日本人とユダヤ人
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イザヤ・ベンダサン 山本七平の日本教徒論です。文句なしの本です。知識を消化するとは、このような思考活動をさすのでしょう。よく、このような本を著すことができる、とため息がもれます。恐らく、私とは全く別次元の脳を持っているのだとわかります。かなわん。 ごく普通の日本人がもつ世界に対する認識(いわゆる、常識でしょ?という類い)の勘違いを説明してくれます。そして、ここが類書と違うところですが、「なぜ、そうなるのか」について書かれています。そして、それを日本人が指摘するのではなく、日本人とは別の視点、しかもヨーロッパ世界史からみても「外人」となるユダヤ人の視点から解説している。さらに、、その説明方法はもはや「理系」のそれです。テレビをつければ出演されている「いわゆる評論家」のもつあやふやな「偏見」をベースに語っているのではありません。私は、これが山本学か、と感嘆しました。 |
この本の中では、いくつも感心し、驚きを感じた説明があったのですが、その中から一つ紹介します。P.195 にある関東大震災後のデマによる朝鮮人虐殺の発生原因です。そして、それに関連して、いわゆる「差別問題」の根幹的な問いを投げ掛けています。
”では一体全体、朝鮮人はなぜ虐殺されたのか、この大天災に遭遇して、思わず日本人と同じことをしたゆえに殺されたのだといえる。そしてこれが、迫害において見逃すことのできない一要素なのである。アメリカでも、黒人が白人と同じことをすれば迫害される。黒人はこれを皮膚の色(およびそれに象徴されるもの)の故だと思い込んでいる。しかし日本に来てみれば、それが誤りであり、問題はもっと深刻なことがわかるであろう。事実、日本人と朝鮮人には皮膚の色には差はないし、外見もわれわれには見分けがつかない。従ってこれは、異種族への動物的・本能的拒否とでもいう以外に説明はつかないであろう。”
私個人、これが差別問題の根底にあるのだと同意します。論理でも偏見でもないのです。差別感は、会ったときにすでに決ってしまうのです。それは匂いなのか、しぐさなのか、はたまた声なのか。いずれにせよ、理性の問題ではないです。
しかし、これは逆に言えば、理性でがんばって押さえ込む必要はないかもしれません。あるとき、違和感が「ふうっと」消えることもあるかもしれません。空腹感は食事をとれば消えてしまうように、なぜそんなことを感じていたのかと不思議に思うくらいに、完全に消えることは十分あり得ます。
山本さんの本を読むことが、私にとってはもっとも「頭を使う」時間になっています。こんな本があるという事実は、生きて勉強を続けたいなぁという動機になります。