« 古代文明と気候大変動 | メイン | ケータイを持ったサル »

トリエステの坂道

須賀敦子
みすず書房: 1800円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 連想記憶のようにつぎつぎと思い出される著者の回想。若い頃の不安とあかるい風景とが交差することで、印象深く残る。教訓も学習も、悲劇も喜劇もないのだが、なにか自分とは全くちがう人生をあるいている人がいるのだなぁと感慨をもってしまう作品。ようするに著者がイタリアで生活していたときの思いでと現在の生活とが描写されている。トリエステに行ったときの記憶ではないかといえばその通りなのだが、20代のちょっとこころもとない日本の女性が不案内な土地でなんとか立ち回る。ぼんやりとした不安のようなものが、読んでいて美しいと思わせるのかもしれない。うまく、説明でないのだが。

 一つ気になった個所がある。文体についての話。
”あるとき、私は著者が幼かったころ、プルーストに夢中になった彼女の母親が、医学者だった父親の「軟弱な」お弟子さんたちといっしょに、気に入った個所を声を出して読んでいたという話を頭なの中で反芻していた。それまでにもその話をなんどか読んでいながら、私はプルーストに夢中になるお母さんやきょうだいがいたなんて、ずいぶんすてきな家族ぐらいにしか考えていなかったことに気づいた。もしかしたら、これはただ恣意的に挿入されたエピソードなんかではなくて、彼女の文体宣言に代わるものではないか、そう思いついたとき、ながいこと、こころにわだかまっていたもやもやが、すっとほどける感じだった。好きな作家の文体を、自分にもっとも近いところに引きよせておいてから、それに守られるようにして自分の文体を練り上げる。いまこうして書いてみると、ずいぶん月並みで、あたりまえなことのようになのに、そのときの私にとってはこのうえない発見だった。”
 私はただ単に、文字数最小、理解のための使用メモリ最小、使用ロジック最小、かつ、ちょっと粋を感じさせるものが書きたいだけなので、文系の人の悩みまでは立ち寄らないことにしよう。そんな感想を持った。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.significa.jp/scienza/BlogMgrMt/mt-tb.cgi/182

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)