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知に働けば蔵が建つ

内田樹
文藝春秋 1524円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 ニートって言葉はよく聞くけど、実体は知らない。友達にはいなかったし、自分もそうではない。病的なところがあるわけでもない普通の人だから、すれ違うだけでは分からないし。アルバイトをずっとやっている人という理解でよいのだろうか。教育も訓練も充分でない人たちという理解している。

 内田さんの教育に関するお話は説得力がある。思い当たる節がある。また、ものを考える訓練を積んでいる方なので、その結論には直感的なものだけではなく、そもそも論からのきちんとした論理がとおっている。だから、きっとその通りになるのだろうなと思うから、ちょっと怖くなる。

 自分はどういう世代にいるのか。モノを学ぶことを「等価交換」と考える面が全くないとはいえないが、それは自分をどこまで冷静に評価しての結論なのか少し自信がない。とはいえ、ここまでひどくないだろうし、そんな友達はいなかったなぁと思いながら内田さんが描く現在の若者像を読んでいる。まったく、絶望的なところがある。何もできないのに、あるいは学ばないのに、「おれって実はスゴイ感」をもつ人とどう付き合っていけばいいのだろうか。結論は、離れているということなる、私の場合は。

 考えを現実とすり合わせる良い方法は、接地することである。要するに、現実に対して何かをやってみればよい。それは、体を使っての行動結果である必要がある。やってみれば、バレてしまうのだ。テストではなく、実際の行為。なんでもそうだが、大抵うまくいかない。パソコンを叩く事は、どちらかといえば「接地」には属さないような気がする。

 それにしても、ものごと「起源」から考えるというのは、スゴイ効果が得られる。考えることのすごさが身にしみる。

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