NASAを築いた人と技術
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佐藤靖 異なるキャラクターをもつ組織が一緒になると発生する古くて新しい問題についての博士論文を一冊の本として出版されたものである。宇宙開発の組織も他の世界にある組織と同様、人間臭い問題でもめるのだ。人間だって個性はあるのだが、それが集団化すると「自分に個性があるのと同様、他人にもある」という認識をもっているわりに、自分の所属集団の特徴を先鋭化させてお互いもめるという行動に発展する。NASAは発足当時がそうだったし、日本は今やっている。 少し長いが引用してみる。
シェイとフォン・ブラウンは、根本的に異なる技術観をもっていた。フォン・ブラウンは、時を経ることによってのみ育つ、言葉や数式では表現しきれない技術実践こそ価値があるものと考えていた。一方シェイは、あらゆる技術アプローチや技術判断は言葉と数式で明示的に表現でき、はっきりと説明・伝達されるべきであり、実際の場面で技術者が技術的内容を説明・伝達できるかどうかはひとえにその人物の優秀さいかんにかかっている、という考え方をとっていた。「君が理解しているなら、僕を理解させることはできるはずだ」といういう彼の格言が、そうした彼の信念を端的に荒らしている。” この箇所を読んで気がついた。「バカの壁」である。話せば分かると思っているシェイ。自転車の乗り方やラーメンの微妙な味の違いについても同じなのだろうか? それは技術ではない、という人もいるだろう。しかし、技術のなかにも「言葉表現できない」レベルのものがある。対象が複雑であれば、簡単なモデルにはならない。それでも、その対象を扱うことができるのならば、その人は「言葉で表現できないこと」を用いて作業しているのだ。そして、それが技術的な問題の根底にあったりすることがある。結局、シェイの発想はシェイに理解できることにしか適用でない。真っ暗な道で落とした鍵を探すとき、街頭の下だけを歩き回るのと同じことになる。 このタイプの問題は、宇宙開発だけに限ったものではないようだ。当事者の回顧録やインタビューなどをいくらよんでもこの本のようなレベルでの把握は無理だろう。部外者の冷静な目。日本もアメリカも、おんなじ事をやっているなぁということに気付けば、もっと科学史や技術史を読みたくなるはず。 |