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蒲公英草紙

恩田陸
集英社 1400円
お勧め指数 □□□□□ (5)

 ストーリーテラー。語り部。意味は知っていてもピンとこなかった言葉である。それは恩田さんのような人のことだろう。この本。なんとも言えない気分、哀しさと想像と馬鹿馬鹿しさと怒りと。大笑いしているとき以外の感情が、この本の主人公とである語り部の言葉だけで感じることができる。どうして、そんなことになるのだろう。小説って、スゴイね。
 この本は「光の帝国」のテーマの延長線上にある。舞台は現代ではない。明治期の話。ただ、それは必然ではないかもしれない。恩田さんの作品には「戦争なんてやめておけ」という訴えがサブテーマであるようで、それを示すために明治中期あたりを設定しているのかもしれない。考えてみれば、この時代に生まれた人は損。戦争ばかりの時代だった。もっとも、現代でも人間関係の地獄から抜け出れない人もたくさんいるということはニュースを見ていればわかる。どっちがいいのかは何とも言えない。

 人が生きていることを「自覚」するには、言葉が必要だろう。言葉は「順序」を必要とする。つまり、時間が流れる必要がある。記憶も必要とする。そして、クオリアが一緒に存在する。これらを同時に考えれば、生きていることを自覚することである。ならば、言葉を聞くことで「他人を体験できる」のかもしれない。状況にもよるだろうけど。
 映像ではない、音楽でもない、暑さでも、寒さでもない。それらが体に影響するものを総合すると、要するに言葉になり、物語になる。言葉なしに自覚は生じない。この本の中にでてくる『しまう』は、情報を記憶することではなく、この言葉の機能の本質を記録することをさしているのであろうと勝手に想像する。なるほど「初めにことばがあった」という名文句は2000年を耐えたが、それは当たっているからだろう。もっとも、自覚する意識が存在するときが世界の始まりならば、という条件付きであるが。

 物語とは? なんとなく、人生の疑似体験ツールなのかもしれない。そんな想像をした。

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