しあわせになる禅
いろいろ思い悩むことがある。病気といえるほどでなくも「いやだなぁ」と意識的にあるいは無意識に感じることがある。その程度はだれでもあるだろう。「思い出し笑い」ならば楽しいことだが、「思い出し怒り」というのはなんとも嫌なものである。もう済んでしまったことなのに、イライラする。そんなことに精神的なエネルギーも時間も使ってしまう。あるいは、友人などが信じられなくなり(実際本当にそうであることもあるが)、周りの人が敵に見える不安に駆られることもある。なんとも、面倒なものだ。これが悪化すると、鬱病などの精神世界へ沈んでしまうのだ。 思い悩むことは単なる「妄想」なのだ。と、この本は教えてくれる。言われてみればそうだ。人と口論しているのはない。口論したことを思い出しているか、口論することを想像しているのだから、妄想以外のなにものでもない。だったら、妄想なんてしなければいいではないか。これが著者の主張である。実に明解な主張で、電車のなかで読んで驚いた。妄想し始めたら「莫妄想(まくもうそう)」と念じる。それは妄想だろ、考えるのをやめろ。そういう注意を自分に促し、妄想を中止する。やってみると、実際結構よい。例えば、電車のなかで外を見ている。あるいは、改札で定期を出す。この程度の生活においても、社会にはいろいろ気にくわない人がいて腹立たしくなることがある。そして気がつくと「妄想」しているのである。「あの時のあいつの態度はなんだ!」とか「こいつ割り込みやがって」とか。そういう不愉快さを「自分の行動」として話を先にすすめる妄想をしてしまう。自分の人生って、こうやってムダにすごしているのかが「莫妄想」と言うことで気付くのだ。 どんな人でも実践できる程度の教えがかかれている。また、宗教色はない。哲学書と言っていい。ただし、若い人にはこの本は無用かもしれない。妄想すると同時に行動してしまうかもしれないので。この本は妄想によってイライラをためている中年向きものかもしれない。 |
