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街場のアメリカ論

内田樹
NTT出版 1600円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 この本も『街場の中国論』と同様、大学での演習を一冊にしたものである。大学では結構面白いことをしているのだなぁと感心する。講義は学校名ではなく教授名できめたほうがいい。

 アメリカ論に入る前に、歴史についての講義がある。アメリカ論自体よりも、この歴史を学ぶときのアドバイスのほうがずっと面白かった。

 今、学校で歴史の授業というと「年号の丸暗記」だと言って生徒さんたちは反発しますね。「年号じゃなくて流れを教えろ」「物語を語れ」と要求する人がいる。でも、歴史を理解するためには、まず出来事と年魚ウを覚えないと話にならないと思うのです。

 基本定理の前に、単語と数値を覚えるようなもの。いろいろなところでいろいろなことが起きるが、それらが互いにどういう位置づけになっているのかをまず知る必要がある。

 大事なことなので、最初の最初に言っておきますけど、歴史における「因果関係」というか、歴史に限らず「原因と結果」を口するに人間を軽々しく信じてはいけません。

 「原因とはうまくいかないものにしかない」。これはジャック・ラカンの至言です。
 

 年号以外にももっと考えることがある。

 歴史には無数の分岐があり、そこで違う道を選んでいれば、今は今とちがったものになっていたということ、これは歴史について考えるときにとても大切なことです。それは歴史を「一本の線」としてではなく、いわば無数の結節で編み上げられた「巨大なひろがり」として思い描くことです。そんなふうに無数の「存在しなかった現在」とのかかわりの中において、はじめて「今ここ」であることの意味も、「今ここ」であることのかけがえなさや取り返しのつかなさもわかってくるのです。

・・・

 ですから、ある歴史的な出来事の意味を理解するためには、「なぜ、この出来事は起きたのか?」と問うだけでは足りません。「なぜ、この出来事は起きたのに、他の出来事は起きなかったのか?」という問いも同時に必要なのです。

 まるほど。前半部分はこのような歴史についての講義があって、後半のアメリカ論よりも私は気に入りました。しかし、こういうことを幼い人に話しても理解してくれるかどうかはわからないので、そのまま歴史の授業で語っても効果がどのくらいあるのかは不明です。

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