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日本人とは何か

網野喜彦
講談社 1500円
お勧め指数 □□□□□ (5)
購入店 amazon.co.jpマーケットプレース

 読んでいて鳥肌がたった。寒気がした。これは感動している。もしぼくが今の頭のまま高校生だったら、この学問分野に進んだのではないか。そう思った。学問というものがあるとしたら、これだろう。

 内田樹の本だったと思うのだが、この本にある「環日本海諸国図」を見たいと思った。それで、すぐにマーケットプレースで購入した。本を開いて冒頭にあるカラー見開きの地図をみて、思考が一瞬停止した。富山県を中心にして、関東を上にした日本地図。中国から朝鮮半島、サハリンがある。そして、日本列島、沖縄が日本海を縁取るようにつならっている。これ、どうして人が人がシベリアや中国、朝鮮から渡っていかないのだ、と思わせてくれる地図である。これを一目見たら、なるほど海に閉ざされた国、なんてのは言葉の綾だということがわかってしまう。というか、バレてしまう。と同時に、教科書にのっていた日本の歴史のインチキさが全部見えてしまった気がした。

 単一民族日本ってウソなんだ。大和魂のヤマト、和歌の和、そして日本。これがトリックだったのか。日本はどうして単一民族であるといえるのだろう。東と西、東北以北と琉球。全部違うじゃないか。そもそも違う。石器時代から違う。石器時代の日本など、そもそもない。海に囲まれた島国だったから単一だったなんてウソだったのか。関東と関西の違いも、感覚的にはわかっていたが先の地図をみたり、網野喜彦の視点からの日本史を聞かせてもらえば、一発でわかってしまう。

 縄文と弥生、瑞穂の国というウソ、百姓=農民というウソ、関西での差別問題が関東では全くない理由、平将門、なるほどなるほど、こういうもののを題材に「なぜだろう」を問えば答えがでてくる。胃にしみるくらい、網野喜彦の視点を有り難く思えた。すごい、すごすぎる。そして、これも塩野七生と同じように、権威筋は無視するんだろうか。多分そうなんだろう。何かを学ぶときには人を選ぶ必要があることがよくわかる。

 日本海という名称を変えようと韓国が国連?に提案していることは知っていた。なにいってんだろうか、とぼくは思っていた。しかし、環日本海諸国図や日本とは何かを教わってみれば、あれは日本海であるのはおかしいと思うようになった。青海という名前が提案されているそうだが、ぼくは大賛成だ。学問って面白い。自分の発想が変わるのだ。根拠のない感情に支配されていたものが、歴史の視点を獲得することで、自己愛のようなくだらないものから開放される。勉強するとは有り難いものだ。

 さて、網野喜彦の本を早速何冊か購入した。これでまた読みたくてうずうずする本が見つかった。

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