がん患者よ、医療地獄の犠牲になるな
近藤誠の本は自分を防衛する意味で読む必要がある。これまでがんや現代の医療についての本を読み、衝撃をうけた。近代医療と言われているものが実はあまり力をもっていなかったということ(たいていは衛生環境が向上したことが原因であって、医療の力や薬の力によって病気の致死率が下がったということはないという事実)、ガンであれ高血圧であり、コレストロールであれ、自覚症状というものが治療開始のきっかけにしたほうがよいということ(つまり、健康診断の無意味性)を知ったから。 この本も死というものを著者二人の視点から語ったもので、結論は同一になっている。現代の仏教も医療も、ビジネスに取り込まれてしまっていることを教えてくれている。 考えれば当たり前だ。医者になる人が人格者なわけはない。医者などはとくにそうだ。その選抜過程(高い学費、エリートマインド)、当然あってしかるべきだという高額な報酬と現実の乖離。病院などへは行く必要がない。だって、自ら食い物になりに行くだけだ。弱っている人から巻き上げるのが仕事だし、医療ってそういうものだから、ぼくはなんとか逃げたい。 このほんでもがん医療の実体をよく教えてくれている。ガン患者ってのは、どうせ治らないから資金源のよなものだとうこと。恫喝して施術させそれで終了。あとは大抵死んでしまう。死んだところて仕方ない的な雰囲気がある病気だから、医者は気にしない。だいたいつぎから次へ患者がやってくる。ならば、がん医療なんて構造的によくなるはずはない。そういうことなんだ。 がんは老衰なんだ。よくわかる。歳をとって死ぬことから逃れられないのと同じだ。抗がん剤や摘出施術のナンセンスさ。これ、統計学などをしっていれればがん医療という人災から逃れることは可能というところがせめてもの救い。 近藤誠の本を読んでからここ数年会社の健康診断を受診していないが、受けろ受けろとうるさい。あんな検診は「かもネギ」なんだよと庶務に説明する気にもならない。つぎは受けますといって、ただ逃げるのみ。知識と理解力によって食い物にならないように自己防衛が必要な現代って、ほんとに煩わしい。医者はこちらの味方じゃないんだから。
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