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ネロ

秀村欣二
中公新書 660円
お勧め指数 □□□□■ (4)

 ネロ。年代順に出来事を記述しただけの教科書のような本は大嫌いなのだけど、ぱらぱらめくってみたらわりと期待できそうだったので購入した。古い本だから古本を探せばきっとあるだろうけど、すぐに読みたい気分だったので新刊で購入した。結局、読んだのは半年後ぐらい経ってからだったのだか。

 歴史の本で文句なしに面白いのは塩野七生、司馬遼太郎、井沢元彦、梅原猛という人だと思うので、ぼくはごく普通の市民的な感覚であろう。学者ではない。学者が嫌いであろう人たちの本が好きなんだろうと思う。おそらく、大多数の人はぼくとぼく側につくと思う。この本の著者は学者側である。でも、権威的な物言いをしていない。史実と認められたのとは違う物語をも扱ってくれている。そうでなきゃ。

 題材はネロ。だれもが「クオ・バティス」のイメージしか持っていないかもしれない。でも、実施は少し違ったようだ。ぼくはローマ人の物語でかかれた姿をベースにして、それでいいやと思っている。この本は、それと同じ流れである。始めは良かった、でも、ゆっくりと暴走してしまった。ネロをそういう人だと思っている。また、そう書かれている。この著者はどちらかと言えば中立的な立場に立とうしているようだ。

 ネロは最後自殺した。これだけのことをした人だから、「実は死んでいない」という噂が広まり、また、実際「自分はネロだ」と言い張るひとが何人もでたらしい。それがローマ人の当時の記録に残っている。不思議な気分がする。ヒトラーの時も実は死んでいない論が広まった。あまりにも存在が派手な人は、死んだということが世の中の人が受け入れないらしい。そういう、気持ちがあるからこそ噂が広まるのだ。なんだか、ネロを同時代の困ったチャンのような気分で感じられる。

 著者は英雄と悪党は紙一重だと言っている。アレキサンダー大王とネロ。殺した人数ならばずっとアレキサンダーの方が多い。時間が経てば経つほど、どちらに評価が揺れるのかは偶然なのではないかという気分もする。本当はどうだったのだろうか。ろくでもない人であることは確かだが、やはり実際見てみたい気がする。かなわぬ夢なのだが。

 そんなことをぼやっと考えさせてくれる。それが本である。良い本である条件のようは気がする。この本は、新書としてあるべき姿かなと思う。

 ちなみに、巻末の参考文献をネットで購入した。両者とも古い本である。一冊はアメリカのユタ州にある古本屋で、もう一冊は日本の古本屋で購入した。さぁ、早くとどかないかな。塩野七生の描くネロ像との違いを楽しみたいと思う。

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