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アイヌは原日本人か

梅原猛+埴原和郎
小学館ライブラリー 760円
お勧め指数 □□□■■ (3)

 えらい人になると勉強がしやすくなっていいなぁ。なぜならこの本は、アイヌについて勉強したいがためにその道の人と対談したものを本にしており、そんなことが可能なんだと感心してしまった。勉強方法にも自在性があってうらやましい。対談相手は自然人類学者ということで、自然科学をベースにした人類学の人でアイヌについても梅原の印象とちかいものを提唱しているようだ。

 金田一京助という学者がアイヌ語は日本語とは全く関係がない言語であるから、日本人とは違う民族だと提唱していらい、日本においてアイヌは少数民族扱いされてきた。ところが実はそうではないらしい。それは神という言葉を始め、古代の生活において重要なタームが日本語とアイヌ語で同じものがあり、しかも万葉集などにある古語にもアイヌ語だとおもって解釈するタームが無視できないほどあり、また、現代日本語にもアイヌ語から語源をたどれるものがたくさんあるそうだ。同様なことも、自然人類学の見地から言えるらしい。

 そういう発言は偉い先生がご存命中は大抵無視され、抹殺されるのが人の世なのだが、証拠が積み上がるたびに、また、提唱者が偉くなるごとに認められてくるのだから、そのうちアイヌも弥生人も古層としての日本人は共通の縄文人であり、アイヌ文化には縄文文化の香りが残っているという発想が一般にも浸透するであろう。

 ちゃちゃを入れるというが、そのちゃちゃとはアイヌ語で「口」だそうだ。そういう言葉の語源を知ると、歴史を「体感」することができてうれしい。こういう研究がもっと発展し、渡来人がきて大和朝廷を建てる前の日本、古代ローマや古代ギリシャ、あるいは、シュメールが文化をつくっていたときの日本の状況が解明されて欲しい。塩野七生のローマ人を読んで感心しているときに、巻末の年表で日本をみるつけ感じる「寂しい気分」がすこしでもやわらぐといいから。

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