「わからない」という方法
ブックオフの100円新書のコーナーだけを物色するだけでも、ずいぶんと勉強するための本を仕入れることができる。本当だ。講談社新書は岩波新書は時事問題やハイテク関係のものをよければ、いまでも立派に通用するものばかりだし、最近のものでもしっかりと評判を確認しておけば問題はない。それに、失敗したところで100円なのだから、まぁいいじゃないかで済ますことが出来る。まったく、勉強代もずいぶんと安くなったものだ。ブックオフに感謝せねばなるまい。 さて、まえまえから気になっていた橋本治のこの本を100円で入手し、ちらちらと読んで見た。これは、いわゆる著者の哲学を買った本というか、自分の過去の「セーターを編む本」を題材に、なぜそんなことを行ったのかを思索している本で、正直読みやすいものではない。疲れているときは苦痛だろう。半分眠い電車でも辛いだろう。意識がしっかりしているときに、しかもそもそも橋本治の文章に価値を見出している人がどっぷりつかれる本だと思う。ぼくは、飛ばし読みになってしまった。だから、評価は保留した。 考察ってこういう作業をするのだろう。それを学ぶにはとてもよい。言葉で対象を定義し、自分の内面を解説し、行動の理由を探り、事実を論理でもって筋にのせ、人に説明してくのである。なかなかできるもんじゃない。 中身もちらちら面白いと思った箇所がある。著者は過去作家でありながらセーターを編むための本を出版したのだが、そのいきさつを「わからないからやってみた」というテーマのもとに解説している。著者はセーターが編める。しかし、編めない人がおおい。そういう人にたいする「教本」というのは、信じがたいところから説明をしなければなならない。たとえば、毛糸は何処でうっているのか、ということから紹介しなければならない。こういう部分を手芸を専門にあつかう出版社では気付くはずはない。そもそも、その出版社に全くそういうことに無知な人はいないのだろうから。とまぁ、そういう解説にはうな付くところが多かった。 ぼくも編み物ではないが、比較的最近になって電子工作を自分で行う必要にせまられて、全く知らないところからスタートする目にあった。知らない人はとことん知らないものだ、という言葉の通り、自分でも信じられないくらい全くしらないとを自覚して、情けなくなった。だから、一度手をつけはじめると、毎日知識が鈴なりになって身についていく快感を味わったし、今もそうである。 わからないからやってみる。この方法は、途中放棄をすることなく、思索が好きな人、自分で考えるのは好きな人にはお勧めの方法なんだな。 |
