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1940年体制 さらば戦時経済

野口悠紀雄
東洋経済新報社: 1300円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 日本型の会社というと、終身雇用が思い出される。日々の生活で気になる制度といえば、源泉徴収という仕組み。私は賃貸住宅に住んでいるので、面倒な契約(更新料や礼金、保証人という制度)の不条理さを味わう。こう言ったものは、古くから、といっても対象あたりから?、続いているものだと思っていた。

 この本を読んで、これらの制度は1940年代、つまり、戦争続行のための処置としてはめられたのだと知った。そうだったのか。

”日本型企業や業者行政など、しばしば日本特有と考えられているものは、昔から存在していたのではなく、総力戦遂行という特定の目的のために投入されたものだった。金融もう、自由な市場での直接金融方式から統制的な間接金融に変質した。
 税財政制度もそうである。(中略)。農村の状況も、大きく変わった。江戸時代から継続していた地主と小作人の関係が、食糧管理制度の導入によって本質的に変化を遂げたのである。都市における地主の地位も、「借地・借家法」の強化によって弱体化された。
 制度だけでなく、人々のメンタリティーも変わった。(中略)
 戦後日本社会の特徴といわれる平等主義も、日本社会のもともとの特質とはいえない。日下は、それまでの日本企業では「月給取り」の正社員は少数で、「日給」の行員や職員との間に画然とした差があったこと、「オール月給化」は一九三八年頃からの新しい制度であること、これが従業員のモラル向上二大きく寄与したことを指摘している。
 (中略)現在の日本では、食糧管理制度により、コメの取引は政府管理下におかれている。しかし、江戸時代には、日本のコメ市場は、自由な市場原理の支配する市場であり、世界最大の大規模な先物市場を形成したほどである。”

 衝撃をとおり超え、あきれてしまった。そうだったのか。戦時中ならば、勝たなければならないのだから、そのような方法は意味があるだろう。そして、戦後のGHQもこの仕組みを見抜けないため、現在の法律でも戦時下のやり方がまかりとおた。さらに、高度経済成長はこのやり方が劇的に効果を現した。この方法はある意味無敵だったのだ。

”どんなに悪い事例とされていることでも、それが始められたそもそものきっかけは立派な ものであった。ユリウスカエサル”

 そんなうまいやり方とそれを通した官僚は結果的には「よかった」のだ。少なくとも、それは認めて感謝しよう。それを無視してマスコミや世論の敵にするだけでは脳がない。歴史から学ぶとはこういうことを言うのだろう。
 一方で、もう、そのやり方は効果がないということも認めていこう。でないと、結果的にまだ落ちるだけだ。

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