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あの戦争は何だったのか

保坂正康
新潮新書: 720円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 塩野七生の推薦文が目に入った。「天国への道を知る最良の方法は地獄への道を探求することである。(マキアベッリ)」そういう意味で、あの戦争を考えることは大切である。自虐的な視点、無責任な視点、事故の体験が全てだという視点、そんなクソ本とは関係がない、Sicenza(サイエンス)の視点で書かれているだろうこの本を読んでみようと思い手に取った。塩野七生が変な本を推薦するはずがないのだ。

 軍隊の仕組みを見れば、自然とイエスマン+精神主義が台頭してくるのがわかる。後知恵ではるが、仕組みがそうなっている。武士でない人が武士道といっても無駄なのだ。自分と他人の区別がつかない人だから、現実と妄想の違いも区別がつかない。そんな人間が指導的地位にいるのだから、ダメになるに決っている。当時の軍幹部は平安時代の思考能力しかなかったように見える。すくなくとも、生まれてくるのに1000年は遅れてきたという感がある。

 同時に、これは過去の話しではない。西武やNHKや読売の有名な首脳陣をみれば、背筋がぞっとする、ことがわかる。彼がひょなな拍子で実権を握ればそれまでだ。実際、金融制裁はそうなっている。

 面白いことに気付く。結局、日本人の集団的レベルでは民主制を機能させるのは無理なのだ。歴史がない。人類的な自然淘汰も進んでいない。そんな中、制度だけ導入してもどうなるわけではない。同時に、イラクに民主制が成立しえないことも見えてしまう。問題は制度の善し悪しでも、指導者の能力でもない。人類の自然淘汰は「不均一」に進んでいるのだと、実感する。

 せめて、現代史は知っておこう。ローマ人とは違うのだ、日本人は。当たり前のこだが、人類は皆同じ、といような妄想にどう打ち勝つか。だめはだめなりに、Scienzaのマインドは身に付けたい。そう思った。

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