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稲妻

成瀬巳喜男
角川エンタテインメント
お勧め指数 □□□□□ (5)


いい映画だった。
日本映画だから全体的に暗い感じのまま結末になるんだと思っていたが、ちょっとちがった。

下町の人らしさとは何か。
一言では言えない。
大抵は寅さん的なものということで意見が一致するだろう。
それこそ「お決まりの」典型的なもの。
その描き方に反論はない。
多くの東京の下町の人がそうだったのだろうから。
この映画での登場人物の心情も寅さんと地続きなので理解できる。
と同時に、下町の人が世田谷の人に抱く印象も、この映画の描くような感じと概ねあっている。
だが、現実にはどちらもファンターなんだだろうけど。

昔ぼくが実際見たものの近いものが映像に多くあった。
下町の商店街のお店でのシーン。
店の中から通りを見ると、店よりも外が明るく、舗装されない道を歩く人がいる。
これも寅さん映画でよくみるシーン。
店の中から外をうかがう人の心情までもなんとなく想像できる。
「ちょっと見てくるから、店番してて」といって、高峰秀子が一人残される。
自分が残されたような、こころもとない気分になる。
無音のまま場面が変わる。
こういう何気ないシーンを結構気にいってる。

ぼくが現在生活している街の昔の風景を映像で見ることができる。
それだけで、不思議なことだがワクワクする。
両国橋、国技館と隅田川沿いが映る。
清洲橋の素晴らしい風景。
あるいは銀座中央通り。
交通標識に英語が残っている。
占領下の日本の様子、映画のなかでもあまり見た事がないことに気づく。

この時代の女性の目標は現代において達成されている。
高い教養を身につけ、自活して生きていく。
この映画はこういう女性を描いている。
しかし、現実はそうならない。
自分の理想から大分遠ざかっている下町の人たちの中で暮らしている主人公は、なかなか思い通りには物事がはこばない。
そんなところに、世俗を代表するような男との縁談が持ち上がる。

この映画のどういうところに感動したのだろう。
粗筋をたどるだけなら、なんとなく想像できそうな映画だから。
トリックもミステリーもサスペンスもない。現代に移し替えてドラマにする企画自体が通らないくらい、なにもない日常。
それでも、設定した時代と役者さんとがあうと、素晴らしいなぁと感じる。
なぜなんだろう。
不思議な気分になる。

映画の要素と全体の印象の関係はどうなっているのか。
脚本がスバ抜けているわけではないし、演技が優れているわけでもないし、映像が美しいわけでもないように感じる。
それでも、全体として「いい映画だなぁ」という気分になれる。
個々の要素を足し合わせたものが全体になるわけではないのだな、とあらためて納得する。

自分が生きている時代よりも昔は、「過去」という一つのものとして考えてしまいがちになる。
過去はそれよりも過去から変化してきたのか。
ごく普通の人だって、個々の制約の中で「こうなりたいなぁ」というおぼろげであっても目標があり、それを目標にして生活してきたんだ。
当たり前なことではあるのだが、そう気がついた。

古代ローマなんていう古代のことを知るのはある種のフィクションを楽しむ気持ちがあるのだが、近い過去つまり自分の親が若かった頃の映画をみると、自分の過去が少しだけ引き伸ばされたような感覚をもてる。

芸術を楽しもうなどのような高尚な目的とは無関係に、この時代の映画を見るのは自分の視野が広がるから、入手できるかぎりDVDを見てみよう。