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英語にも主語はなかった

金谷武洋
講談社選書メチエ: 1500円
お勧め指数: □□□□■ (4)

 主語が鋭角に現れたのは、実は英語の歴史でも比較的最近なのだ。人間の意図が幅を利かすようにあったあたりから発展してきたのだ。非人称主語など考えれば、本来は主語などない表現が英語でも普通だったのだ。

 著者は、英語は他の印欧語と異なり、言語をしゃべる人が攻撃的な性格になると言っている。それは、バイリンガルな子供が英語と別の言語を話すときで性格が豹変することがよくあるという一般的にしられた事実と照らし合わせて解説している。自己中心的で、すべてが「意識のもと」にあるという、アメリカ、イギリスのやりそうなことである。これらの国が、その言語を話す限り、地上からそういう人類がいなくならんだろうなぁ。

 私はスペイン語やイタリア語が好きである。論理的なものを求めるのであれば、ラテン語がよい。一方で、「自分の行動とは関係なく、自然にそうなったのだ」という真理が下支えをしている日本語も好きである。そんなことをゆっくり考え直す機会になるよい本である。

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