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逆説の日本史(4) 中世鳴動編

井沢元彦
小学館文庫 619円
★★★★☆

 汚れと穢れはちがう。穢れは目に見えない。洗い落とせない。物理化学的なものではない。他人のハシは穢れている。洗っても、だめなのだ。これも、日本人を考える上での外すことのできない特徴。これを知らないと、「なぜ、抗菌コート」があるのかわからなくなる。抗菌コートは汚れ防止ではない。穢れにたいする絶望的な防衛なのである。

 「経済的に豊かになると、ハングリーな部分が消え、代わりにケガレ思想が頭をもたげてくる。中国には「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるが、日本は「衣食足りてケガレを嫌う」のである。」

 高度成長期に「抗菌」なんてなかった。

 しかし、ハシの件だけを自分について考えれば、ケガレは「意識ではどうにもならない感情・情念として生成してきてしまう」ものである。理性ではなく、感情なのだ。そして、それが私の「差別感」と直結していて、間接的とは言え、自分の行動にも影響している。
 だからどうにかできる、というものではない。しかし、それに気づいた。だから、それを放置することは許されない。自分を変えるポイント、あるいは、評価軸が見えてきた。

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