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態度が悪くてすみません

内田樹
角川oneテーマ21 724円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 この本もブログをもとに一冊の本をまとめたということだ。長さがまちまちだし、テーマもばらつきがある。何かを述べたくて書かれたものではない。それでも、編集者がうまいことピックアップしているので、まとまっている。

 この本も勉強になることがたくさん書かれているが、個人的に感じ入ったことを少しピックアップしてみる。一般的には同とらえられるのかはわからない。

 国が滅びる、ということばを耳にすることがあるが、それはいったいどういう状態なのだろうか?

 「滅びる」といってもべつに革命が起こるとか、国家が解体するというようなドラスティックなことが起こるわけではない。
 ただ、経済が低迷し、文化的発言力が衰え、科学も芸術も精彩を欠き、国際社会での信用が失われ、その発言に誰も真剣に耳を傾けなくなる、ということだけである。

 なんだ、じゃもう滅びてるじゃんといえそうな気がするところが結構思い当たる。これは絶対的な評価ではなく、すべて以前と比べての比較級であろうとおもう。これらの要素が「全部一斉にマイナス」になれば、それは滅びているということなのだろう。国のレベルでなくとも、ある一定の役割をもっている組織にもいえそうな。その組織を特徴づける指標をピックアップし、それが全部マイナスならば衰退というわけだ。

 これは国家の老齢を測る尺度になるということで、アメリカの老齢化の説明している箇所で示されたものだ。他にも、その状態での人々の特徴にも次のようなことが言えるらしい。

 最近のアメリカの外交を見ていると、自ずから醸し出せる威厳に人々が服するというより、すぐに「オレを誰だと思っているんだ!」と怒鳴り出すで、それがうるさいから人々がしぶしぶ「はいはい」と言うことを聞いているような印象がする。
 この「オレを誰だと思っているんだ」症候群は、私たちの周りでも、定年退職後の完了はサラリーマンに顕著に見られるものであるが、それまでごく普通に享受していた社会的敬意が失われてゆき、「身の丈にあった敬意」しか受けられなくなったことに対する苛立ちの表現であり、これまた「ボケ」の最初の兆候としてしられている。  それって、よく知られたものだったのか。「身の丈にあった敬意」というフレーズは大切なものである。人間関係にある「不満」の第一は、人々がそれぞれ「身の丈にあった敬意」を受けていないという思いから発生する。言わば勘違いの一種である。それは、ちょっとした会話などから「敬意」というもの感ずることが誰でもできるのだが、大抵は「そういう扱い?」という侮辱を感じた人からいろいろ問題が起きる。これが「ボケ」の指標だとしたら、夜郎自大な態度は全部それに通ずるのだ。それぞれの人も自戒したほうがいい。

 なぜだろうか。内田樹の本はいつも本筋と関係ないようなところで、社会常識的なことを教えてくれる。本来ならば、だれが注意してくれそうな内容なのだけど、もうそういう人が周りにいないからとても助かる。 
 

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