ぼくの哲学日記
哲学日記というタイトルだが、思索日記のほうがふさわしい。さすがに厚みがある内容で、そのいくつかの哲学的な単語や哲学者の話におよび、気軽には読めないものもある。対象とする人がどういう人にしぼったのか、毎月の連載だったからか、苦しい内容もあったりするのだが、それでも「そもそもの不思議を考えること」はずっと続けられている。 70歳を過ぎてからの内容だから、旅の話というわけにはいかない。その時点でも砂漠に行ったりしているのかよくわからないが、年に何度か数週間ヨーロッパには出かけているようことが書かれている。時差への耐性は歳とともに落ちるらしいようなボヤキがある。サハラのジャンネで絵を見に行ったときの森本哲郎ではないのだなと感じる。 サハラへ行ったきっかけになった本が紹介されていた。『青い種族』と『沈黙の世界』と言う本だそうで、早速ネットで探して購入した。両者ともに1000円しない。古本探しは本当に便利になったが、だからといってサハラへぷらっと出かけることはできない。それはシステムではなく自分の問題であるが。 歳をとるとなにを考えるのだろうか。昔から考えていること、昔の思い出、死である。あれだけいろんなところへ旅した人であっても、考える傾向は普通の人と同じなのだ。とすれば、ぼくが今考えていること、今思い出となるような行動は、なるべく多く持っておく方がいいはずだ。考え、行動する。これは現在の自分のためであると同時に、未来の自分のためでもある。もっとも、そこまで健康で生きていれば、であるが。 73歳になっても、多少トーンに元気がなくなるが、森本哲郎の文章にでてくる「ぼく」は健在であり、哲学についてもエッセイで十分語っている。ぼくも、それくらいまで持っていけるモノを自分に蓄積しておきたいと思っている。そう、思わせてくれる本である。 |
