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2013年7月15日

ネットのバカ

中川淳一郎
新潮新書
お勧め指数 □□□□■ (4)

最近、本のタイトルに「バカ」なんて単語を使う本を見かける。

あまりいい流行には思えない。
「おればバカじゃないけど、バカは困るねぇー」的な話が想像され、読む前から不愉快になるから。

一方で「自分の愚かさ」を笑い飛ばしている痛快なものもある。
だからタイトルだけではなんとも言えないか。

中川さんの本は数年前に『ウェブはバカと暇人のもの』という新書を読んだ。
えらく感心した。
じつに「身も蓋もないことを」という感想を覚えている。
見たくないけど見なけりゃいけない「社会を写す鏡」を提供してくれいた。
あれを読んで「はた、何やってんだオレ、、」と反省した。
その後、元にもどっちゃったけど。

この本は、あの本から数年たってネット社会がどうなったのか、という報告であり警鐘のような内容だ。

結論は至極当たり前、と思えるもので、読後とてもさわやかな気分になる。
そうそう、これがまっとうな意見だろう。
そんな印象をもった。

ネット社会での自画自賛というかマーケッティングというか、そういうのにうんざりしていたのだけど、その作り手は「わかってやっているんだ」と知った。
こりゃ、流行りにまともにのったら「あかん」ということだな。

ネットは「すすんでいる人が使いこなすツール」という印象を持っている人がいたら、そりゃ考えなおしたほうがいい。
いまやフツーの人がフツーに使うフツーの道具だ。

よくわからない横文字単語で「これ、あたらしんだけどね」みたいなことをやって常人を突き放そうとしている人は未だにいろんなところで見かけるが、彼らはそうとう焦っているということなのかもしれない。

「おいおい、そろそろ目を覚ませ」
そう言われたような気がした。

2012年2月11日

情報の呼吸法

津田大介
朝日出版社
お勧め指数 □□□□■ (4)

ツィッターを使えば、いろいろな情報を取り込むのが簡単になりますよ。
そんな感じの本かと思っていた。
が、違った。

もちろん、ツィッターの使い方は紹介されている。
が、それは「ガイド」ではなく、「ぼくはこうしています」というものだった。
手の内を明かすようなもの。
つまり「僕はこうしています」という語り。

途中、「こうしています」から「こうするべきだ」のようなニュアンスがないわけではない。
が、それも「多くの人がこうしたら、ネットワーク的な意味ですごいことができるから」という意図からだろうと想像される。

ぼくはツィッターそのものの意義を未だに理解できてない。
「これ、友達が多くねぇと意味ないんじゃないか」的な疑問をもっている。
だから、有名人ならばそういう使い方もあるんだろうなぁ、と訝しく思ってしまう。

とはいえ、それは僕のほうが勘違いをしているだけなんだろう。
もうちょっと上手に使えるようになれば、津田さんがおっしゃる意味が「そうだね」と言えるようになるのかもしれない。

面白いなぁとおもったのは、こんなことを感じたからだ。
ツィッターによる「情報」の手に入れ方を読んでいると、漁師がどうやったら大漁となるのかの技を誰かに説いているのを聞いているように思えてきた。

情報収集って、それは「釣り」や「漁」と同じような「結論」に至るのかもしれない。
情報も魚も、それらをぼくが「創りだす」のではなく、「いいものをたくさん掬い上げる」ことしか方法がないからだろう。
本書で震災のことについて津田さんはいろいろ語っているのだが、漁師の人とも以外に話があうのかもしれない。

ただ、こんなことを疑問に思った。
「必要だな」と思う情報と「手にしてみてから、これいいな」と思う情報とがある。
ツィッターを使うには、どうしても後者タイプに使っているように思える。
もちろん「人とつながっていく」ということで、前者のタイプの情報を直接手に入れる気はするが、それはその人が有名人であることの前提なんじゃないかと思う。

おそらくだが、圧倒的多数の人は、ツィッターがあっても情報獲得が上手になるわけではないだろう。
逆に「ママ友」たちの流言飛語媒介マシーンなるだけのようなきがする。

上手に使ったら、そりゃうまくいくだろう。
ただ、気になるのは、普通の人が使っても「ダメな方向へと導く可能性が少ない」という性質が必要で、
この本も、圧倒的多数の「成功には結びつかない徒労」については紹介してくれていないことだ。

とまぁ、自分の現実を目の当たりにすると、上手な人が上手に使えば、そりゃいいだろうな、ということなんじゃないかと少し暗い気分なった。
まぁ、いいか、たかがツィッターだよ。

2011年10月 3日

Twitter社会論

津田大介
洋泉社(y新書)
お勧め指数 □□■■■ (2)

この本について別の人の本の引用で知った。
なんだか面白そうだし、著者も変わった人のようだから、読んでみようと思った。
Tiwtterについても、なるほどそういうものだったのか、と知ることができるかもしれないし。

で、実際読んだのだけど、かなり期待はずれだった。
速報性やリアルタイム中継というような、携帯電話から現場でつぶやくようなツールとしての使い方が中心に紹介されている。

学生さんならば授業の中継でもやる意味が、場合によってはあるのかもしれないが。
この重要性、普通の人にはほとんど必要ない。

国会の場でツィートする議員がいても、まぁ聞いていなのだろうなと思うよりなく、仕方ない。
それが革命的なツールでやることなのかわからない。

人と人をつなげることが情報ツールの中心的役割なのはわかる。
ツィッターは普通の人が使える範囲である140文字にしたものだ。
小さくすればパケット量からも、普通の人が使える文章能力からも適切だと考えた。
その割り切りが新しいのだ思っている。
つまりメールの代わり、ということだ。

ただこれが社会論というところまでのツールになるのかだろうか。
どうでもいいことを集めると量から質に転化することがあるかもしれないが、そんなものを目指すにはあまりにまどろっこしい。

災害時のツールとして着目されたとしても、実際流れているのはデマばかりだろう。

とはいえ、携帯電話の画面制約からしばらくツィッターがつづくだろう。
情報を入力する側だって、そんなに進化するはずもない。
140字がいいところだろうな。

2010年9月10日

ネットビジネスの終わり

山本一郎
Voice select
お勧め指数 □□□□■ (4)


この本、書店で見かけたときに買おうと思っていたが、大型書店ですら見かけななかったので買えないでいた。
アマゾンの「今は買わない」カートに500以上のエントリーができていて、それを整理しているとき、この本を読んでいないことに気がついた。
この著者の本ならば面白いはずなのだが、余り話題になっていなかったようだけど、どうなんだろうか。
早速読んでみる。

もってまわった感のある書き方だが、内容はぼくが知らないこと(それは色々あるが)で、かつ普通は言いにくいだろうことをずばずば言い切っていて、さらにそれが当たっている(だろう)ので、読んでいて爽快感がある。
例えば、アニメの購買層はそもそも高収入な層ではない、というようなところは「そうだよなぁ、子供かニートだろうからなぁ」と思い当たる。
政府がそういうものを鼓舞しても仕方ないし、それは勘違いからくるピント外れの行為なんだとわかる。
身も蓋もない。
斬込み隊長ここにあり。
すいすいと面白く読み進んだ。

ただし、途中で冷静になって考えた。
この本の読者対象って、一体誰なんだろうか。はた。首を傾げてしまう。
少なくともぼくではない。
ぼくに、ネットインフラ、ゲーム・アニメ業界の見通しのなさを説明されても、「そういうものなんだ、へぇ」ということしか言えない。
ぼくにとっては役に立てようがない情報だ。

この情報をもらって何かの行動に転化できる人ってどんな人なんだろうか。
と考えた。
経営者?
中小企業の人ならば日々の問題対応に忙しいだろう。
大企業経営レベルの人は、そもそもこういう議論に耳を傾けないだろう。
では、現場の人?
それこそ、そんなヒマはないのではないか?
少なくとも、この本で説明されているアニメやゲームの人の労働環境から考えると、難しいだろう(時間的な意味もあるし、毒書傾向的な意味でも)。
と考えるとやじ馬?
ぼくのような、現場からも業界からも遠くにいる人がNHK特集を見るような感じで読むときに、「へぇ」と感心することが目的なのか?
それでは床屋談義ではないか、この本は。
著者も編集者もそれを意図していないだろうけど実質床屋談義本になっていると思う。

ビジネス本を読むと、そこでの主張されていることはどれも同じで、不思議な気がする。
彼らの意見は、もっと儲かることやれ、だからだ
それしかない。
儲からないから、金融やれ、みたいな提案しかない。
実に不思議。
世の中には儲からなくてもいいからやってたいという人が結構いる。
現状をつづけていても先はないとわかっている。
それでも使命感をもってやっている人って結構いる。
それはそれだと思うのだが、ビジネス人からは「死ね」って言われるだろうな。

なぜか。
それは簡単。
論説する人たちは言葉を使うことしかできないから。
紙であってもプレゼンであっても、あるいは直接会っての議論でもいいけど、交わすのは言葉でしかない。
信用だの理想だの、どんな言葉で形容してもいいけど、とどのつまりやっている事は言葉を交換しているだけ。
だから、言葉で出来ないことがあるって、知っていても無視してかかる。
だから、言葉を軽く扱う人を罵倒する。
それは自分の存在を否定されたことに気がついたからだろう。

面白いけど、ぼくは読者として的外れでした。

2009年7月 3日

ウェブはバカと暇人のもの

中川淳一郎
光文社新書
お勧め指数 □□□□□ (5)
購入店 bk1

 書名から想像するのは、「おれって凄い系」の人を罵倒する話だ。だから買うのに抵抗があった。しかし、中身を読んでみたら言葉も出ないくらい感心してしまった。うん、頭のいい人はネットにもちゃんといて、ちゃんとしたことを人にわかる言葉で発言してくれているだ。ただし、そういう人が「ちゃんとした」社会貢献を仕事としているわけではないみたいだけど。著者はネットの人なのだから、こういう話はネットでしてくれてもよさそうなものだ。しかし現実には著者が主張されているように、ちゃんとした人はネットを読まないでお金を払って本を買うだろうから、著者が言いたいことを理解してもらうためにはネットよりも出版のほうが効果的なのだろう。不思議なものである。
 本書の主張は、要するに、繋ぎっぱなしにできるインターネットの大多数のユーザーは地上波テレビと同じで、バカか暇人であり、その目的は暇つぶしなんですよというもので、書名そのものである。それで尽くされている。この本を読んだ後であらためてそう言われると、そう頷くよりない。

 ところが、おそらくだが、こういう物言いだと普通の人は読んでくれないだろう。というのは、この書名に自信を持って対抗できる人は少ないだろうから。おれって頭よいといえる人はすくない。ひょっとしたら自分が罵倒されるかもしれない。そう考えるだろうから。
 この本でさすバカとは、勉強ができないという意味ではないからだ。単語の意味が最初に思い浮かぶものと違う。バカの意味を例えて言うならば、一時電車でよく見かけたドアの前にべしゃと座って人の出入りの邪魔していてもなんとも思っていない高校生のことだ。あるいは背広着て会社に通勤しているが「俺って凄い」という話を他に人も聞こえるように電車で自慢している社会人のような人だ。要するにうざったい人をさす。暇人も同様に、忙しく働くということをあえてしない人や事情によりできない人を指すのではない。実生活では他人と接点がなく、自宅でただインターネットを覗いているような人を言っているのだろう。これはぼくの解釈であって、間違っているのかもしれない。もっとも、こうして読書メモをちまちま付けているぼくような人間をずばり指していると言えなくもない。ちょっと不安ではある。

 インターネットを使う人はバカみたいに増えた。携帯電話なども考慮したら、日本人全体だ。となれば、使っているほとんどの人は「優秀」でも「劣悪」でもない普通の人のはずだ。この「普通」という段階は実に色々な人を巻き込んでいる。日本語の読み書きは問題なくできて社会生活も普通の営めるが、「自分のことを正しい人で自分のみなマネするべきだ」と疑う余地なく思っているタイプの人が多数含まれる。そして、この本の主題である「バカ・暇人」と呼ばれる人は、基本的にはそういう「正しい指摘をネット上で行う模範的な常識人」のことである。
 バカと暇人のものという言い方にかちんと来るかもしれない。ここで小学校の時の友達を思い出してみる。30過ぎになって振り返ると、その当時の同窓生達は学校の成績とは関係なく、幅広いキャラクターを持っていたと気づくだろう。大人になった今からその当時の友達を考えれば、高校、大学、職場にいる友達とかなり違うだろう。
 それは、学校に入学するごとに付き合いうる人が「フィルタ」されているからである。頭のいい奴もいるし、ぱっとしないのもいるし、おかしなやつもいる。それでも学校ごとにある範囲にある。ところが小学校や中学校だと今ではとても知りあいになりそうにもない人がたくさんいる。
 ネットで大勢の人が参加しはじめるとなれば、そこには自分の知りあいが多数やってくるのではなく、自分とは世界が違う人が大挙してやってくることを意味する。すると自然に拒否反応をおこす。それは相手も同様。つまり、大勢の人がネットに集まれば、その人々はほとんど「違和感のある人たち」なってしまうのだ。違和感は不信感にかわり、やがて「バカ」であり「暇人」という蔑視に変わっていく。そういう心理的な必然性があるのだとまず理解しないと話が見えなくなる。付き合わん出いい人に出会ってしまう確率が高いがネットであり、コメントやクレームを通じて、そういう人が近寄って来やすい。それを理解していないと、ネットはバカだらけと考えるようになり、自分が常識人だと信じ込み、ネットの人を教育しなければなどと考えてしまい、ネット中に「バカ・暇人」画結果的に溢れてしまうことになる。

 日本人の圧倒的多数は普通の人だ。ならばネット上にいる圧倒的多数も普通の人である。普通の人は他人に感心してもらえるような「作品」を生み出すことはできない。どんな分野においても、それなりに訓練しなければ第三者が気に入ってくれる作品を作れるようにはならない。絵や音楽ならば誰もが頷くはずだ。文章についてもそうなのだ。
 日本語くらい話せるし書けるのが日本人であり、識字率は100%と言っていい国だから、日本人ならばだれでもが文章を書ける。だから、だれもが書き込みやブログができる。問題は、だからといってそれは面白くはないし、興味深くもないということ。訓練よって必要な技術を身に付けていないからだ当然なのだ。この本では、「書く」ことにもそれなりの訓練が必要であるということを認めない人のことを「バカ、暇人」に含めて注意を促しているのだ。

 ここまで理解すると、この本で指摘されている人はインターネット時代に突然現れたわけではないと気づく。クレーマーは昔からいた。新聞の投書欄やテレビ局にクレームをかける人、あるいは、役所に文句をいう人(大抵は、自分の子供に悪い影響がでないよう社会を修正しようとする母親だったりすが)もそうだ。以前からいた人たちが、インターネットが盛んになったおかげでインターネットにもしみ込んできた、というだけの話なのである。そういう人に迷惑してきた人はこれまでのたくさんいたし、それがネット上の普通の人にまで被害が拡大したということなのだ。それを嘆いても意味がない。社会というのは、同類ばかりの人で満ちているのではないのだから。

 自然界の存在する「特質」というものは、ほぼすべて正規分布する。ほぼすべては普通のものであり、優れているものとダメなものは数が少ない。極めて優れたものと際編めてダメなものは極めて数が少ないのである。となれば、ネットを利用する人のある特質についても同じである。
 その分布は注目している「特質」ごとに異なる。例えば書き込みの内容からバカと判断されるとしても、別のことでは優秀となる人もいるだろう。面白いことを書けない人であっても、楽器の演奏は上手だということがあるかもしれない。ただし、これも経験則と一致するが、大多数の人はどれをとっても普通になるはずである。だからこそ安定した世の中になっているのである。食べ物を食べた後でそれらを栄養分にかえる能力という特質は全員できているのだから、生命として合格。生きていく上で、文章書きなどどうでもいいことだ。それが下手でもどうってことないだろう、という程度の違いである。優秀の人だけを集めて集団をつくれば、その集団のなかで分布が発生するために、その社会のなかで結局優秀な人と劣悪な人が生まれる。きりというものがない。優秀になるために生きているのではない、大切なのは、つまらない争いをどうかわすか。そして、それを理解している人は上手いこと逃げていく。

 この本を読み終えて、別のものが見えてきたような気がする。日本人のクセというよなものがネットを通じて垣間見得るし、閉鎖環境で生きている人々(例えば女子高のなかとかね)では、どんな陰湿ないじめがあるのか想像できるし、なぜ日本人がそろって太平洋戦争に突入していったのかわかるような気がするのである。


2009年1月24日

進化するグーグル

林信行
青春新書INTELLIGENCE
お勧め指数 □□□■■ (3)
購入店 八重洲ブックセンター

 林信行さんの新刊がでた。しかもグーグル。まだマスコミに紹介されていない新しいことはあるんだろうか。
 林信行さんの最近の本はもれなく面白い。アップルの本が多いけど、今度はグーグル。グーグルについては多くの本が店頭に並んでいるけれど、この人ならばちょっと別の見方を教えてくれるだろう。この本はレジに並んでいる間の衝動買いなのだけど、とはいえこのこの程度のことは手に取る瞬間に考えた。
 が、読んでみたら普通の本だった。グーグルの凄さ、グーグルの立ち位置の紹介。この内容は梅田望夫さんの役回りだろう。なにも林信行さんが出版することない。本人の動機で書かれたのかもしれないが、出版社の強い勧めもあったのだろう。
 グーグルがつぎつぎとリリースするサービスにはお驚くし、感心もする。グーグルという会社の自由で闊達な雰囲気は、シリコンバレーを体現していると思っている。シリコンバレーなんて行ったこともないけれど、そういうステレオタイプのイメージをグーグルに抱いている。この本もだいたいそれを裏打ちしてくれている。
 振り返ってかんがみるに、それがグーグルとぼくはどんな関係にあるのかといえば、まったくない。ぼくは単なる一ユーザーである。グーグルのおかげで情報検索の恩恵を受けているは事実だが、文明の利器と言われているものの一つとしてであり、グーグルだけに恩恵を受けているのではない。電気照明やガソリンエンジン一つとっても、グーグルからよりは恩恵を受けている。
 だからグーグルを礼賛するとしても、自分から遠いものを褒め称えるに過ぎない。ミスユニバースは綺麗ですねぇ、という感想と同じものである。だってそうだろう。賢い人たちが、自由に興味あることだけに作業したら、そりゃ凄いものができるだろう。それはそれで感心するが、自分と無関係のものに興奮することはない。だから、この本に紹介されている内容も「ふーん」程度しか興味が持てない。そんなところも、この本がもうひとつだと感じた理由なのだろう。
 
 グーグルの凄いところは、あっという間に成し遂げてしまうところだ。これが50年かかっていいのならば、他の誰かがやってもビックリしない。グーグルは、ある種の「爆発」現象なのだ。今はインターネットの時代だし、Linuxという成功例もあるのだから、ネット上ならば、その成果はこれまでと比較して短期間に成立する。実際できることは凄いけれど、魔法ではない。
 この本を含め、多くのグーグル礼賛者の多くは、この状態が時間的に継続するものだと思っている。少なくとも、読者にはそういう印象を与える文章を書いている。しかし、それはない。「爆発」なのだから、燃料の消費もバカみたいに早い。出てきたのも突然ならば終わるのも突然だろう。今の延長線上にある「やれそうなこと」が尽きたとき、気がつけばいなくなっているのかもしれない。
 悪口として言っているのではない。本来ならば自分一人の人生では目撃できなかったことが、数年で体験までできてしまうのだ。実に愉快なことである。しかしだからといって、人の一生に本質的な変化があるわけではない。すべては「便利になった」ということで括れてしまうインパクトしかない。
 グーグルについて、ぼくが注目しているのは、いつ質が転換するか。今は「多方面」に手をだして、それらのうちいくつかがばか当たりしている状態である。しかし、それらの作品は、これまでのグーグルの作品の隣に陳列できるものである。つまり、違うものではない。ではいつこれまでの作品の隣に陳列できないものがでてくるのだろうか。
 読みながらそんなことを考えた。

2008年12月 3日

情報革命バブルの崩壊

山本一郎
文春新書
お勧め指数 □□□□■ (4)
購入店 amazon.co.jp

 斬込み隊長の新しい本がでた。早速購入。すごい。相変わらず身も蓋もないことを一気にしゃべり倒している。実際に投資で身を立てている人の視点。マスコミが伝える「物語」とはちがう世界がリアルに見えてくる。なんだかんだ言っても机上の空論でしかない大学の諸先生方、煽る事で儲けている評論家の人たちから素人のぼくが学ぶのはむずかしいだろう。ノイズと情報が分離できないのだな。もっとも、斬込隊長の本だって、表現や比喩は個性が強いので、そういうところには惑わされないよう気をつける必要はあるが。
 前作の中国経済についての新書では、文章がするすると頭に入ってきた。それも笑い付きで。ところが今回の本はちがう。一行一行頭に入れる前に考えないといけない。なにが違うんだろうかと考えたのだが、はっきりしない。文体によるものか、比喩によるものか、あるいはテーマによるものか、それら全部によるものか。実際問題、前作のような読みやすさはない。おもしろい比喩やちゃかしは随所にあるから、きっと内容のせいであろう。ともかく、読み通すのに前作と比較して1.5倍くらいの時間がかかった。
 
 新聞を購読する理由がわからない。ぼくは新聞をすべて読み通すことは新聞が配達されていた自分から無かった。だからWEBに上がっている記事程度で十分に間に合っている。新聞紙を使う機会もほとんどないので、自宅では新聞をとる理由がない。もう10年くらい前に止めてそのままだ。そういう人は結構多いだろう。通勤電車で新聞を読んでいる人はそれなりに見かけるが、以前と比較すれば激減しているのではないだろうか。
 新聞を売る事が基本収入である新聞社がいつまでこの家業をつづけられるのだろう。WEBは広告と記事で人を惹きつけているが、広告に集金力があまりないことがだんだんはっきりしてきたそうで、遅かれ早かれこの手の無料記事は消えてなくなるだろう。今のWEBには無料のコンテンツが多いが、それらは最終的には広告が支えてくれている。しかし、あまり広告に力がいことがバレてくれば、WEBもそのうち有料のものが増えてきて、ある意味適切な状態に落ちるだろう。そんなことが書いてあった。
 ちょっと不思議な気がする。インターネットの収入源は広告だそうだ。テレビも広告収入が基本である。広告にはそんなに効果があるのだろうか。ずいぶんと基本に立ち返ってしまう。
 インターネット以前、広告の効果は推測でしかない。影響力があるのは確かだが、だからといって過剰評価しすぎな気がする。みんなが同じテレビを見るような時代なら広告の効果も大きいだろうが、今では一つ一つの広告の効果はあまり多くないのではないか。インターネットの広告を見て商品を買った経験はない。いつもはいろいろな「評判」をもとに候補をしぼる。通販ならば何件かサイトを当たって候補をしぼり、安くて信頼できそうなところで購入する。広告などはみない。
 もっともブログや評価サイトなどには商品販売のための工作員がいるだろうが、少し時間をかけて評判をさぐればその手のものは見透かせる。だから、広告の効果はテレビ程ではないだろう。
 インターネットはマルチメディアのコンテンスを配信できるが、実際それを受信して利用する人はどのくらいいるか。例えば、サイトに音楽を入れることはほとんどない。音楽入りのページは意味迷惑だ。人の印象を決める要素のうち音は大きい比重を示すはずだが、それが使えていないのだ。こんな感じでは、思ったほどの広告効果がでないはずだ。

 この本を読んで、今までうすうす感じていたことが意識に登るようになった。ネット販売や広告、ネットの未来などの物語は結構ウソで化粧されているようだ。
 インターネット一つとってもマスコミの解説はなんだかおかしいみたい。もちろん、この本もマスコミの一部である。が、本が爆発的に売れても数万から数十万部だろうから、テレビに比べるとインパクトはない。だから、そもそもまともな解説が本で展開されるのだろう。まともさは「面白さ」にかけるから、マスコミの中心軸にくることはない。考えるための材料収集はマイナーなところでやったほうがいいようだ。

2008年10月22日

ジェネラル・パーパス・テクノロジー




野口由紀雄+遠藤諭
アスキー新書 70
お勧め指数 □□□■■ (3)
購入店 amazon.co.jp

 共著だけどの野口悠紀雄の本なので買ってみた。この分野での発言は工学側の注意点とは違ったユーザー側の視点から書かれているので、なるほどなと思うことが多い。
 共著ということだが、どの部分をどちらが書いたのか察しがつく。内容は経済とネットの関係、ネットとコンピュータの関係、そして、両者の関係ある。
 ここでいうのもなんだが、取り立てて新しいことが書いてあるとか、説得力があるとか、あるいは、新しい視点から技術が語られているということはない。ちょっとがっかりである。
 ただし、この本のコンセプトとなる一つの視点は明解であり、感銘した。それは、コンピュータという技術は、あらゆることに適用される基幹技術の性質をもっているため一時的な爆発的流行とは別の流れがあり、その流れは、電気を用いた技術の社会への応用にように見えないところでむしろ進行するというようなことである。それをジェネラル・パーパス・テクノロジーと呼ぶのだそうである。
 なるほど。コンピュータ技術の発展は新聞でもテレビでも新商品の広告という形で目にする。しかし、それはコンピュータが与える社会変革の表層でしかなく、どうにもとまらない社会変革の流れは普通の人が見えないところで進行している。
 頷くことはできるが、だからといってそれを見る事ができないために少し怖い思いもある。
 
 また、別の面で気になることもある。今の社会でのコンピュータの利用は、信じがたいくらい多くのコンピュータが電源を付けっぱなしで稼働していることが前提になっている。それはいつまで続けられるのだろうかと、少し疑問である。
 普通の家庭であるぼくの家にも常時稼働しているコンピュータがあるが、これを全世界でやれるものなんだろうか。エネルギーはそんなに使っていいものなんだろうか。
 

2008年7月 4日

わたしだけのホームページを作る本

オブシュキュアインク編
毎日コミュニケーションズ 2400円
お勧め指数 □□□■■ (3)
購入店 amazon.co.jp

 BiNDの本がでていたので購入。コンテストで入賞したベージなどBiNDを使ったサイトの参考例が上げられ、作者のコメント・インタビューがある。本の作りもきれいで、ぱらぱらめくると楽しい。

 しかし、どれだけ参考になるのかと問われるとなんともい得ない。ある意味、Webサイトの原則のような指南が述べられているだけだから。いや、結局のところ、よいサイトを作るには基本に忠実ということしかないのもかもしれないが。

 では参考例となったサイトからは何が得られるか。なるほどなぁと思う。普通の人でもいいせんいくなぁと感心する。同じソフトをつかっている僕は全然なんだな、と自分の立ち位置がわかる。それって大切だけど、それだけじゃ物足りない気もする。では何がないのかと問われても、自分でもわからない。

 つまり、本はいいのだけど、何かが足りない。そして、それが何なのかぼくはわからない。そういう仕上がりの本だ。


2008年5月23日

Inside Steve's Brain

Leander Kahney
Penguin USA 2730円
お勧め指数 □□□□■ (4)
購入店 amazon.co.jp

 ジョブズの考え方というよりも、ジョブズが率いるアップルでのモノづくりのベースになるものを各種メディアの記事、関係者のインタビューを引きながら考察した本。ちょっと前に読んだ林信行の本と被る内容が多い。これ翻訳してくれればそれでいいような気もする。じゃ、林さんが内容をパクったのかといえばそうではなく、Kahneyさんの本の後書きに林さんの名前が謝辞にでているから取材仲間なのだろう。このあたりの状況は全く知らないけど。

 不思議だなぁと思うのだけど、Jobsはビジネス系の知識を学問として学んでいない。そのほとんどが、我流なのではないかと思う。考えてみれば、ほとんどの学問は我流だ。科学だけは、我流の考えを現実に設置する方法をもっているが、ビジネスや社会学などはその方法がない。なんだが頼れそうな気がするかもしれないけど、科学ではない。つまり、評判のよい我流にすぎないわけだ。とうことは、深く考えることを、そして現実を見る目を鍛えることをいとわなければ、ビジネス論などなくていいし、増してや学ぶ必要はないのかもしれない。もちろん、ルールにそって手続きをとる必要があるものは法律と同じ意味で学ぶ必要があるかもしれないが、それ以上の意味はない。となると、なんでまた世の中にはビジネス本があふれているのか不思議な気になる。

 この本は翻訳されるんじゃないかと思う。読むのに時間がかかったけど、翻訳本を読むよりさきに読めたわけで、ちょっと気分がよい。


2008年3月19日

ウェブ時代5つの定理

梅田望夫
文藝春秋 1300円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 名言集をもとに生きることを鼓舞する、というか、働くことを鼓舞する本はこれまでもいろいろあったし、これからもいろいろあるだろうと思うけど、シリコンバレーの良い面を全面にだし、明るく挑戦的に、そして結果的に愉快な人生を送れるように願いを込めた本としてこの本は残るんじゃないか。インターネットがどういう風に変貌していくのかぼくはわからないし、そもそもnobody knowsだろう。だから、インターネットの発展期を背負っているという特殊性はあるけど、それはそれ、物事が上昇していく様は若い人こそ憧れるだろうから、そういう雰囲気に合っていると思う。そういうぼくも、なんだか楽しくなった。

 この本で取り上げられた言葉の発言者、著者は面識があるようだ。本や伝説でしか本人を知らない人よりも、変な思い違いがないぶんだけ信用していいだろう。また、著者も成功した人だし。なんだか、晴れ渡った空を仰ぎ見るような気分がする。


Your time is limited, so don't waste it living someone else's life.
Don't be trapped by dogma -- which is living with the results of other people's thinking.
Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice.
And most important, have the courage to follow your heart and intuition.
They somehow already know what you truly want to become.
Everything else is secondary.

Words by Steven Jobs.

 ぼくはこういう言葉に感動してしまう。さすがだよなぁ、って思う。日本でこんな言葉をはける人はいない。大抵説教だよね。ウソだとおもったら経営者の名言を並べてみればいい。まぁ、それが身の程ということだろう。これまでの日本がそうなんだから、その上にのっている自分も、まぁ、そんな感じなんだろうけど、それでも、青空を仰ぎ見るのは気持ちいいと思う。だったら、それいいでいいじゃないか。

 まったく、この本の紹介にも感想にもなっていないけど、名言集だから要約しても引用してもあまり意味がないと思う。

 で、自分が好きなことばといえば、

I try to work on things that won't happen unless I do them. --- Bill Joy

 まったっくもってそうしたい。失敗してもいいじゃん。単に「自分の」人生が失敗するだけで、他の人が失敗するわけではない。だったら、ぼくはこの言葉を信じていきたい。


2007年12月16日

ウェブ時代をゆく

梅田望夫
ちくま新書 777円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 梅田さんのメッセージはシンプルである。

 ネット上にできた「学習の高速道路」は、リアル世界での物理的な「距離」ゆえのハンディをなくしてしまった。「対象をどれだけ好きなのか」「対象にどれだけ没頭できるのか」という実にシンプルな競争原理が誰の前にも敷かれ、やる気のある人ならどこまでも伸びていける自由な環境が生まれたのである。

 確かにそうで、今の若者もそれを目指す人がたくさんいるという仮定で話をすすめている。が、しかし。梅田さんは普通の大学生なり若者なりをどこまで認識しているのだろうか。30代後半から40代の世代ならば、梅田さんの抱く若者像に期待することが出来るだろう。しかし、だ。実際には現在においての普通の大学はまったく大学として機能していないに近いし、そもそも、「ふつうの学生」を探すのはかなり厳しい状態になりつつある。そんななかで、前向きに勉強して夢をつかもう、という全うな考えをもちえる人は絶滅危惧種なのではないか。もっといえば、そんな日本人の若者、どこにいるんだ?

 そんな悲観的な。私もそう思いたい。実際この本を購入して感銘を受けている世代って、どの世代なんだろうか?30代ではないのだろうか。確かに一部の大学の一部のグループには期待できるひとがいる。しかし、大学自体が「Winner takes all」になってしまいつつあるので、ほとんどの、90%以上の大学ではこの本が対象とする若者は存在しないんじゃないか。なんとも、もったいない話である。もう、20年まえにネットが今のようになっており、梅田さんの本がでていれば、違う日本になったかもしれない。いかんせん、登場するには時期が遅すぎた。

 そう考えると、このメッセージは日本よりも韓国や中国などのこれからの国へのメッセージとして適しているだろう。だから、この本は日本よりもそっちの国のほうがよっぽど有効だろうなと思う。

2007年7月23日

携帯電話はなぜつながるのか

中嶋 信生+有田 武美
日経BP社 2520円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 以前から疑問に思っていた。携帯に着信があったとき、ふっと考えていた。電話局はオレの電話だけ鳴らすことはできないはずで、非常にたくさんの電話を呼び出しているはずだ。しかも、呼び出されるオレは九州にいるか北海道にいるかもわからないはず。だったら日本全国を探すのだろうか? 何か工夫された方法があるはずだとは思っていたが、ホームメモリなる仕組みを使っていたとは知らなかった。この本は、そういう素朴な質問からそれなりに高度な内容までカバーしてくれる本です。ちょっと知りたいなぁというときにWWWを漁るのは一つの方法ですが、短時間でこの本なみの内容をカバーするには本がよいと実感する。

 この本の紹介はあるブロガーの記事にあった。評価が高かったので気になっていた。しかし、値段がそれなりにするし、買いそびれていた。週末、やっぱり買おうと思って購入した。結果的には対価に見合う知識を得たのだが、僕が読んだブロガーがうらやましくなった。彼は出版社から「献本」されているんですよね。いいよなぁ。まぁ、でも、その人への献本は結果的に私のような購入者を生んだのだから出版社のもくろみはあったのだが。
 知識を仕入れるときには「時期」を無視してはいけない。今ちょうど携帯に興味がある。そういう人は読んで見るとよい。3日もすると、別の物に興味をもってしまい2度と携帯の知識を得る機会は巡ってこないかもしれないし。

2007年7月 1日

2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?

ひろゆき(西村博之)
扶桑社新書 740円
この人と話すと自分がアホであることを痛感させられそうだ。
お勧め指数 □□□□□ (5)

 養老孟司と同じように「語りによる」新書である。大丈夫かなと不安になったが、数ページ読んでみればこの人のスマートさに気付き、話に引き込まれる。2chってのはこういう人が立ち上げたのか。ひろゆきさんと話をすると自分がバカにみえてくるから嫌になると言われているそうだが、おそらくホントだろう。読んでいるだけなのに自分がバカに思えてくる。このあたりは、対談者二人のうちの一人目の方を読むとあからさまにわかる。一般の人(非プログラマー)の人にもついていける話だけに、対談者は損をしている。かわいそうなくらいだ。
 Web2.0ってなんですか? オライリーの有名な論文をよんでもピンと来ない。明確な定義があるようでない。時流と関係のない人が純粋な論理として読んでみれば「Web2.0って、わけわからない」ということになるはずである。ところが、多くの人が、それもコンピュータを得意に思っている人たちが、さらにはマスコミが、本屋さんのコンピュータコーナーに並んでいる本のタイトルが「Web 2.0ってすごい」を連呼している。だから、本当にそんなものがあると信じてしまう。本書ではWeb2.0を「裸の大様」扱いをしている。ひろゆきは、そんなものはない、気分の問題なんじゃないかと表明している。そして、その理由を話してくれている。読むと確かにWeb2.0って「doesn't make sense」であろうと納得する。すくなくとも定義がない、あるいは人によって違いすぎていることを知る。
 雰囲気に流されるのは「知ったかぶり」の行動である。それは「自分が知らないことがバレる、自分がアホだと思われる」に対する恐怖への防御行為である。しかし、ひろゆきは執拗に疑問を口にする。このような態度を取れる理由は「冷静に考えればそれはない」と判断する自分に信頼を置いているからである。大抵の人がそういうそうゆうたぐいの表明をしても、大抵「反証」が提示されてしまう。自分が真実であると論理的に判断したものが誤りであることがバレてしまう。そんな経験が積み重なるにつれ自分が信用できなくなる。P109ページのひろゆきの目をみてみるとよい。対談相手にこんな目をされたら、大抵びびるだろう。この人は失敗した事がないような気がする。

 個人的に一番好きなやり取りはこれである。


ウェブ進化論』の梅田さんに対して、カリスマプログラマーである小飼弾さんが、ブログ上で、「それで、梅田さんは、『はてな』でどんなコードを書いたの?」という反論をしていました。僕もそれだと思うのです。
 技術者でない人間が技術を評価するというのは、医者でない人間が下した「この医者の技術はすごい」という評価があまり納得できないのに似ています。医者同士で、その技術について語り合ったら、いったいどうなの? ということと同じです。本当に技術を理解して褒めているのであれば、それがどこなのかを教えて欲しい。もし、理解もしていないのに褒めているのであれば、それは手品師を見てすごいと言っているのと、あまり変わらない。

 長い間表現したかった言葉を見つけた。それだ。評価できるのは自分の理解できる範囲である。また、そのスコープが必要なのだ。もし、はてなのサービスあるいはそれを受ける人の印象にについて「すばらしい」という話ならばよい。しかし、そのサービスを支える技術については理解していないからわからないか、あるいは触れる必要がない。レイヤーを切ってしまえばいい。
 自分の良く知っている仕事場で受ける違和感の原因はこれなのだ。サービスの話か、技術の話か。サービスを褒めるならば問題ない。が、技術について評論するな。こう言い換えてもいいだろう。理解していない技術を評価するな。それは「ミスター・マリックの浮遊や壁抜けは一流の工学的な技術であり、素晴らしいものだ」と工学関係の学会で表明するのようなものだ。手品エンターテイメントとしては素晴らしいし、それは人を幸せにしていることには異論ないが、それを支えているものに対する評価はトリックを理解していないのだからするな。今度からそういう態度を取ろう(全く個人的な話だが)。
 しかし、一歩間違うとネガティブな領域に入ってしまう。お前は技術者じゃないのだから黙っていろ。薬害エイズでの悪党「阿部」という医者が徹底的にこれだった。新聞記者に向かって「お前は医者か? 違うなら黙っていろ」という態度をとって巨悪になった。結局は、監査できるかどうかによる。監査ができないなら市場原理にさらせばいい。プログラマーの人たちが「技術者以外はだまっている」といえる根拠は、最終製品が使えないなら別のものを選べる、という状況が保証されているからだ。あるいは、その状況が保証されていないなら「技術者以外が口をだすな」と言ってはいけない(対偶)。

 なにはともあれ、この本は読んで損はない。できれば梅田×ひろうきという対談本を読んでみたいものだ。

 どうでもいいけど、この本のタイトルは「さおだけ屋は〜」来ているんだろうなぁ。




2007年6月10日

できる100ワザ・アフェリエート

小林智子+杉村崇+和田亜希子+できるシリーズ編集部
インプレス 1500円
お勧め指数 □□■■■ (2)

 アフェリエートって一体何なのか。実際ちょっとやってみるか。そう考えていた時期に購入した。内容は親切丁寧で、この本の想定顧客層の人ならば満足するように編集されている。ただし、少しターゲットから外れた人には、もう一つ感が否めない。おれ、商品紹介サイトを作りたいわけではない。そういう気分になるから。

 せっかくブログを開始したいので、広告を貼り付けてみたい。それでどんな金銭のやり取りが生まれるのか体験してみたい。そういう人が不安に思いながら読み始めるにはちょっとピントずれになる。この本は「商品を紹介するサイト」を作りたい人向けなので、GoogleAdSensとかについての解説書ではないので、ごくわずかにしかない。思えば、その程度の知識に本の購入は必要なかったかもしれない。

 とはいえ、何かを始める前には何が結果的に役に立つのか知りようがない。もし、ウエブについてあまりしないで、商品紹介サイトを立ち上げたいという人がいたらこの本は完璧に役立つ。私はそうではないので、失敗した。アマゾンでの衝動買いには失敗は避けて通れない。書店でだったら買わなかったと思う。

2007年6月 5日

フューチャリスト宣言

梅田望夫+茂木健一郎
ちくま新書 700円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 梅田望夫と茂木健一郎の対談。どちらの話が優勢か。クオリアになるのかネットになるのか。どちらの話に力が入るのだろう。結果はインターネットの方であった。ブログやネットの可能性を両者は信じているし、実際そうなんだと思う。いつものは、このような手放しの賛歌には気分がよくなっていたのだが、今回は気になる事もある。

茂木 ネットの上での新しいライフスタイルという意味では、中途半端なオタクもダメですよね。梅田さんがよくかかれているように、朝から晩まで大好きなプログラミングをやっていたいと心から思っている人、そういうギークやナードは、僕は好きなんだけど。でも、中途半端なものに対してはものすごく怒りを覚える。
梅田 中途半端だとサバイブできない時代になってくると思いますよ。というのは、ギークやナードでもギーク・オブ・ギークみたいなものでないと、今後はどんどん凡庸な存在になっていくというコモディティ化の問題が常におきます。

 要するに極端になれ、でないと存在の意味はない。そう読めてしまう。いままではそうだよな、と思っていた。でも今は、本当にそうなのかと疑問に思う。中途半端に「好き」ということが許されないのだろうか。なぜ、飯を食べるよりも好きにならないといけないのだろうか。それでは、生き残れない。つまり、そんな人の価値はない、茂木健一郎は死んでしまえと主張している。

 しかし、社会の構成要因である大多数の人は普通の人だし、その人たちは時代を変えるようなことをしない。それなりに夢をもって、自分の置かれた状況と折り合いをつけながらちょっとでも楽しい事をしようとしている。この二人にあっては、普通の人はどうでもよい存在なのだから、何もするなといっている。
 そんなフューチャなんて要らない。

 以前は二人とももうちょっと常人の感覚を持っていたのだが、彼ら自身が「技術」に取り込まれている。本人は自分の意思でやっているのかもしれないけど、社会の人のために主張しているのではない。自己目的化の要素になっている。

 いやなことを無理にやっていても、脳は絶対に変わらない。逆に言うと、ドーパミンの上流に何を持ってくるかに関しては、ものすごく自由度が与えられているんですよ。そう考えると、人生が突然楽しくなってこない? 普通は、「ああ、俺いま学生時代で自由に遊んでいくのに、社会にでたら仕事しなくちゃいけないのか。土日以外はずっと仕事か、なんだかいやだな、灰色だな」なんて思っていたりするじゃない。そうでなくて、灰色であるはずの月曜から金曜までの時間の流れがすべて「蜜の味」になるとしたら。そういう素晴らしいことが可能で、逆に、そういう人しか、本当の意味でのプロフェッショナルになれいないんですよ。

 確かにその通り。しかし、これまでもほんの一握りの人しか社会を変えてこなかったし、それしかできなかったという歴史がある。茂木健一郎のいう通りにほんの一握りのプロフェッショナルで社会全体が支えられるのか、できたとしても支えられる側の人が生きていけなければ、そもそもそんなものはどうでもいいような気がする。

 自分の言っていることが極端であればあるほど、自己陶酔に落ちる。そこには現実感はなく、ただあるパラメータを極限にふっていくときの高揚感しかない。著者の2人ほどの人でも、そういう罠にかかる。これまでの人類の歴史は、良くなっていく途中におかしくなる前兆が紛れ込んでいた。なんか、危うい気がする。

2006年12月20日

ウェブ人間論

梅田 望夫
新潮新書 714円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 平野啓一郎さんとの対談。「ウェブ進化論」を読んだとき何かしなきゃと焦ったのだが、この対談でもブログ更新しようと思った。このような識者が二人して10時間以上も話しあうくらいのインターネットだから、インターネットはすごいのだろう。そうであることに反論するつもりはないが、実はピンと来てない自分が恥ずかしい。

 「質」をうんぬんするほどの情報を普通の人が発信できるとはあまり信じられない。だって、作文だってろくに書く機会がなかったはずななのに。何もないよりもいいだろう、という程度のブログならば私でも更新できる。その程度だ。この二人が語っているウェッブの情報って、結局普通の人が作っているブログとは違うものをさしているのだろう。だとすれば、実際問題、彼らの発言はウェッブの本の一握りをさしているだけ。googleの検索結果の100番以降の結果のようなページは誰も見ないと梅田さんは言し、確かにそうなんだけど、でも、100番までに入るページってウェッブを代表しているページじゃないよな。

 まぁ、識者と思われる方がどうネットをみているのかが分かる一冊でした。ちゃんとした書評ならば、このページなんかいいのでは?
極東ブログ


2006年10月27日

けなす技術

山本一郎
ソフトバンクパブリッシング 1575円
お勧め指数 □□■■■ (2)

 けなす技術といっても、それが主題の本ではない。どちからといえば、山本さんのブログ調の語りを集めた本であって、いや、ブログで書いているブログ論をまとめたようなものになっている。「こうけなすとよい」などという本ではない。私はてっきり後者だとおもったのだが、編集者に乗せられてしまった。

 ブログって、ただ続けるのでも意味がある。いや、他人様にとって意味があるのではなく、作者にとって+の経験になるという意味ではある。この本でも、続けることについてちょっと言及しているのだ。ただし、書くこと以上に(他人様の書いたものを)読むことをすすめている。だから、自分にしか興味がない人へは効果がないかもしれない。残りの内容は、これといって「へぇ」と思ったところは少ない。皮肉交じりの口調での、評論と経験談である。さらにいうと、紙面をうめている感のある箇所もある。全体的には買いとは言えないかな。プログを購読しているのならば、それで十分でしょう。

2006年9月 8日

How to Use Flickr

Richard Giles
THOMSON 24.99USD
お勧め指数 □□□□■ (4)

 フリッカーのことが知りたくてマニュアルを探したのだけど、洋書しか出版されていなかった。2冊しか選択肢がなかったので、書評のよい方を購入してみた。洋書しかないアプリが気になるなど、ずいぶんと久しぶりのような気がする。

 Flickrサイトへの登録、初歩的な使い方、ツール類の紹介が読みやすく書かれている。キーとなる人やプログラマ、ユーザなどのインタビューもたくさんある。すべての人に同じ質問をしているので、人によってフリッカーのとらえ方や気に入っている場所などがいろいろあって面白い。ほとんどの人が、アクセスが簡単なこと、APIが公開されているので参加しやすいことを上げている。

 フリッカーというサイトは、言ってみれば写真をアップしてそれをタグでマークアップして世界中の人と共有するというものなのだけど、使っていると楽しい。プロっぽい写真もたくさんあるし、素人っぽいものもたくさんある。まぐれで撮れたのだろうものもある。また、写真の共有方法やグループでの遊び方など、たくさん利用用法が考えられるサイトだ。そのあたりをこの本はうまく伝えている。そもそも、フリッカーが好きな人が書いている本だから、読んでいるうちにこちらも好きになってしまうのかもしれない。

2006年8月18日

YouTube 動画共有サイト完全攻略ガイド

アスキームック 990円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 YouTubeにアカウントをつくってみたい。だけど、英語サイトだし登録のときに何か勘違いして失敗するのは嫌だ。そういう人向けのガイドブック。値段も手ごろだから「ネットで解説ページを探す手間を省く」ために購入してもいいかな。そう思って購入してみた。

 内容は想像していたとおりである。登録手続やページ構成について日本語での注釈がでている。私は保険として買った。ざっと全部に目を通しても大した時間がかからない。また、YouTubeの画像をファイルとして保存する方法や再生方法について書かれていた。これらはgoogleで探すばでてくるとおもうけど、まぁ、「アスキー」の本だし信用置けるだろうし、効率もよい方法なのだろうということで、安直に知識を仕入れられる。そんな人には向いているかな。ただし、英語が普通に読めるか、ネットワークで検索することをおっくうに思わない人であれば、この本を購入する必要はないでしょう。

2006年8月 5日

はてなダイアリー

水野貴明
MYCOM朝日コミュニケーションズ 1600円
お勧め指数 □□■■■ (2)

 はてな、というサイトに興味をもった。そこにブログを立ててみたのだが、なにかよくわからない。いや、文章を入力するだけならばなんとかなるのだが、はてなの他のサービスと連携するようなことがよくわからないのだ。そういう機能がきっとあるはず。さて、何か情報がないかとネットを探したが要領を得ない。しかなたいので本を探してみた。それがこれ。
 はてなダイアリーにはタグがつけやすくなっているということか。他のサービスと大きな連携機能はないようですね。わずかな金額を毎月支払えば、「容量」関係の制約はなくなる。そんなことがわかった。さて、しばらく使い込んでみようかな。

2006年6月10日

ウェブ進化論

梅田望夫
筑摩書房: 740円
お勧め指数: □□□□□ (5)

"世界政府っていうものが仮にあるとして、そこで開発しなければならないはずのシステムは全部グーグルで作ろう。それが、グーグルの開発陣に与えられているミッションなんだよね。"

Web2.0というキーワードがささやかれている中、確固とした魅力的なポリシーをかかげているのがグーグルである。言葉で議論する人たちを尻目に、具体的な結果をもとに世界を変えていく。リチャード・ブランソンのようである。

一般的に、頭の良い人はうだうだいう。偉そうな御託を並べるが、実際問題なにもできない。できても糞みたいなものがほとんどである。彼の真の同期は、「俺はすごい」ということを広めたいだけなのだが。巷で跋扈している「クリエーター」もほとんどがそう。そんな人が口にするWeb2.0という言葉は忘れてよいだろう。

Web2.0ではサービスをパブリックに開放し、開放されたサービスを内部に組み込んで別のサービスを提供するという連鎖が存在する。そんな解説記事を読むよりも、本書を読んだ方よいだろう。私も、Web2.0という考え方に魅了されている。

2006年4月16日

グーグル完全活用本

創藝舎
知的生きかた文庫: 600円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 Googleの解説本。知っているようで知らないことがおおいなぁと感心しました。毎日使っているとは言え、単語をいれてクリックしているだけ。マイナス検索なんてものすら知らなかったのだから、Googleの能力を引き出していなかったということを知りました。

 計算機に強い、おれは毎日使っているので、こんな初心者本など読む必要ない。そう思っている人ほど見てみた方がいいですよ。本当に使い倒している人には必要ないのですけど、80%以上はマイナス検索すら知らないでしょうから。濃くできる程度の便利な使い方が満載しています。この本を読んでみて、知っていることでもゼロから学んでみれば新しい発見があるのだと思い知りました。

2006年2月 9日

ブログのもと

永沢和義
朝日コミュニケーションズ: 1680円
お勧め指数: □■■■■ (1)

 ブログについて学びたいなぁと思っていたところに、アマゾンの広告で引っ掛かった本。「続けることが大切」のような、ちょっとしたエッセイなのかなと思ってネットで購入。結果的には失敗。
 本として悪いものではないです。ブログを始めようという人には、ブログシステムのサイトの使い方まで説明されていますし、挿し絵も「萌え」ですから、取っつきやすいでしょう。ただし、電車の中で読むには適さないです、私の場合には。

 この本の作成方法について、なるほどと思いました。ブログをつかったそうです。各ブロックごとに書いていく。編集者はそれをみる。修正などを加える。構成を変更するには記事の日付を変更することで前後を入れ替えていく。ブログの運営者だからこそできる技でしょう。読みやすいと思います。だたし、私は面白いとは感じませんでした。

2005年12月 3日

アルファブロガー

フューチャープラニングネットワーク
翔泳社: 1500円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 アルファブロガーと呼ばれる人気ブログサイトの著者へのインタビュー集。どのような人がいつどれくらいの時間をかけてブログを更新しているのかについて知ることができる。もっとも、インタビューなので、意識的、無意識的に脚色しているところがあるのかもしれないことは当然なので、それは加味して読む。

 まず、これらの人のブログを見た。ブログとは独り言なのかと思っていた(真鍋かをりさんのように)。しかし、完全に個人で立ち上げているものであっても、情報収集も論点もはっきりしている「記事」のようなものが存在するのだ。記者が書いているようなものは「ブログ」とは言えない(それは、記事)けれど、個人の趣味で作成したものとしてならば、質が高い。こんなブログは、どうやって書くのだろうか?

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Movable Typeで今日から始めるカスタムブログ

岡田庄司
秀和システム: 2800円
お勧め指数: □□□□■ (4)

ブログといえばSix ApartのMovable Typeが定番ということだ。定番ならばフリーではないのだろう。それなのに、結構な量の解説本が出版されている。Movable Typeは相当難しい設定が必要なのだろう。
 ところが違うようだ。ユーザ数を限定すればMovable Typeはフリーだし、個人ユースのライセンスならば8000円で入手できる。また、設定もCGI経由で、しかも日本語化されている。思った以上にすんなりサーバに導入できた。
 すんなりできたのは、実はこの本のおかけ。もし、この本でインストールの基本を読んでいないならば、おそらく導入できなかったか、相当時間がかかったでしょう。だから、この本には感謝しています。

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2005年9月11日

真鍋かをりのココだけの話し

真鍋かをり
インフォバーン: 1300円
お勧め指数: □■■■■ (1)

 真鍋かおりさんのブログの本。アマゾンで古田選手の推薦(帯の広告?)を見かけたので購入してみた。比較的「利発系のアイドル」というカテゴリーに分類される真鍋さんだが、どんなブログなんだろうか?と思い読んでみた。

 20代女性の日常的な思いが綴ってあるもので、FM放送で自分の日常を語っている番組を聞いているような、BGMのようなものでした。それぞれ、仕事が大変だという面もあるし、楽しそうな日々も感じ取れますし、人間だけあってアイドルといえども落ち込むこともあるんだぁということを知りました。

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2005年2月26日

よくわかるXMLの基礎

サイモン・セイントローレント
日経BP 2470円
★★☆☆☆

 XMLのDTDの意味(文法、その利用法)説明が主体。よって、この本はある程度XMLを知っている人向き。また、書かれた時代が古いことと的確とは言えない説明が多いため、「よくわかる」とは言えない本である。
 読者の期待(目的)(XMLとは何か、その利用のメリットは何か、具体例はあるか)と本書の意図がずれている。これが分かりにくい原因だろう。

 しつこくDTDの説明やサンプルを見ているうちに、XMLはDTDのインスタンスであるというメッセージが理解できた。つまり、こういうことだ。
(1) XMLを使うことは議論の対象にならない。
(2) それよりも、DTDを定義して、それをもとにデータ交換を行う意志があるのか、もっといえば、DTDが定義できる問題を自分はあつかっているのか、ということをまず考えるべきであろう。

2005年2月22日

よくわかる!ソーシャル・ネットワーキング

山崎秀夫・山田政弘
ソフトバンク・パブリッシング 1600円
★★★☆☆

 ソーシャル・ネットワーキングとはなにか。人と人をつなぐための道具。人付き合いがいやな人間があつまって形成された、あるいは、人影から中傷しあうという本質的に人付き合いができない人の寄り集まりであるネットワークに嫌気がさした人が「安全」な社会をネットワーク上につくった。信頼できる人からの紹介がなければその社会に入ることができない。覆面やろうではなく、素顔のままで人格的な振舞いを要求させるネットワーク・コミュニティーをそう呼ぶらしい。

 一方で、Googleがもくろんでいるような「検索エンジン」に人脈と暗黙知をインプリメントするための道具立てのような意味もある。人間のネットワークを計算機上に載せる。うまくすれば、信頼のおける「人脈」が検索できるのだ。だれだれの知りあい、だれだれの紹介。だれだれが信頼できれば、検索に意味でてくる。そのように、いったん人間を検索対象におとせれば、その人間の特徴として「暗黙知」すら検索対象にすることができる。

 アンチ2CHという程度での理解、オフ会メインの友達形成サイトという理解では、結果的に自律的に形成される機能を見落としてしまう。人が考えてやることは、自己組織化、機能の進化がかならず見受けられるので、じつに面白い。

 しかし、私には紹介者がないので、実際のソーシャルネットというのがどんなのだか見れない。ちょっと残念。おそらく、掲示板システムのようなものだと思うけど。

2005年2月19日

図解でわかるXMLのすべて

高橋麻奈
日本実業出版社 1800円
★★★★☆

 XMLについて、簡単にして完備な説明本。取っ付きやすさでは定評のある著者の本だけある。今ひとつピンと来ないXMLを知るための第一歩として、この本は最適ではないか。XMLだけでなく、それに関連する事柄を網羅している。DTDやスキーマ、XSL、DOM、JAVA、DBについて、見開き2ページで図入りで紹介している。

 3年くらい前に購入して、ほったらかしに成っていた。もっと前に読めばよかったのだが、当時の私には興味があっただけで必然は無かった。だからダメだったのだ。今、少しXMLについて頭を整理する必要があったので、通勤電車で読んでみたのだが、とても分かりやすかった。というより、この本で一番難しいのはDTDの定義であろうから、本質的に簡単なことしか書いていない。すでに4年前の情報なので古いといえば古いので、別の方法で知識をアップデートする必要はある。