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ケータイを持ったサル

正高信男
中公新書: 700円
お勧め指数: □□□■■ (3)

 近ごろの若い連中には腹が立つ。なんでこんな変な行動をするのか。サルの行動を長いこと研究してきた学者がふと思った。そうだ、こいつらサルだと思って研究したら、腹も立たなくなるのではないか。そんな動機で若者の行動を観察した結果をまとめた新書である。ただし、学術レベルまでは達していない。まぁ、あるある大辞典だと思ってお読みください。そんな感じの本である。

 中身のないメッセージを頻繁に交換しあうメル友は一体何を意味するのか? それは、群れをなす猿によくみられる行動である。相手が自分のメッセージに応答するかどうかを確認することで、森の中での集団の広がりを確認する。これとなじだ。あるいは、かわいいを連発するのも、相手を弱いもの幼いものとして扱うことで自分のポジションを確認している動物の習性だとか。子供や老人に向かって話しをするとき、声のピッチが高くなるが、それを同じ行動をとっているとか。それ以外にもいくつか議論されている。要するに、大人になれない人たち、ということで話しを結んでる。

 しかしだ。人間のハードウエアとしての能力は数万年代っていない。だとすれば、若者の世代は劣っているわけではなく、環境に社会に適応しているだけだといえるだろう。かれも生物である。生き延びようとしている。その結果、今の若者の風俗になっているのである。そういう視点で淡々と語る解説書はないものだろうか。オヤジの愚痴ではなく。

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