9条どうでしょう?
夏休みムードが深くなるこの時期には、原爆と終戦とが同時に思い出される。といっても、ぼくはしらないけれど。24時間テレビが夏の終わりを告げるように、夏真っ盛りを告げるのはお盆の前の終戦関係のニュースである。 内田樹の本を物色しているときに、タイトルがしゃれているので気にはなっていたこの本を、ちょうどいい機会なので買って読んで見た。ずばり、もうひとつだった。 4人のエッセイが含まれているが、内田樹と平川克美だけあればよく、あとはわざわざ本にする必要ないだろう。もとは雑誌の記事かなにかだったのだろうか。書き下ろしだったのだろうか。よくわからないが、視点も仕上がりも違うものをバインドして一冊にされると、抱き合わせ商品をかわされた気分になる。他の二人のエッセイは面白くもつまらなくもないけれど、かわされた感を感じてしまうのでこの著者によい印象を抱かなくなる。結果的に損なものだろう。 戦争によって問題化を解決するつもりはないし、そのために軍隊をつかうつもりはない。そして、軍隊をもつ。自衛隊と9条との矛盾を一体どうしたらいいのか、というのが9条問題であるとぼくは理解している。 この問いに対し、内田樹の発言は明解である。9条によって軍隊を封印しているのだ。 なるほど、その考え方はありだろう。使うために所有しているのならば、出来るだけ使った方がいいじゃないか。使わないのに持っているのはムダじゃないか。9条の問題は、言葉の無純正を追求する人か、ムダをなくせという主張する人がなんとかしろと言っているだけのような気がする。 使いやすいように法律を整備する必要ないだろう。軍隊は使わないほうがいいに決まっている。だから、封印しておくのだ。そしてそれが憲法だったらいいじゃないか。何をいっても、問題がおきれば平気で法律などやぶるじゃないか。言葉の世界に生きている人の美観を守るために、現実に世界で生きている大勢の人が迷惑を被る必要はないだろう。 |
