脳死臓器移植は正しいか
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池田清彦 少し前に購入し、どこかへしまったままになっていた。先日大掃除をしたらでてきたので、読んでみた。ぐうの音もでない。身も蓋もない。私が感想を書くよりも、いくつか言葉を拾ってみる。その方が役に立つだろう。 " さらに、ここへきて、脳死者は本当に死んでいるのか、という根源的な疑問がはっきりと浮上してきた。一つは脳死と判定された人にラザロ兆候と呼ばれる複雑な動きが見られる事例が多数報告されていることである。ラザロ兆候とは脳死と判定されて人工呼吸器をはずされたり、脳死判定の無呼吸テストを施された直後に、腕を胸の中央部や首の近くに動かす運動のことだ。さらには顔面のけいれん等を含む自発運動も観測されている。” ” 二つ目は、脳死と判定されたドナーから臓器を摘出する際にドナーの大半が急激で激しい血圧上昇と頻脈を示すことがたくさん報告されていることだ。通常の施術でこのような兆候が見られた場合は、患者は痛みを感じていると判断され、麻酔薬の量を増やされるという。脳死ドナーも場合も、このまま何もしなければ、ドナーは動き出し、のたうち回りはじめるという。だから、ドナーからの臓器を摘出する際には麻酔をかけたり、もっとひどい場合は筋弛緩剤を投与されて強制的にうごけなくされてしまうのだ。” ” 執刀している医者たちが一番嫌うのは、脳死者から臓器を摘出するときに、苦しがってバタバタ暴れるようにしか見えない行動が出現する場合だ。” ” 移植推進派はそういう議論は全部ネグって、ドナーになることはすばらしいことだ、といったプロパガンダに余念がない。そして事あるごとに「ここに臓器移植でしか助からない子がいます。一方、脳死になったら臓器を提出してもよいと言って下さる善意の人がいます。それでもあなたは臓器移植に反対できますか」と言っている。「いま、お国は存亡の危機にただされています。自分の命を犠牲にしてまで国を救いたいと考えている特攻隊の若者がいます。あなたはそれでも戦争に反対できますか」という言説とどこが違うのか。” 結局、交通事故を頼りにした人間の狩り場ができ、それによって医療産業に税金を投入してもらうという構造できるので、よくある「官と民の一部の人の癒着」という関係に落ち着くことになる。そんなもの関係を維持するためのプロパガンダだってことが、よく分かってしまう本である。しかし、身も蓋もないことを教えてくれるなぁ、この人は。 |