喪失と獲得
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ニコラス・ハンフリー 言葉をよく話せない自閉症の子供が書いた絵がラスコー洞窟の壁画と同じであるという事実をもとに、言葉を獲得することで喪失したものを考えてみるというエッセイにちなんだ書名である。それ以外にも多くのエッセイが掲載されいている。ところかこの本は、タイトルとなったエッセイ以外は面白くなかった。内容以前に、日本語としておかしいのだ。もっとも、哲学系の本によくありがちなことではあるのだが。 確かに、自閉症の女の子が書いた絵は、みればみるほど、ほれぼれするほどラスコー壁画と同じカテゴリーにはいる。どうしてなんだろうと、と不思議な気持ちが湧き上がる。ところが、この子は言葉を獲得すると同時に、このような絵を描かなくなってしまったそうだ。頼べば描いてくれるとのことだが、ラスコーの雰囲気は消えてしまったそうだ。 ラスコー洞窟のような壁画を描いているときは、描くことで完了する好意を行っていたのだが、言葉を獲得したあとは「意図」が入り込んでいるとのこと。象徴するという概念を獲得すると、もう絵が描けなくなったのだ。確かに、言葉を獲得することは、意図を象徴する方法を獲得することの最たることだ。 それが意識の始まりではないか。言葉を獲得することは象徴する能力を劇的に拡大させるものであるからだ。象徴とは「自分の考えていること」を自分で意識していることにほかならない。記憶がフィードバックされ、意図が意図を有無ループが発生したことで、意識ができるのかもしれない。そのためには、言葉が決定的なのだろう。 |