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正しく生きるとはどういうことか

池田清彦
新潮OH文庫 505円
お勧め指数 □□□□□ (5)

 全く身も蓋もない指針である。いかなる道徳書も哲学書も読む必要はないと思います、これを読んでしまったら。それくらいのインパクトのある本です。アマゾンで池田さんの著者を探すとたいてい「絶版」になっています。なんだかんだ言っても、圧力があるのでしょうね。結局、私の人生で「アマゾン・マーケットプレース」が与えてくれる本は貴重なことを教えてくれるものが多いです。

 道徳なんて、誰が「気もちよくなる、自分が偉そうに感じる」ためにつくったお話で、たぶん本人も実践しておらんだろうと思っていた私は、池田さんの発言に納得します。

”他人は、自分とは異なる規範を選ぶこともあり得る。他人の選んだ規範は、自分の選んだ規範と原理的に等価である。さしあたってこれを承認すること。これは正しく生きるための第一歩である。自分の選んだ規範と他人の選らんだ規範が、齟齬をきたし衝突する時、どのような調整をどう行うのか。これは次の問題である。さらに、様々な個人的な規範をもつ沢山の個人がいる中で、個人的な規範を調整する一般的(理想的)な方法 はあるのか。これは第三の問題である。”

 対称性ですね。大抵は「偉い人」かどうか、マスコミのように「物語としてよいか」どうかで判断しちゃいますけど、本来「どっちだっていい」んですよね、大抵のことは。人間以外に根拠がないことで、大抵の問題はもめているのです。逆に言えば、人間以外に根拠がないからいつまでももめているということになります。

 こういう発言を聞くと、怒り出す人がいます。早いところ逃げた方がいいのです。「法はお前よりも重要なのだ」という人は、みんなのためというより「自分のため」に言っているのです。

”法は道徳を守るためにあるわけでも、人の心を左右するためにあるわけでもない、犯罪防止するためにあるわけでもない。単に法を違法したした人を処罰するためにあるのだ。”

 実に単純なことです。でも、社会などバカの集まりでそれをオレは支配するのだ、と思っている官僚(高級官僚はみな例外なしにそう思っていますよ、彼らと甲乙で仕事をする機会を持った人は知っています。)は、支配装置が脅かされるから困るのだろうなぁ。まぁ、そんなものを潰すことよりも、どうやって生きていこうかを始終考える道を私はとりますが。

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