でわかります。NHKで放送された番組の元ネタなんですね。だいたいかぶっているのですが、一部NHKでは取り上げられていないかった内容も含まれています。

 現在分詞の感覚や未来表現willとbe going to のにゅあんすの違いは完璧にわかりました。もう、間違えようがないです。あぁ、10年前に読んでいたら、もっと違った世界に行けたのかもしれないなぁと思うと残念な気もしますが、とはいえ、今からでも勉強できるのだから、気にする必要はないですね。

 時制や仮定法など文法を「まともに」勉強したい人ならば、絶対に読んだほうがいいです。

2006年5月 6日

ハートで感じる英文法

大西秦斗 ホール・マクベイ
NHK出版: 980円
お勧め指数: □□□□□ (5)

 この本は偉大である。いや、もとになったNHKの番組は偉大である。いや、NHKで番組になる前から結構有名だったらしいのだが、私はこの本にあえて良かったと感謝している。あぁ、本当。

 aとtheの違い、仮定法、現在完了形。学校で習ったのはずいぶんと昔。それ以後、ことあるごとに「わからん」と思っていたのだが、とくに失敗したりということはなかったのでそのままほったらかしになっていたトピックがほぼ完璧に説明されている。番組ならば30分、本ならば10ページという内容なのだが、それを聴いて20年来の謎が完全に解けた。ウソみたい。

 なんでこういう説明がされてこなかったのだろう。高校のときto不定詞の用法を「こと・べき・ため・して・なんたれば・そして」と暗記させれたのだが、あれはいったいなんだったのか!! 社会にまん延する英語が喋れない、英文学を感じることができない「英語教師」のいいカモになったのだ私は。あーくやしい。今でもかわんない、いやよりひどくなっているのだろうきっと。

 こんなことを教えてくれる、あるいは、説明してくれる本は存在しないと思っていた。結局、何年も留学することでしか身に付けられないものだと思っていた。だが、今日知ることができた。あとは訓練次第で「身に付けられる」だろう。ホントに、勉強できるって、幸せなことである。それくらい、素晴らしい本です。

ハートで感じる英文法 会話編

大西秦斗 ポール・マクベイ
NHK出版: 980円
お勧め指数: □□□□□ (5)

 何気なくTVをザッピングしていたらNHK教育でこの番組をやっていた。30秒くらいみて、引き込まれた。「おれが知りたかったのは、これだよ!」という内容を解説していた。微妙なニュアンスについては、英語のネイティブな人からコメントをもらっていることで、解説の中身も信頼ガ置ける。

 普段、英語については読み書きしかしない。話すことなど殆どない。ところが「会話編」とタイトルにある番組なのだが、話の内容は「時制」「倒置」など、英文を書くときにいつも「あー、どっちだっけなぁ」と思うような内容を解説しているではないか。しかも、変に易しいないようだったりしていない。そこそこ英語がわかっている人向けだ。ビジネスだの喋ってみようだのの番組ではなく、文法を教えてくれている。

 そんな番組の本がこれ。「まだ、英語の教科書を読んで勉強できる可能性がおれにはあったのだ」とばかり嬉しくてしかたない。こんなレベルの本が欲しかったのだ。久々に「英語の教科書」をじっくり読んで、休日を過ごした。

2006年5月 3日

不勉強が身にしみる

長山靖生
光文社新書: 720円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 学ばないと大変なことになる。事実、まともなことを子供におしえられるのだろうか? 収入が多い人は学べる機会に恵まれた人で、当然だが、その子供も学べる機会を持てるだろう。義務教育はこの状態を事前に防ぐことが目的で、それはそれなりの結果をもたらしたのだが、近年は上手く機能しなくなった。では、どうするか。

 このような問題意識から書かれた本である。「ゆとり教育」の弊害を含めて、お寒い教育事情は自分でなんとかしなければならない。子供に「やれ」と命令するよりも、自分でその困難を乗り越えて学んでいく姿勢を子供に示したらどうか。あまたある「勉強の仕方」はしょせん根本的なところで勉強好きな人向けになっているようだから、それさえ読めば自分も勉強ができるようになるわけではない。正しい勉強法すら、今は探すの苦労する状態。働きながらであれば、なお難しいであろう。それでも、今スタートしないと・・・。

 まったく同感なのだ。対して私も勉強してこなかった。受験のときは「やった。数学の問題1問に3日かけた」という時期もあったのだが、大学を卒業したあとでは、ろくな勉強はしていない。すくなくとも、体系だてやっていない。これでは、まずいという感じはひしひししている。
 ただし、幸運なことにだが、勉強することは楽しい。苦しいけど、楽しい。それは知っている。これは、ある程度勉強をした経験があるひとにしかわからないのかもしれない。

 そもそも、この本を読む対象の人は、新書なんて読まんだろう。そこに大きな問題がある。人間の世界も、まぁ、Δx=K x (K>0)という形になっているのだ。なんとも、言えないことだが。

議論のウソ

小笠原喜康
講談社現代新書: 720円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 議論というよりも「論理」の本。いわゆる「だまされるな」という主張の本。本書で扱っている内容は具体的なので、倫理・哲学コーナーにある本とは違い理解しやすい。ただし、記述が簡単だというわけではなく、それなりにしっかり(ある意味めんどうに)書いてある。

 電車の車内アナウンスで「携帯電話はうんぬん」というのを聞いたことがあるだろう。守っている人を見たことがない。実際問題、技術的には関係のない無意味なこと客にリスク転化しているだけのことなのだが、とはいえ、未だに人におしつけてくるのが腹立たしい。その問題にある背景、現状についてこの本で解説してある。あるいは、少し前評判になった「ゲーム脳」というお馬鹿な理論についても、論理的にたたいてくれている。ありがたい本である。

 ゆとり教育の弊害についてもこの本で触れられているけれど、上記の2台については「普通の人が勘違いする・だまされる」のは仕方ないような気がする。一人一人にウソを見抜ける論理教育が行き渡っていないことを嘆くのはなく、その状態をちゃんと把握し、批判できるマスコミが機能していないことが問題なのに、という感想を私はもった。もちろん、自分自身で、おかしいところを検知し、防御していくための勉強は大切。それを論述する議論も必要だけど、実際問題としては、この本の著者のような人が、もっとパブリックな媒体をつかって、論理戦を行ってほしいなぁと思う。

2006年2月20日

「超」英語法

野口悠紀雄
講談社: □□□□■ (4)

 「超」勉強法において紹介された英語の勉強法について書かれた本。本当に意味ある勉強として必要な英語はどのように身に付けることができるのかが野口さんらしく考察されている。私の感想は「もっと昔に出会っていればなぁ」である。ララアのような気分がする。

 ポイントは「普通の人が必要な英語は聞き取り。旅行へ行っても、講演会にいっても聞ければなんとかなる」。一方で、自己紹介などするシーンは殆どない。実用英語が会話というのは、勘違いである。それをあおっているのが英語学校なのである。この考察は正しい。実感をもっていえる。私もCMにだまされていた口だ。

 "弱く速く発音されているところは適当に聞き流して、強くはっきりと発音されているところに注意を向ける。”
”人間は、話される内容をある程度予期しながら聞いている。全体の枠組みの中に位置づけることによって、ココの部分を理解できる。従って、全く初めての話しや予期していない内容は、理解できないことが多い。

80:20の法則と脳の「context awareness」とを合わせ考えれば、上記のことは本質的なことをいっているのだ。私は英語が不得意なので、再び勉強を始めてみようという気になった。ついでにイタリア語もこの方法を使ってみよう。

 とても勉強意欲をそそる本である。教師との出会いって、運不運ですね。こんな人に高校生のときにあっていればなぁと思います。


2006年2月 8日

「超」勉強術 実践編

野口悠紀雄
講談社: 1500円
お勧め指数: □□■■■ (2)

 「超」勉強術の続編。より、具体的な方法に迫る、ということであった。しかし、前作とあまり変わっていない。

 英語の取得に重きが置かれている。口語は水泳の息継ぎと同じだ。吐けば吸える。話せば聞き取れる。ただし、単語に分解して、さらに音節ごとに聞き取ろうとしても無駄である。ネイティブでもそうだろう。それは、なぜか?
 言葉は「文脈」の上で成り立っている。”どのようなことが話されるかをおおよそ予測して、聞いている。だからこそ聞き取れるのである。”というだ。なるほど。一つの単語が聞き取れなくても、なんの話しをしているのか、直前、直後に何を言ったのかに気をつけて「流れなのかな」で把握することができれば、rとlの違いがわからなくても問題ない。

 これは、脳の「コンテクスト・アウェアネス」の機能そのものである。ホログラフィック的な探索方法。人間の脳の学習法はさすがに「人工知能ならぬ、天然知能」なのだなぁと感じる。


2006年2月 5日

「超」勉強法

野口悠紀雄
講談社: 1500円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 勉強の方法についての小編。なるほど、確かに効果がありそうだ。現在の自分から、過去の自分に向けてアドバイスするのならば、この本の方法であろう。「面白いと思うことをやる。初めからではなく全体を見てから、必要なところに着手する。80%理解できたら先に進む。」 この方法は、部分的ではあるが、経験則によって「そうそう」と同意刷る人もいるだろう。私は、まずは全体から、というところに共感している。

 英語の勉強法は単純。暗記である。言葉を分解して覚えても、言葉が言葉である部分が消えてなくなっている。「するめをみてイカがわかるのか」 単語カードに書かれたワードは死体のようなものだ。それが生きたセンテンスに埋め込まれて「意味」を発する状況を想像などできまい。言語は丸ごと覚えるしかないのだ。私は高校時代、このような方針の先生にたたかれたものだ。英語は勉強した記憶がないのに、そこそこ受験で苦労しなかったのは、センテンスごと暗記という癖をつけていたからだろう。しかし、それで会話はできるようにはならなかったが。


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2005年12月29日

みんなの手帳

手帳愛好委員会編
大和書房: 1000円
お勧め指数: □■■■■ (1)

 手帳の本です。「夢がかなう」とかなんとかいうタイプの本ではなく、他の人はどんな手帳を使っているのだろうか? そんな興味に応えようとする本ですが、OL向けでした(まいった)。著名人などの女性ビジネスマンの手帳についてインタビューした記事が並んでいます。それを読んでいてつくづく思いました。皆さん、忙しいんですねぇ。私よりは遥かに忙しい。だいたい、手帳がないと管理できない日々なんて、私には想像すらできません。日々の過ごしかたに対して「どん欲」なんですね。なんでプライベートまでそんなに「つめこむ」必要があるのでしょうか?
 手帳についてよりも、OLさんの情熱というかあせりというか、そんなことの方が印象に残りました。

2005年11月 3日

生協の白石さん

白石正則
講談社: 952円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 生協のひとことカードのやり取りが本になっています。pyaというサイトで読んだことがある人もいるでしょう。こんな「粋」な回答があるのですか。質問は「サーブ」なのですね。それに腹を立てるか、冗談を返すか、回答者の人間性が全部でちゃうのでかなり難しいことです。そもそも、相手を「見下した人」では不可能だし、かといって、相手を「尊敬」していてもだめでしょう。同じ目線にたち、すこしずらす。次の問いに、どうのような回答をしますか?

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2005年10月 4日

魅せる技術

西松眞子
インディテックス・コミュニケーションズ: 1500円
お勧め指数: □□■■■ (2)

 マナー全般の入門書。「こうしなさい」という指導ではありません。「こうしたら良い感じです。きっと、周りの人もそう思います。そういう感覚の本です。

 服装や食事マナーよりも、視線の先にあるものという考えが気に入りました。女性は男性のどこをみているのか。指先? へぇ、そうなんですかねぇ。爪を切る、手をどこにおいて話す、顎をどのくらいの角度にするとどう印象が変わるのか。読んでみて、納得しました。

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2005年10月 2日

好かれる技術

西松眞子
インデックスコミュニケーション: 1500円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 好かれるといっても性格や話題といった高次のものではなく、「生理的に」嫌われないためのちょっとした工夫のこと。本の装丁が綺麗で、ちょっと女性向きなのかなと思って立ち読みしてみたら、「アンガールズのジャンガジャンガは好かれる要素をすべて含んでいる」といった章が目に留まったので買ってみた。

 握手や目線、姿勢やしぐさといったボディーランゲージ、立ち位置、服の色の基本などの「簡単に清潔感・高感度が上がる」方法が書かれていた。また、その実例を裏付けるハリウッドスターのスナップが掲載されていて、「へぇ、なるほど」と思えるような説得力を持っている。さすがに好感度を研究しているコンサルタントだけあって、本の作りも好感度が高い。

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2005年6月24日

文房具を楽しく使う

和田哲哉
早川書房: 1600円
お勧め指標: □□■■■ (2)

 文房具好きな人が書いたノート・メモ帳についての本。持ってはいるが必ずしも「使えてない手帳」の使い方を著者の経験をもとに紹介している。RHODIAやクレールフォンティーヌ、モールスキンなどを中心に説明ている。使い方というより、私はこうしていますね、というアドバイスブックという感じではある。しかし、著者の気持ちもよく分かるので、読んでいて楽しかった。

 文具というとデザイナー系の高級文具について語る本がある。趣味としてならばいいのだが、日々の生活に導入するには難しいだろう。それよりも、もっと別のことにお金をかけたい。そういう人が殆どであろう。コレクターでもない私は、どうもその手の本、雑誌は好きになれなかった。

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2005年6月23日

楽しそうに生きている人の習慣術

野口京子
KAWADE夢新書: 720円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 カウンセラーである著者が楽しそうに生きている人はどのような習慣があり、そうでない人にはどのような癖があるのかを気軽に読める新書としてまとめた本。実戦可能な「こうしたらよい」が詰まっている。語り口が明るい。べつに楽しくもつまらなくもない人が読んでも参考になるでしょう。

 表紙がよい。サラリーマン風の人が靴を磨いている。靴磨きは時間の余裕の表れ。また、どこが汚れているのか、どうしたら綺麗になるのかが明解で、作業を始めたら無心になれる。編集者は果たしてそこまで意識してこの表紙をえらんだのだろうかは不明だが、実に象徴的に思えた。どうすれば楽しく慣れるのかの一端を表せていますね。

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2005年4月 4日

間取りの相談室

佐藤和歌子
ぴあ: 952円
お勧め指数: □□■■■ (2)

 マドリスト佐藤さんの本。前作「間取りの手帳」は痛快でした。この相談室もおもしろい。世の中変な部屋ってありますね。パンパスペースをむりやり詰め込んだとか、敷地の制約とか。別の目的の間取りを「読み替えて」て使っている部屋もあります。だた、どの部屋の家賃も少し安めに思えます。何故でしょうかね。

2005年2月 7日

文学賞メッタ斬り!

大森望・岡崎由美
PARCO出版 1680円
★★★☆☆

 数多くの文学賞がある。文学に特別に興味を持っていない人ならば、「賞」以外のものではない。賞に特徴があるなんて知らないだろう。ただ、「上下」があるだけ。私はそう思っていた。この本は、あまたある賞の「特徴」を紹介し、受賞作の傾向やその後についてのよもやま話が載っている。

 直木賞・芥川賞ってすごいのかと思っていたのだが、そうではないらしい。本を読まないで選考することもしょっちゅうのよう。結構いい加減なんだ。受賞作品って、「学術的」という香りさえする。それは勘違いなのだ。

 とすれば、受賞作家や受賞作品というものに対して、特別にバイアスを書ける必要はない。自分の時間は有限だから、縁のある作品をうまく探して読むのがよいのだろう。もっとも、「どうやるのさ、実際」と言われても困ってしまうのだが。

2005年1月30日

百年の誤読

岡野宏文・豊崎由美
ぴあ 1600円
★★★★★

 ベストセラーに良書なし、は本当か? の検証をここみた対談集。プロの書評氏たちの評論には目を開かさせられる重いがする。一般的に名著と思われているものが必ずしもよくないだろうという意見には賛成だし、ベストセラーが名著とは限らないことも理解している。しかし、自分が「良い本だよね」と思っている本が酷評されると、悲しい気分になる。

 しかしだ。その評論が極めて論理的なものであり、また、現在の視点からなされたものであるならば、感心してしまう。悲しい気分ではあるが、確かにその通りだいう具合に。まったく、私がバカでした、ということを心底納得する。要するに、私がバカでしたということです。

 混乱した評価でも、時代が下るとそれなりに「理屈に合ったもの」がでてきます。古い時代にろくでもない本はありますし、今でもある。なるほどあたりまえ。しかし、評価が定まっていないものについて、未来においてもぐらつかない根拠を持った評論というのも、名著を書くのと同じくらい難しいものなのだろう。評価は売れるから、ではない。それを「自分の愚かさの自覚」とともに納得しました。

 100冊の後で読んだ本としては、良い巡り合わせ。少し、読書の傾向を変える必要があるかもしれない。