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最後の努力

塩野七生
新潮社: 2600円
お勧め指数: □□□□□ (5)

 最後の努力。古代ローマ史が確定している現代からみれば「最後」であったが、当事者はどう考えていたのだろうか。

 ディオクレティアヌス、コンスタンティヌスの二人は現代の意味での「帝政」を始めた。相談して決めていたら間に合わない、という判断から意思決定を一人にさせたカエサル、アウグストゥスだが、彼らは「法」を尊重していた。つまり、法の範囲で行動していたし、行動でどうしても必要な法は「暫定」であることを認識していた。ところが、ディオクレティアヌス以後は「俺が言ったことが法なのだ」といういわゆる絶対王制を確立させた。絶対王政になればもはや「政治」は個人の問題になる。ならば個人の問題を処理していく際の「そもそもの目的」はどうなっていくのか。

 皇帝一人がオリエント式の絶対王政を発想しても、100年前ならばそのように実行できなかったであろう。ところがこの時代、ローマ人の質は低下し、蛮族の質は向上した時代なのだ。とくに、帝国国境近傍で働くローマ軍と蛮族の状態がそうであった。それに対応するには、これまで通りはダメで、対処方法を考えなければならない。周りの者がダメなら、自分でやるよりない。そんな発想から生まれたのだろうか。ディオクレティアヌスの引き際(引退)を見ていれば、この人までは「個人」よりも帝国を考えていたことが分かる。まだまだローマ人。

 しかし、コンスタンティヌスにいたって「中世」に入る。この人の行動を見ていると、本当にローマ人なのか不安になる。最晩年で気が弱くなる時期、宗教に頼ることは仕方がない。ただ、壮年期のこの人は、本当にキリスト教徒になろうとしたのだろうか。この本のタイトルは「帝国を維持する最後の装置としてのキリスト教」という意味なのだと思う。人々を制御する仕組みとしてのキリスト教に本人は足を踏み入れたのか。しかし、まぁ、最後の努力をしたのがいいがこれが人類史を不幸に陥れる中世の始まりになってしまったのは、つくづく残念な気がする。

 ミラノ勅令の文面を見れば、あれは宗教の自由化であってキリスト教の公認ではないことがわかる。この時代ならば、まだ5%以下の帝国民しかキリスト教徒ではなかったのだが、あえてキリスト教を増やす画策をコンスタンティンスは行う。税制の優遇やら農奴付き土地などをコンスタンティヌスは教会に寄贈していまう。その後の1700年近くを決めてしまう行動をたった一人が行う。そんなことまでしてローマを生かす必要は、本当にあったのだろうかという問いを考えてしまう。しかし、まぁ、自分が責任を負っている組織ならばその他がどうなろうと未来がどうなろうと「守る」ものなのだろう。

 現在社会に生きていれば、何かしらの組織に属することになる。少なくとも、国籍というものがある。自分が属している組織が、この時代のローマのようになったとき、自分は一体どうするのだろうか。60年戻れば、そんな選択をした人がたくさんいただろう。しかも、その殆どは「流れに乗った」。コンスタンティヌスを否定できる人など、ほとんどいないのかもしれない。

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