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小説以外

恩田陸
新潮文庫 590円
お勧め指数 □□□■■ (3)
購入店 八重洲ブックセンター

 本のタイトル通り、小説以外の書いたものをエッセイ集としてまとめたもの。文庫本で400ページを越える厚さがある。昔といっても97年くらいからのものだ。何かのコメントやら文庫本の解説やらコラムやらをまとめたもので、正直そんなに面白いものではない。エッセイとして面白いものを書こうとしたものではなく、要するにその文章以外の「なにか」の解説をしているものなので、仕方がないといえば仕方がない。ぼくとしては、誰かの文庫本の解説はいらなかったんじゃないか、と思う。

 恩田陸の普段の生活が垣間見れる。売れっ子の作家の生活がどんなものなのかは知らないけれど、ただいそがしいということであって、何か普通の社会人とは違った種類の人々ではないようだ。楽しみが本と酒のようだから、ごく普通の人のようである。そこはちょっと以外。ぼくとしては、いしいひさいちのマンガにでてくる「藤原ひとみ」のようなものなのかと思っていたから、残念な気もする。

 作家というよりも、本好きの人の行動がわかって面白い。「面白い話を読みたい」ということが、その人の人生をドライブしているのだ。かなりさっぱりした動機なのだ。読みたいというは、話を聞きたいということにつながる。いってみれば、お話好きの子供という感じだと思えばいいようだ。文系の人って、あーだこーだうるさいのかと思っていたのだけど、面白い物語を聞きたい、という動機で十分立派な社会人であり、創造者になれるのだということがわって愉快な気分にある。大学教授などはつまるところ「おれは偉い」というのが動機なのだから、それと比べるとやはり実際にモノをつくっている人と違う。ぼくは、実際にモノをつくった人を信じる。

 面白いものを読みたい、という動機で人生を渡っていくという発想をぼくは持っていなかった。もちろん、学生じゃないのだから思った通りの人生など歩めないことは知っているが、それでも自分はあまり不愉快なことをしないでいい仕事についているので、学生のようは人生論を持っているのかもしれない。現実に接地されていないから、ダメな人生論なんだろうけど。

 面白いものを読みたい、そして、できることならばそれを自分でも作ってみたい。そういう動機で人が生活できるのは実に幸せなことである。それで生きていける人は、過去から考えても多くはないはずだ。時代も才能も技術も、じつに色々なものが同時に自分の身の回りに発生しないとだめだから。そして、良い作品というもののいくつかは、本当にそういう動機が原因で生まれてくるものなのだということも確認できてうれしい気がする。そうでもないと、やってられんでしょう。

 下積みがないからとにかく量をこなした。そう、恩田陸の発言があったが、これは小説を書くという作業が「身体」にまつわることなのだとわかる。読んで考えて解説して、あるいは、論文を書いて。文学というものを未だに理解できないでいるぼくだが、やはり自分でも小説を書かない人がいるのならば、深読み、などしても決して文化に貢献しそうもないのに、なぜそれが学問になるのだろうか。小説は、要するに、身体の技術に違いものだ。歌とかと同系統だろう。とすれば、より小説を理解して楽しむためには、こういう感想メモでもいいから自分でも文章をつくってみることなのではないかと思う。すこしはよい作品の偉大さを感じることができるようになると思うので。


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