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ひとりでいは生きられないのも芸のうち

内田樹
文藝春秋 1400円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 新刊で発売されていたので購入した。ブログによれば、夏までに何冊もの本がでてくるそうだけど、ソースはブログなのだろうからどの本もこの本と同じような品質を保ってくれると思うので、楽しみである。売れるとどばーーと本が出版されるが、次第にダメ本が多くなるのは世の常らしく、斎藤孝や茂木健一郎の本のような悲しい状態なることを心配したりすが、まぁ、大丈夫だろう。

 内容は、一人で生きるとうスタンスを生き方に採用すると、遠からずその人は社会のなかでは沈んでいき、その数が増えばその社会も消滅するだろうということ。下流志向と同様のテーマが全体に流れているもので、自分のそういう傾向があることを知っているだけに、少し反省したり不安になったり、でも、しょーがねーだろ、という気になったりしている。40代以下の人にならば、全員に該当しそうなことだから、読むことをお勧めする。しかし、100万部は売れないだろうから、本の影響力って少しパワー不足な気もするのだけど。

 個人の幸せを求める。まず、自分から幸せになることが大切で、他の人は他の人。そういう傾向がある人は、その人もその人が属する社会もあまり結果的には幸せになれないかもしれない。確かに、そういう人があまり存在していない時期のその戦略を採用すればいい思いをすることが多かっただろうけど、周りがそんな人ばかりになったら、その戦略を取るとダメなのだ。まず、それを認識できるか。

「日本というシステム」がクラッシュするときに、私はそのカオスを生き延びれるか、そのような破局的状況のときに生き延びる役に立つどのような資源を私は持っているか、あるいは開発しつつあるかという問いを切実なものとして引き受けている子どもたちは今ほとんど存在しない。しかし、それは、戦後六十年間の平和と繁栄のコストとして引き受けねば成らないことだろうと私は考えている。
 絶えず国家システムの崩落や通貨制度の解体や隣人によるテロや略奪の可能性を勘定に入れて行動しなければならない国民はたしかにデインジャー対応能力は高まるだろうけど、不幸な国民である。

 誰をせめても仕方ない。人は社会に適応するし、社会は人によってかわるという連立したダイナミクスをもっているのだ。これまで幸せだった分、今後不幸になるのは仕方ない。

 社会レベルの予測はいいとして、個人レベルではどうだろうから。普通のサラリーマンのような人にはどのようなメンタリティーに問題があるのだろうか。

 若い人は「やりがいのある仕事」を求めて、たびたび転職したりする。
 この場合の「やりがいのある仕事」という言葉を彼らは「受験勉強と同じような仕事」という意味で使っている。つまり、自分で選択した仕事における自分の努力の成果が、他ならぬ自分宛に、客観的評価を受けて、決められた日時に、開示されるような仕事のことである。

 まさにそうである。自分でやったら、自分が評価されるべきだ。そう思うのは自然だとぼくも思う。最悪なのは、自分でやったことが人の成果となること。しかし、そもそもは、自分でやったことも何もある組織のため、もっといえば、信頼しあう仲間全体と分かち合う結果に集約されるのならば、あまり文句はないだろう。でもねぇ、いるんだよねぇ、全部自分の徳に帰着しちゃう人が。こういう人が排除されないと、グレシャムの法則が聞いて組織全体がつぶる。だから、成果主義をやれば、そもそも組織は成立しなくなり、結果的に全体がダメにになるんだろうなぁ。もっというと、それはそれで自然の法則のような気もするのだが。

 となると、あとは逃げるよりない。そういう兆候のあるところから逃げる。それじゃぁ、何の解決にもならない。ダメだなラオレはといわれながらも、奴隷になるつもりはない。内田樹の本はなるほど現在の問題点と自分のダメなところをよく見せてくれるが、といっても解決しようもない状態だと認識するだけで、自分の今後を悪くしないようにはできるかもしれないが、よくする方法が思い浮かばない。まぁ、仕方ないのだけど。

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