科学はどこまでいくのか
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池田清彦 池田さんの著作は、別の本を読んでいると予言がでている。というか、気になったたびに別の本でまとめて書いている。だから、一冊よりも多くを読むのが楽しい。関連していることもあるが、一人の人がどう考えを構成させていくのかを知ることができるから。 この本もまたまた「身も蓋もない」ことばかりである。科学というか、論文を書く世界で時を過ごしたことがある人ならば、誰でも感じる疑問や矛盾点をずばり言葉で表現しているから。そういう発言ができる理由は、おそらく、(1)高額な研究費を必要とする研究をしていないこと、(2)経済的自立の基板を持っていること、があげられるだろう。この2つのことは、科学を遂行するうえで実は前提になるものなのかもしれない。職業でやる人は「結局自分が偉いをことを見せびらかしたいだけか、だれかに媚て金をもらおうとしている」ことが本当の動機だから。ただし、こんなこと言ってしまうと「身も蓋もない」のだ。 ”要するにパラダイムが確立して、学会が設立され、学会誌が刊行されるようになると、凡庸で保守的な研究者は有利になるが、天才的で革新的な研究者は不利になりやすい。制度化され細分化された科学は、凡人の凡人による凡人のための科学なのである。” ”加速器の建設というのは、とてつもなくカネがかかる大事業である。最新の加速器を造るには数千億円以上のカネがかかる。それでは、次々に新しい加速器を造らなければどうなるか。素粒子物理学は新しい情報を生み出す力が衰えて、魅力を失い、優秀な人材の流入がストップして、衰退せざるを得なくなるだろう。 ”科学に優秀な人材が集まらなくなると、モノとカネをつぎ込んでも、質の高い情報を産み出すことが困難になってくる。これは、科学から情報を資本として、新技術、新製品を造り出し、金もうけをしようつする資本主義にとって由々しき自体である。” ”例えばノーベル賞をとるためには、ほかのことにはわき目もふらずに研究しなければならない。競争に勝ち抜いてノーベル賞をとって、社会的な発言力を獲得しても、政治や経済や社会や文学や芸術に対する知識は素人と同じであるから、発言を求められても、そのへんのオッサン以上のことが言えるわけのものでもない。” ”科学者がエリートであり続けることと、科学が自己増殖を続けて科学者の数が増えることは矛盾する。科学の自己増殖性は科学のバブル化と空洞化の原因なのである。” さて、これだけ身も蓋もない、かつ、本当のことを言われると目が覚めるし、自分の立ち位置をはっきり把握することができる。そして、自分がやっていることをさめ目で見れるようになる。だから、多く科学・工学の専攻のヒトに読んでもらいものだなぁ。 |