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井沢式「日本史入門」講座

井沢元彦
徳間書店 1500円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 歴史を考える、歴史を学ぶってなんなのだろうか?

”あるときはこうあったのに、今はそうではない。では、だれがそれを変えたのか。これが「歴史」なのです。”

 ぐうの音もでない。なんでこういう風に教えてくれなかったのかと思う。日本に何人いるかもわからないが、その全部が(といっていいでしょう)サラリーマン教師だし、そもそも歴史なんかスキでもないだろう。ただ、子供相手に教科書読んでいるだけの人たち。そんな人がこんな発言をするはずもない。素人の人であっても、町中にいるオッサンでもいいから、こういう「疑問」から歴史を学び、現在を俯瞰できるような視点を持っている人が沢山いるといいのに。

 歴史には偶然もある。でも、井沢さんの教科書は分からない、ひょっとしたら偶然そうなったということに足しても「なるほど」という可能性を考えてく作業が示されている。普通の人から見れば、最終的な知識がどうであろうと、その過程を見るほうが断然大切である。自分で考える。その技をこの人の発言から学ぶのは面白いことだと思う。学者が自身の正当性を主張するだけ、知識をひけらかすだけのためのことに付き合っていたら何を勉強しても面白いはずない。塩野さんや井沢さんの視点って、山川のくそ教科書を読んでも身につかないですね。

 詳しくはこの本を読んでもらうとして、ちょっと面白いなぁとおもったことを紹介しますと、邪馬台。これ、やまたいと発音するのだとずっと思っていたが、じつは中国読みだと「やまだ」となるらしい。へぇ、それや「ヤマト」と同じじゃないか。なんてことはない、大和朝廷の事をいっていたのかもしれんなぁ。これも一つは視点の変更ですね。視点を変えるだけ、以前とは全くちがう世界が見えてきそう。

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