ETS-VIIで宇宙ロボットを操作する

 職業は宇宙開発。強く念じたことが実現する、ということもあるようです。

 偶然といえなくもありませんが、結果的に仕事として宇宙の分野で働けることになりました。エンジニアを志望し、工学博士までとったからには「作る方」の側にまわりたい。宇宙飛行士になって有名になることなんてどうでもよい。そんな気分でした。当時のNASDA(宇宙開発事業団)では博士号取得者を新卒で取る例はなかったそうです。98年から新規採用枠に博士が登場したということでした。もう、ホントに誰かが後ろで手を回していたかのような気分がします。二浪一流一飛び級さらには先生の着任という偶然をいくつも重ねないとたどり着けない職業なんですけど、この時点では達成です。それ以後、ぼくは「意志あるところに本当に道は開ける」と確信しています。今でもそのように答えます。

ETS-VII、またの名をおりひめ・ひこぼし

 配属先はETS-VIIプロジェクトというところでした。ぼくが入社後配属されたときに、その衛星は軌道上にロケット運ばれ、ちょうど運用が始まったばかりというタイミングでした。担当は「宇宙ロボット」ということです。この衛星の目的は、宇宙ロボットを実際宇宙で使えるものなのか確認することと、一台の衛星が軌道上で2台に分離してそれぞれ宇宙を飛行したあとで合体するというものでした。これら2つの技術は、日本が提供する宇宙ステーションの一部で使われる(ロボットアームとHTV補給機)ことになっていまして、事前にそのための操作技術をこの衛星を使って確認することが目的でした。

 ぼくは博士論文で宇宙ロボットの遠隔操作を研究していたためにお呼びがかかったのでしょう。当時の仕事内容はぼくにとって嫌な事などなに一つない「愉快な行為」でした(^-^)/。

E7.jpgひこぼし(左)とおりひめ(右)
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クリックすると拡大します。今はずいぶんと偉くなってしまわれた人が写っている(笑)。VRに興じているのはぼく。

小型衛星の開発現場に佇む

 ETS-VIIのプロジェクトが終了した後、1年ほど宇宙科学研究所の小型衛星プロジェクトに研究員として働きました。給料は宇宙開発事業団が支払ってくれるのだけど職場は宇宙科学研究所であり、そこでINDEXという小型科学衛星の姿勢制御ソフトウエアを書くことになったのです。ぼくはソフトウエアを書くことが好きだし、姿勢運動は修士論文を書きましたので何をするのかはわかっています。だからその話を耳にしたときに即時に強い希望を出しました。それが功を奏したのでした。

 ETS-VIIのプロジェクトでは衛星搭載ロボットアームをつかった実験を提案し、運用し、結果を整理して論文を書き、と大学時代と同じような生活をエンジョイしてました。しかし、そういうことは宇宙開発事業団の仕事として「例外中の例外」だそうで、普通は会議と予算にまつわることしかやることないのが現実でした。ぼくはそういうことをやらないで来れましたが、この先どうなるかわかりません。だから、今後どうしようか悩んでました。ここでまた、幸運の女神がぼくの前に舞い降りてくれたのです。

仕事は「見ていること」

 幸福な一年を宇宙科学研究所で過ごしたあと、筑波で小型衛星を開発している小さなグループに所属することになりました。これまで相模原で小型衛星のプログラムを作っていた実積がありますし、一応は博士号を持っているという事実がある。なので即戦力の自信はあったのですが、マイクロスペース研究室(通称マイクロ研)では何かをさせてもらえることはついにありませんでした。なんといまいましい。

 というのは、マイクロ研で作成した衛星の1号機が1年後に打ち上がる直前の段階にあり、この時期に新しい人が入ってきてせっかくのグループに不調和な影響を与えたくない。そういう理由から研究室の室長はぼくに「何もしないでくれ」と言われたのでしょう。ぼくはその意味が分かる程度にはオトナだったので、適当に一年過ごしました。これが実はあとあと不幸の始まりなんですけど、そのときは外にすることがなかったのです。

 その衛星は無事に軌道に上がりました。しかしなんですよね、一番働けるぞ、という時期になにもできないのは辛かった。しかし、それをした。ぼくは何もしないというタスクを全うしました。そこで同時に時間を捨てることほど不幸で愚かな生き方はないことも悟りました。

本社へ飛ばされる

 いつまでもここにはいられないと思っていた矢先、宇宙科学研究所から「移ってきて、一緒にINDEXをやらないか」という話を頂いきました。また、幸福の女神はこっちを向いてくれました。これを逃さないぞとばかり即効そうなるよう根回しをしました。それがつくばの偉い人から睨まれる原因となり、本社企画部というところに飛ばされることになりました。本社勤務ですから「栄転」なのかもしれませんが、そんなことをやるために十年間大学で勉強したわけではありません。ただどうにもならないのがサラリーマンです。塞翁が馬ということもあるし、社会経験もいいなと思いなおして、技術や研究から役所対応という別世界へ移ることになりました。もちろん、本社とは役所とは、ということを生で感じましたので今では貴重な経験ですけど、もう二度と起きないで欲しいと思っています。

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1997.03.31
宇宙開発事業団に入社
1998.05.01
軌道上システム本部衛星システム技術部ETS-VII型プロジェクトに配属
2000.04.01
技術研究本部先端ミッション研究センターに異動
2001.10.01
技術研究本部先端ミッション研究センターマイクロスペースシステム研究室に異動
2003.04.01
企画部企画課に異動

DSCN6532.JPG当時のWWWサイトはリンク切ればかり。

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