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ナショナリズムという迷宮

佐藤優+魚住昭
毎日新聞社 1500円
「思想とは何か」など、市井の人にとって考えた事もないことから語り始めてくれる。
お勧め指数 □□□■■ (3)

 のっけから引き込まれる。

魚住 まず議論の前提として思想とは何かという話から始めましょう。私の中にはとても浅薄だけど拭いがたい疑念があります。それはいくら思想、思想と言っても、戦前の左翼のように苛烈な弾圧にあえばすぐ転向しちゃうのじゃないかということです。特に私のように臆病な人間がいくら思想をうんぬんしたところで仕方がないんじゃないかと。
佐藤 魚住さんがおっしゃる「思想」というのは、正確には「対抗思想」なんですよ。
魚住 どういうこと?
佐藤 いま、コーヒーを飲んでいますね。いくらでしたか? 二〇〇円払いましたよね。この、コイン二枚でコーヒーが買えることに疑念を持たないことが「思想」なんです。そんあもの思想だなんて考えてもいない、当たり前だと思っていることこそ「思想」で、ふだん私たちが思想、思想と口にしているのは「対抗思想」なんです。

 なるほど。思想とは考えのベースになっている「当たり前のこと」なのか。であれば、自分がどんな思想を持っているのかは相当客観的に意識しないと認識できない。また、考えのベースになっている「当たり前」ことに意義を唱える「対抗思想」は、感情的に「良くないもの」と判断される。思想を持つ人は怖い、という言葉は、正確には「対抗思想は怖い」と言っていることになる。なんとも、いろんな事柄、連続的に納得することができる。

 「キリスト教思想史」のような「〜思想史」を勉強すれば思想とは何かについて考えるのだから、このような「本人が、社会が当たり前だと思っている約束事、あるいは価値」を思想と呼ぶと知っているのだろう。しかし、そうではない人は

人がもつ,生きる世界や生き方についての根本的な考えで,その人の生き方・考え方を規定する。社会的・政治的な性格をもつものをいう場合が多い。(新辞林・第三版)

のうに、わかったんだかわからないのだかの説明を聞いて忘れてしまう。そして、マスコミ等で「思想」について語られると、事実を分からないまま要するに良くないという結論に誘導されてしまう。

 この本では、戦前戦後の政治史、差別、マスコミについて分かりやすく語ってくれている。こういう対談では、対談者が両者ともに切れる人であるより、ちょっととぼけた普通の人が突っ込みを入れながら話題を展開してもらったほうが分かりやすい。

 余談だが、この本はアマゾンで買ったのだが、今は全くアマゾンのデータベースで検索できなくなっている。品切れの場合は「品切れ」と表示されるはずなのだが、本が存在しないことにになっている。何かあったのだろうか。

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