« 脳死臓器移植は正しいか | メイン | 脳は何かと言い訳する »

日本のマスコミ「臆病」の構造

ベンジャミン・フルフォード
宝島社文庫: 600円
お勧め指数 □□□□□ (5)

 マスコミの実業についての紹介。記者クラブにいて、そこに投げ込まれる記事や張り出しの記事、あるいは、記者会見が「取材」であり、その要約を文章にまとめることが実際やっていることだということがよく分かる。当然、政や官、闇の権力にやすやす取り込まれ、取材結果は「都合のよい物語」になっていく。その鬱憤は、政や官、闇の権力ではない方向に向けられるという、毎日目にする光景へとつながっていく。変な正義感などもたずに読むと「なるほどなぁ」と理解できる。とても良い本である。当然、宝島からの出版になる。

 給料がよければ余計なことはしないだろうし、かといって、意味ないところで力を発揮させるマスコミの力学がよくわかる。それを是正するなどということはおこがましく、そうやってその環境で生きていくかによるのだ。新聞やTVは電通だと思えば腹も立たないだろう。

 この本のなかで、著者は面白い視点を提供している。マスコミの力学を理解すれば、信用できる情報ソースは、右翼街宣車、週刊誌、雑誌、新聞・テレビ、NHKなのだそうだ。なるほど。本当のことを隠す作業をしている人にとって、本当のことを言われると一番堪える。そういうことなのだろう。こんど街で遭遇したら、ちょっと聞いてみるか、という気になる。

 それにしても、人は情報よりも「物語」しかも「勧善懲悪」の物語が好きなんだなぁ。世の中にそんなものは起きないことを身とめれば、大抵のマスコミのニュースは「物語になるように」構成されていることに気付く。つまらなかったり、断片だったりする記事をいかにうまく取り込んでいくのかが、世の中での身のこなしになっていくのだろうか。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.significa.jp/scienza/BlogMgrMt/mt-tb.cgi/354

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)