イケズの構造
|
入江敦彦 京都人の特性である「イケズ」についての解説書である。ぶぶづけ食べていきますか?と言われて、はい、といったら「とんでもない失礼にあたる」。そんな具合に「イケズ」的な特徴は一般的に誤って認識されている。そこで、京都における重要な身のこなし方であるイケズについて、その心理的な側面や人間が普遍的にもつ傾向をもとに説明してくれている。しゃらくせぇ、こちとら江戸っ子でぇ、とすぐに口走りそうになる深川在住のわたしもでもイケズを理解することができた。じゃぁ、京都が好きになりますかといえば、まぁ、それは「無理」。イラクやイラン、レバノンなどイスラム圏の国を旅行したいと思うけれど、だからといってその国の習慣が好きにはなれないだろう。それと同じ意味で、面倒なイケズにつきあってられねぇ、ですな。 この本を読んで理解したイケズの機能は「+」と「−」があり、一つは皮肉に代表される「人をあしらう」もの、もう一つは「より深い関係になりたい、じゃれたい」というもの。京都の人は、他人に恥をかかせんように「やんわり拒否する、教えてあげる」方法としてイケズを使う。それは普通の人が理解しているイケズ。明らかに「ー」の意図がある。だれも、楽しい気分にはらないですし。しかし一方で、よりこの人と関係したい、じゃれたいときにもイケズなことを言う場合があるようです。これは「+」の意図。言葉だけ聞いていると、すごい皮肉合戦で嫌な気分になったります。しかし、当の本人たちは「ー」の感情はない。そもそも、嫌いな人は「無視」だそうです。日本のいじめの一つである「シカト」ですね。結局、根のところは陰湿なんですが。 |